第52話 奇遇
さて。
私はもう一度、大きく深呼吸をした。濃密な水蒸気の匂いが、鼻孔をくすぐる。
ここからは、私の出番だ。“
「———————……」
キーン、という巨人の駆動音が聴こえる。ゲンたちを探しているのだろうか。
けど、もうここにはゲンたちはいないのよね。
いるのは、私一人だけ。
彼らは準備をしなければならない。だから、その間、私が時間を稼ぐのだ。
「…さあ、来なさい…!」
霧が薄い場所から、巨人の兜が見える。その奥の目が私を捉えた。
******
「すごい音…!」
ソラが天井を見上げながら言った。
轟音や振動が、ここまで響いてくる。その度に、土煙が降ってきて、目にかかりそうになるが、ずっと下を向いているわけにもいかない。大きな瓦礫が落ちてきたら、ひとたまりも無い。
これは、たぶんゲンたちだ。たぶんじゃない。絶対そうだ。彼らが巨人と戦っている。
ということはやっぱり、彼らは無事だったのだ。少し安堵する自分がいると同時に、焦ってもいた。
あの巨人の一撃は半端じゃない。いくらゲンたちでも、ずっと戦ってはいられないだろう。彼らはおれを探している。だから、おれさえ合流できれば、戦わずに逃げられるのだ。
早くしたいのは山々だけど、今は隣に足を怪我したソラがいる。彼女を置いてはいけない。
「ごめんなさい、わたしのせいで…」
ソラは申し訳なさそうに呟いた。
「いや、大丈夫だよ。皆、おれより強いから。暫くは持ちこたえてくれる、と思う」
正直、めちゃくちゃ心配だ。おれがいったってどうにかなる話じゃないけど、心配なものは心配なのだ。ソラがいるから、そんな不安な顔はできない。
それもあるが、この遺跡も大丈夫だろうか。あんまり暴れられすぎると、地下全体が崩れかねない。さっきから落石が酷いし、落ちた瓦礫で通路の足場も悪い。
裸足のソラは辛そうだ。小石を踏んだだけでも痛いだろう。もういっそ、おぶろうか。その方が早そうだ。でも、また断られたらどうしよう。折れるかもしれない。おれの心が。
そんなこと言ってる場合じゃないんだけど。どうしても、言い出せない。
「…あっ!」
ソラが前方を指さした。
通路の先に見えたのは、明かりだった。また、どこかの部屋にたどり着いたのだろうか。
少し駆け足になって明かりが差す方へ向かう。
徐々に響く轟音が近くなっている。そろそろ出口が見えてほしいどころだが。風も少し強くなっている気がする。頼りになるのは音と風だけだ。
この部屋はどうだ?
着いたのは、今まで通り過ぎた部屋とは全然違う、大きな部屋だった。
壁にはたくさんの装飾品が並べられている。部屋の四隅には、大きな柱と、中心には。
「…扉?」
巨大な、扉だった。扉、だよね?真ん中が縦に裂けていて、左右に開けられるようになっている。扉以外のなにものでもない。
たぶん、五メートル以上はある。上で戦った巨人よりも大きい。天井に着きそうだし。でも、こんな大きすぎる扉、どうやって開けるんだろ。これは人間一人では到底無理だ。
「…それに」
おれはソラを脇に抱えたまま、扉らしきものの裏側を見た。そこには。
…何も、無かった。
ただ、扉が在るだけなのだ。もしも扉が開いたところで、その先には何もないというか、すり抜けて、通り過ぎるだけだ。
「ホント何なんだろ、この遺跡…」
昔の人が考えることはよくわからない。ソラと目を合わせると、彼女は首を横に傾げた。まあ知っているわけないよね。
「でも、音が…」ソラは部屋の天井を眺めて言った。
そうだ。轟音はだいたいここの上らへんから響いたり、聴こえたりしている。ということは、この上で皆戦っている?
「…出口は」
おれは上階へ上がる階段を探した。見つからない。けど、この部屋には真正面からきて、右と左に進める通路があった。
「分かれ道ですね…」ソラは眉をひそめて唸った。
どっちが上へ続く通路なのだろう。それとも、どちらもまた別の場所に繋がっているのだろうか。どうする?
さらに、強い地響きが部屋全体を揺らした。相当強い衝撃だったはずだ。おれとソラは態勢を崩しそうになった。
ソラが不安そうに見ている。迷っている場合じゃない。早く決めないと。その時、ふわっと右腕に風が触れた気がした。
「右。右に行ってみよう」
おれは右側の通路を指した。幸い、別の場所へ繋がっているとしても、そこから音を頼りにまた探すことができる。行き止まりだったら、左へ行けばいい。
「時間はないけど…!」
行ってみるしかない。
そして、ゲンたちと合流して、ソラを治してもらって、早くこんなところから出よう。
そう思って、右側の通路にさしかかった時だった。
「…おや」
後ろから、聴きなれない声が聞こえた。
最初は、別の“罠”か何かが作動したのかと思った。足元を見ても、何の変化も無い。
じゃあ、いったいどういうことだ?
人の声が、聞こえるなんて。
おれが後ろに振り返ると。
「こんなところで人に会うなんて、奇遇ですね」
まっさらな仮面を被った人間が二人、立っていた。
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