第26話 <職業>

今回の目的地は、狭間の森と呼ばれる場所だ。


アルドラの街から、南に数キロ離れた場所にあるこの森は、東西南北に渓谷、遺跡平原、湿地、アルドラの街があり、それらに挟まれていることから、この名が付いたらしい。


この森自体も相当広く、直径数十キロまで及ぶ。狭間の森は様々な地形に囲まれているせいか、それぞれの地形から渡ってきた多種多様なモンスターの巣窟になっている。


おれたちは一時間かからないほどで、森の北側にたどり着いた。


おれは垂れてきた汗を手の甲で拭った。服が汗で濡れて、肌にこびり付く。一言でいえば、暑い。


森に入ると、蒸すような湿気がおれたちを襲った。森の中はどちらかというと、ジャングルに近いかもしれない。生い茂った木々が太陽の光を遮って、気温的には涼しいはずだが、歩けば歩くほど、体感温度が上昇していく。


「ああぁ~、暑いよぅ…」

ミコトが滴る汗を拭いながら、空を仰いだ。


「ばかやろうミコト」ゲンが振り返ると、ゲンはさらに汗だくだった。「俺の方が数倍暑いから」


「なんでこの森こんなに暑いんだ?」おれはふとゲンに訊いてみた。


「さあな。俺も詳しいことはわからん。地形とか、環境が関係してんじゃないか?とりあえず、俺はこの森の依頼を受けてしまったことを後悔している」


ゲンは自分の手で顔を扇ぎ始めた。効果があるのだろうか、それは。


なんでゲンがこんなに暑そうなのかというと、分厚い鎧を身に纏っているからだ。まあ、それもそうだろう。あの鎧は、見るからに暑そうだ。


「もう、皆何へばってんのよ」このパーティでは比較的薄着のハルカが言った。


「お前に言われたかねーよ」

いつも騒がしいコウタも、暑さが原因かどうか分からないが、今日は静かな方だ。


「脱ぎてぇ…」

ゲンが切実に言った。


「や、あんたが脱いだら意味ないでしょ」ハルカが真顔で即答した。

「鬼かお前」

「仕方ないじゃない。急に襲われでもしたらどうすんのよ」


確かに、ハルカの言うことは間違っていない。脱いでも良いよ、と言ってやりたいのは山々だが、そういうわけにはいかない。


傭兵には、幾つかの<職業ジョブ>、と呼ばれるものがあるらしい。


ゲンは<盾士シールダー>という<職業ジョブ>だ。その名の通り、盾を武器にした戦士のことで、このパーティの中で飛びぬけた防御力を誇る。戦闘では常に前線で、相手の攻撃を受けるタンク役を担うのだ。


そういうこともあって、ゲンが防具を脱いでしまったら、長所である防御力が一気に下がってしまうので、簡単に脱ぐわけにはいかない、というわけだ。


それにしても。


「ゲンってさ」おれは思ったことを口にしてみた。「相手の攻撃を受けるの怖くないの?」


「なんだよ、いきなり急に」

ゲンは唐突な質問に虚を突かれた顔をしている。


「いや、だってさ。ずっと前線で相手の攻撃を受け続けてるんだから、なんか、怖くないのかな、って」


それは素直に尊敬するところだった。相手と対峙する、あの緊張感。次の瞬間にはもう自分は死んでいるかもしれない。一つでも選択を誤れば、死へと直結してしまう。


そりゃあ、おれ自身もずっとそんなことを考えて戦っているわけではないけれど、ときどき、ふっと、そういうことを思いついてしまう。


「すごいって、言われてもなあ…。俺はのろまだし、これしかなかったからな。だから、まあ、しいて言うなら?あれだ、慣れだよ、慣れ」


ゲンは後ろ頭を掻きながら、苦笑いを浮かべた。


慣れ、か。


おれは自分の剣の柄に触れた。どうだろう。自分は剣に慣れてきたのか。いや、慣れていたのか。考えたけれど、ちょっとよく分からない。


「ユウト、ゲンが剣振っているとこ見たことあるか?こんなんだぜ、こんなん。ぐわーって」


コウタは大げさにへっぴり腰で剣を振るう仕草をしてみせた。するとゲンが、ぎろりとコウタを睨みつけて、片手でコウタの頭を鷲掴みにした。


「い、いでででででっ!?」

「コウタ、あんま調子に乗るんじゃねえぞ」

「わかったわかった!悪かったって!そんなガチになるなよ!てか、目が怖ぇんだよ!」


「うっせえ」ゲンはぱっとコウタの頭から手を放した。「これは生まれつきなんだよ。つーか、そんなに怒ってないんだけど」


ゲンは溜息を付いて肩を落とした。勘違いされがちだが、ゲンはこう見えて、優しい性格だ。


今まで本気で怒ったところを見たことが無い。一週間だけだから、まだ分からないけれど。でも、本当に、顔が怖いだけなんだろう。


もしかしたら、その顔が相手に対しての威嚇になっているのかもしれないな、と少し思ってしまったのは、言わないでおいた。

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