第57話 死闘
おれはネイビーに焦点を集中させた。
短剣を構えようともせず、ぶらんと手を垂らしている。全然気迫を感じないが、油断してはいけない。
ぴくっと、短剣がほんの少し動いた気がした。
来た。
ネイビーが床を滑るように駆けてきた。低い姿勢から短剣を切り上げてくる。おれは剣でそれを迎撃して、短剣を弾く。
威力はそこまで強くはない。重い剣の方が短剣の威力を上回っているからだ。ただ、短剣を繰り出す初速が異常に速い。
剣で弾いた時には、もう次の攻撃に移っている。回転率がこちらの比ではない。というか、こちらから攻撃する暇がない。
連撃。連撃、連撃、連撃。ついでに連撃。短剣が四方八方から襲ってくるのをおれはただ防ぐ。
今のところ、攻撃はできてないが、捌けないほどではない、と思った。動きも、ずっと見ていれば慣れてきた。これなら。
いや。
違和感を覚えた。おかしい。これぐらいなら、おれだって防げる。おれでも対応できている時点で、何か変だ。
連撃の途中で、短剣を剣で弾いた時だった。視界の隅で、武器を持っていないはずの左手が僅かに動いた。
「っ!!」寸でのところで、おれは身体を上に反って避ける。すれすれを、短剣の刃が通り過ぎた。
「っらあぁっ!!」おれは身体を反った状態から、そのままネイビーの腹を蹴った。
どすっと鈍い感触が足の裏を伝わって、ネイビーを短剣の射程外に突き放す。
危なかった。左手にも武器を隠し持っていたとは。気が付かなかったら今頃首を掻っ切られていた。
「…ほう」
ずっと戦いを見ていたホワイトが呟いた。
「あなた、ずいぶん冷静な戦い方をするのですね。少し意外です。傭兵はもっと野蛮な人種かと思っていたのですが。うん、悪くない」
ホワイトは顎に手を当てて、うんうんと頷いている。なんなのだ。おれの戦い方を、分析されていた?何のために?しかも、褒めているのか?敵なのに?
傭兵に対する偏見は酷いものだが、こいつの言動の意味が分からない。けど、そうやって分析されるのは厄介だ。自分を見透かされているみたいで、やりづらい。
「ですが、それだけでは、無駄ですよ」
ホワイトの瞳が、笑っているような気がした。
ネイビーがまた動き出した。
次は短剣の二刀流だ。ネイビーは短剣をくるっと逆手にもって、するすると床を走る。
こいつ、動きが独特だ。まるで、蛇みたいだな、と思った。軽やかなのに、癖のある滑らかさを感じる。さっきの攻撃も、どこか陰湿だ。
とか、おれも相手のこと分析している場合じゃないんだけど。
おれは足に力を込めた。ぎり、と左脚を踏ん張って、床を蹴る。
二刀流だと、単純にさっきの攻撃頻度の倍が襲ってくる、ということだ。こちらが動かなければ、ただのサンドバッグにされてしまう。
ソラと離れてしまうのは少々心配ではあるが、なぜか今やつらはおれを狙っている。全くもってやつらの行動は理解不能だけど、この際、そこはもういい。
おれを狙っているなら、自分がやりやすいように倒す。それだけだ。
おれとネイビーは相互に動きながら、それぞれの動きが重なる瞬間に、斬り結ぶ。ギン、という手ごたえが全身に響いた。ネイビーは、両手に持った短剣を器用に使って、一撃の重い剣を防いでいる。
ふいに、手ごたえが消えた。ネイビーが踏ん張るのを止めて、おれは少し前のめりになる。それと同時に、刃が首元に迫った。
おれは顎を上げて、刃を避けた。刃の先端が首を掠めて、首から血が僅かに滲んだ。浅く、切られた。
でも、ネイビーの攻撃は続く。すれ違う一瞬で、二振りの短剣を交互に突き刺してくる。
おれはぎりぎりのところで剣を構えて防いだが、左胸の横を短剣で裂かれてしまった。
こいつ、確実に急所を狙ってきている。喉、脇、肺、心臓。どれも当たれば致命傷は免れない。
おれは逃げるように後退した。動きを止めてしまってもだめだ。奴の、格好の的だ。二刀流になってから、こっちの剣一本では防ぎきれなくなってきたし、これはますますやばい。
どうする。どうするどうする?
考えろ。考えを止めるな。動きを止めるな。常に考え続けろ。動き続けろ。
——それだけでは、無駄ですよ。
ホワイトの言葉が、頭を過った。それだけでは、無駄?何が、無駄なんだ。考えることが?もっと、何か必要なのか。それだけでは。分からない。それだけ?それって、何?
「…あなたも」ホワイトの声が、耳元で囁くように聞こえた。
「単なる傭兵に、過ぎないのですか?」
おれは驚いて振り返った。いない。近くにホワイトはいない。こちらをずっと、遠くから見ているだけだ。
その目が、嗤っていた。
———あ。
視線をもとに戻そうとした時、視界の隅に、ネイビーがいた。短剣がおれの心臓を捉えている。
いつの間に?違う。おれが、動きを止めてしまっていた。そうだ。油断した。考えていたから。
防ぐものなんてない。薄っぺらな装備では、耐えられない。剣も届かない。もう遅い。
どうする。どうする?どうするって、何を?考えろ。考えろって、何を?
考えが、追いつかない。考えでは、追いつけない。
あ。あ。あ。あ。あ。あ。あ。あ。
「だめぇっ!!」
え。
視界が白くなった。ソラだ。ソラの髪。ソラ?え?なんで?ソラ?嘘だろ?
それじゃだめだ。意味が無い。だってそうだろ。何のために、戦って。誰のために、ここまで、頑張ったんだ。
…頑張った?
時間は巻き戻せない。止められも出来ない。短剣は止まらない。
いや。
知っている。
おれはこれを、知っている。
ノイズが走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます