第53話 苛立ち

ズゴォン、というものすごい音が、左側から聴こえて、左耳の鼓膜が潰れそうになった。


ビリビリという耳鳴りが頭の中で響く。


耳障りだ。


それでも、私は足を止めずに駆けた。

まだいける。足も、手も、頭も、動く。ダガーを握る手に力を込める。


狙うのは関節だ。重い巨体を支える関節を狙えば、かなり負荷を与えられるはず。

私は床に叩き付けられた巨人の左腕に足をかける。そして、滑らないように一気に駆け上がった。


巨人の肩辺りに達すると同時に、肩の鎧と鎧の隙間に、ダガーを刺し込む。刺し込んで、思いきり切り上げた。


がりっという手ごたえを感じた。でも、浅い。


何度か鎧と鎧の隙間にダガーをぶち込んでみたが。

こいつ、鎧の中身も硬い。石か何かで出来ているのか。けれど、巨人は人間みたいに柔軟に動ける。素材は何なんだ?


そもそも、どうやって動いている?動力源は何?鎧の中?


ああくそ。

私はぎりっと歯を噛みしめた。


ダガーを切り上げた後は、巨人の肩を蹴り上げて巨人から離脱する。宙を舞って、床に着地した。


ずき、と右脚に鋭い痛みが走った。一瞬、動きが止まってしまう。


さっき飛んできた瓦礫が、右脚に当たったのだ。あまり大きな瓦礫ではなかったし、今まで痛みも感じなかったけど。


徐々にボロが出てきた。


私は踏ん張って、身を翻した。すぐ後ろから、巨人の剣が降りかかってくる。また、ズガァンという音がして、身体に衝撃を与えた。


イライラする。


何に?この、でかくて馬鹿力の巨人に?

まあそれもある。硬いし、全然効いているようには見えないし、自分がやっていることが無意味に思えてくる。


こんなにこいつはトロいのに、全然攻撃が当たらないのに。


なのに、押されている自分が腹立たしい。


頭の中では、もっとうまく動ける。さっきの瓦礫だって、本当は避けられていた。でも、ちょっと軌道が予想と違って、脚に当たってしまった。


なんで自分の身体なのに、自分の言う通りに動いてくれないのよ。


時間が経つにつれて、ミスがどんどん多くなってくる。

集中力が切れてきたのだ。だから、こんなにイライラするのだろうか。身体の奥底が、熱いのだろうか。


いや、そんなのも、言い訳だ。


巨人が、動き続ける私を、もぐら叩きみたいに、殴りまくっている。その度に床が破壊されて、小さな瓦礫が飛んでくる。


パチパチと音を立てて、たくさんに小さな瓦礫が私の身体を襲った。

皮膚が切れたり、血がにじんでいる。もう数えるのも嫌になるくらい、傷だらけだ。


ふと、ユウトが頭を過った。


あれだ。あれを見せつけられてからだ。

あいつが、あんな戦い方をするから。


黒い化物と戦った時。私は、ユウトに助けられた。そして、地べたに座ったまま、動けないまま、あいつが戦っているところを見ていた。


理想の動きだった。


最初はムラがあったが、だんだんと動くたびに無駄なものがなくなっていく。刃が鋭くなっていくみたいに、加速して、尖っていく。


いいな、と、思ってしまった。


私は、戦いにはちょっとだけ自信があった。まあ、そういうふうに鍛えられたし、頑張ってもきた。


巨人の腕が頭上を過ぎていく。風圧が頬を掠めた。その間に私は巨人へと接近し、巨人の左脚の関節にダガーを突き刺す。


何を、ムキになっているんだろう。


あいつは、どんな動きだったか。どうやって避けていたか。どうやって、攻撃していたか。


そんなことを、つい考えてしまう。

イライラする。


この巨人は、確実にあの黒い化物より弱い。攻撃力はこちらが上だけど、それだけだ。私も、黒い化物と戦ったから、よく分かる。


何を比べてるんだろう。


人間なんて、皆それぞれ違う。

そりゃあ、比べたら少しぐらい差があるだろう。それが時に、理不尽に感じたりする。なんで皆と違うんだろう。なんで劣っていたり、優れたりするんだろう、って。


だからこそ、自分が在る。比べることで、自分と言うものを見出せる。


でも、それが譲れないものだったら?


ああ、知っている。


こういうのを、劣等感、というらしい。

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