第25話 新しい朝

傭兵の朝は早い。


「おい、起きろ、お前ら」


今日はゲンの声でおれは目が覚めた。なかなか開かない瞼を持ち上げてみると、まだ眠そうな顔をしたボサボサ頭のゲンが立っていた。


「…ん、おはよ、ふぁ…」


おれは起き上がると同時に、大きな欠伸が出た。眠い。今、何時だろう。まだ辺りは薄暗く、すんと冷えた空気が肌を撫でる。昨日は、夕食を食べた後すぐ眠くなってベッドに飛び込んだ記憶がある。


よく、寝たはずなんだけど。そうやって、いつの間にか朝になっている。


おれは身体を起こしてベッドから抜け出した。身体の節々に妙な違和感がある。筋肉痛だ。


「ほら、コウタ、お前も早く起きろ」


でかいゲンは軽々と二段ベッドの上で寝ているコウタを揺すって起こそうとした。でも、コウタは起きる気配が全然無い。ゲンがコウタの鼻をつまんでも、目を無理やり開いても、全く起きない。


すごいなこいつ。どういう神経してるんだろう。


その時、廊下の方から足音が聴こえた。ずいぶん荒々しい。誰だろう。いやでも、だいたい想像がつく。


「こらぁっ!!」部屋のドアを勢いよく開けたのは案の定ハルカだった。「起きろコウタ!!あんた今日朝の当番でしょ!?」


「…っうはぁっ!?」

コウタは瞬時に起き上がるや否や、そのまま立ち上がろうとした。でもコウタは二段ベッドの上段で寝ているから、すぐ上は天井だ。危ない、と言う暇なくコウタは天井に頭をぶつけた。


「ぐはあっ」

「もう、何やってんのよ。早く来なさいよね!」


そう言うとハルカはドアをばたんと閉めて、向こうの方へ歩いて行く音が聴こえた。


鮮やかと言うか、軽やかと言うか。本当に、ハルカは嵐みたいなやつだな、と思った。感情の起伏が激しい。しかしおかげでこちらも頭の中の雲が晴れるように目が覚めた。


コウタは額を抑えて、ベッドの上でもがき苦しんでいる。


「…大丈夫か」ゲンが憐れみを含んだ目でコウタを見ていた。


そうしてまた、忙しい一日が始まる。



朝やることはだいたい決まっている。


朝当番が朝食を作っている間に、他の者は武器や防具の調子を確かめる。朝これをしておかないと、気付いた時には手遅れになっているかもしれないので、わりと大事だ。


朝食を済ませると、すぐに出発する準備をする。朝食は毎度のこと、蒸かしイモとうっすいスープだが、それでも食っておかないと、身体が動かなくなってしまうから、馬鹿にならない。


装備と武器を身に着けたら、傭兵ギルドへまず向かう。そこで、掲示板に貼ってある依頼を確認する。


傭兵ギルドのドアを開ける。早朝だというのに、もう傭兵たちがちらほらと顔を出していた。


まあ、おれたちにとっても、彼らにとっても、この日課は欠かすことができない。そうでもしないと、良い依頼を先に越されてしまうから。


「…今日も、これがいいかな?」


ゲンが皆に剥ぎ取った依頼の紙切れを見せる。このパーティでは、どの依頼を受けるか、ほとんどゲンが決めてくれているようだった。


その依頼は、魔物の討伐。森に住みついた下級の魔物を数匹、討伐するという内容だった。昨日と同じで、増えた魔物が商人や旅人を襲わないように、定期的に駆除しなければならないからだろう。


「うん!あたしは何でもいいよ!」

ミコトが元気よく応えると、おれもそれに倣って頷く。


「えぇ?もっと良いの無いのかよ?」

コウタが依頼を張り付けたボードを眺めた。でも、残っている依頼は見るからにどれも難しそうだ。ロックワームやコボルド、ブラックアリゲーターは中級で、まだおれたちでは実力不足だ。


あとは護衛の依頼も張り付けてあったが、それは商人の護衛だった。商人の護衛依頼を受けてしまうと、アルドラの街から離れて、どこか知らない街に一緒に行くことになってしまうので、論外だ。


「文句言わないの。じゃあ行くわよ」

ハルカに軽くあしらわれて、コウタはちぇっ、とそっぽを向いた。他の皆は、特に異論はない。


その依頼書を持って、カウンターの方へ歩いて行く。こうして、誰がどの依頼を受けるか、登録を済ませる必要がある。そうしないと、報酬を受け取ることができず、ただ戦って疲れただけになってしまう。それでは大損だ。


登録が完了すれば、あとは目的地へと出発するだけだ。


アルドラの街の門をくぐると、朝日が向こうの山から顔を出す寸前だった。空は夜の気配が薄れて、草原に朝の新しい風が吹く。


おれは昇ってきた太陽の光に目を細めて、顔を手で覆った。

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