第55話 悪寒
誰だ。
おれはそう思う外なかった。
人間が二人。一人は長身だが、もう一人はそれほど高くないどころか、おれより低いかもしれない。
二人とも、黒いコートを羽織っている。顔は見えない。妙な仮面を被っているし。まっさらな白い仮面は、目の部分だけ切れ込みがある。
声も知らない。顔も分からない。背格好も見たことが無い。
なのに。
なんでこんなに嫌な予感がするのだ。
「…あなたは、もしかして傭兵か何か、ですか?」
長身の仮面が、おれに話しかけてきた。声からして、たぶん男だ。丁寧な言葉遣いで、なんとなく話せる人には見えるが。
「…そう、ですけど」おれは極力相手に聞こえるだけの声で言った。声音を抑える必要は無いのだけれど、どうしてか、声が小さくなってしまう。
「あなたたちこそ、その、どちらさま、ですか?」
「これはこれは」長身の仮面の声のトーンが、少し上がった。仮面の中は分からないが、笑っているようだ。
「申し遅れました。わたくし、ホワイト、というものでございます。こちらが、仲間のネイビーです。すいません、こやつは少し無口なものでね。許してやってください」
そう言ってホワイトと名乗る男は、おれにお辞儀した。
ネイビーという名の仮面は、さっきから全然しゃべらないし、ずっと突っ立ったままだ。動く気配も無い。
「…それで」ホワイトはお辞儀をしたあと、すっと姿勢を正してこちらを見た。
おれは流れてくる汗を腕で拭った。何を、動揺しているのだろう。仮面たちはまだ何もしていないのに、血流が早くなるのを感じる。
「あなたは、どうしてここに?」
「…おれ、は、今日大樹の森に狩りに来ていて。でも、急に流れてきた霧のせいで、この遺跡に迷い込んだんです。それで、おれは仲間とはぐれてしまって」
おれは言葉を選びながら、慎重にしゃべった。声を大きくできない。いや、できるはずがない。声が震えていることが、バレてしまうから。
「ほう、ほう」ホワイトは数回頷いて、手で顎付近を触った。
「なるほど。興味深いですね。それはそれで、わたくし自身、とても気になるのですが」
ホワイトは、一拍置いて腕組みをした。上の方で、轟音が響いている。近くから聴こえてくるのに、それが、遠く感じるのはなぜだ。
というか、何が興味深いのだろう。そんな面白そうな話だったろうか。分からない。
「わたくしたちはね、探し物を探しに、この遺跡に来たのですよ。いやね、ものすごく動き回る探し物でねぇ。見つけるのに手間がかかりましたよ」
ホワイトは軽く肩をすくめると、小さく溜息を付いた。このホワイトという男の動きが、妙に気になった。動きの一つ一つが、こう、胡散臭いというか。
まるで、演技をしているように見えた。
その時だ。
おれの肩に回しているソラの手が、僅かに震えているのを感じた。
そういえば、隣にはソラがいたのだった、と後から思い出す。ソラの存在を忘れてしまうほど、おれは動揺していた。そして、ソラの方を見てさらに驚いた。
ソラは元から色白だが、さらに顔面蒼白になっている。血の気が全くない。銀色の瞳は揺れていて、がたがたと小刻みに顎が震えている。
別人かと思った。それぐらい、ソラは何かを怖がっていた。
「…ユウト」その震える唇から、言葉が漏れた。ほとんど掠れていて、本当に必死に絞り出したのだろう。
「…早く、逃げて」
「あなたの脇にある、ソレ」
ソラの声とホワイトの声が重なった。ホワイトは、おれの隣を指さしている。でも、隣にはソラしかいない。ホワイトが言うソレはない。
「いやいや、ソレですよ、ソレ」
おれはようやく理解した。理解するまでに、だいぶ時間が掛かった。こっちも相当、頭が回っていないらしい。
「ソレを、わたくしたちは探していたんですよ」
仮面の奥の瞳が、少し細められた。
ソレは、ソラのことだ、と理解したとき、あり得ないぐらいの悪寒が背筋を通り過ぎた。痺れて、凍っていくようだ。身動きがとれなくなって、一瞬おれは焦った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます