第24話 生きる術

はあ、と無意識に溜息が零れた。


「…ユウト」

コウタがぽろっと口を出した。


「…ん?何?」

「最近お前って、何か変わったよな」


心臓が一瞬止まるかと思った。何の前触れも無く、そんなことを言い出すから。


「そ、そうかな?」

おれは苦笑いを浮かべた。なんだろう、さっきゲンにも同じようなことを言われた気がするし、同じように受け応えた気がする。


「なんかなぁ、落ち着いたっていうか、よくしゃべるようになったっていうかさ」

コウタは手を頭の後ろで組み、天井を見上げた。おれもつられて天井を見た。湯船から沸き上がる湯気が、もくもくと天井に昇っていく。


「俺、お前ってもっと怖いやつだと思ってたぜ」

「…それ、どういう意味?」


おれは眉をひそめて首を傾げた。どういうことだろう。怖い?そういえば、前の自分がどんなやつだったか、まだ聞いたことがなかった。

自分から聞くわけにもいかない内容だったし、ちょっと気になるところではある。


「まあ、それが良いか悪いかは俺には分かんねーけどさ、俺は…」

コウタはそう言って数秒押し黙った。


なんだ?俺は?


そして、急に立ち上がった。おれは水飛沫が目に入って、顔を伏せた。


「まあいいか!」

「ちょっ、え?何?」

「俺、もう出るわ」

コウタは踵を返して、風呂場の扉へ歩いて行く。


「え?もう出るのか?」

「もうってお前、これ以上浸かってるとのぼせて死んじまうよ」


コウタは勢いよく風呂場の扉を開けて、脱衣所の方に出て行ってしまった。


全然コウタの行動の意味が分からないが、とりあえず、おれも湯船から立ち上がって、風呂場を後にした。


着替えを済ませて脱衣所の外に出ると、廊下が左右に伸びている。すると、廊下の右側から、美味しそうな匂いがふわっと漂ってきた。


匂いが来る方角には、宿舎の中庭がある。コウタと共に廊下を道なりに進めば、焚火で鍋の具合を見ているゲンの姿が見えた。


「今上がった。おーい、飯はまだか?」


中庭には、簡単な台所が設えられていた。それに、六人ぐらいが囲めるほどの木で出来たテーブルと椅子。椅子は太い幹の木をそのまま切っただけのもので、椅子と呼べるかどうかわからない。その椅子に、コウタがどかっと座った。


「何偉そうな親父みたいなこと言ってんだよ」ゲンがコウタを睨むと、テーブルの近くにいたハルカが振り返った。


「そんなこと言ってたら、あんたごはん抜きにするわよ」

ハルカはわりとマジな目で言った。お腹が空いてイライラしているのか。やっぱりちょっと怖い。


「別にいいじゃん、今日はそういう順番なんだからさ…」

コウタはテーブルに突っ伏して愚痴っぽく呟いた。


「さ、皆こっちの準備はできたよー」エプロンをしたミコトがテーブルの上に料理を載せ始める。


おれたちはここで生活する上で、当番制をとっている。

今日はおれとコウタが風呂を洗って水を溜め、風呂に入っている最中に、ゲン、ハルカ、ミコトが料理する。

次の日は女性陣が風呂の準備と入浴を済ませ、男どもが料理を担当していく。そういうふうに、家事を分担している。


今日の献立はたくさんの野菜と干し肉を煮込んだスープ。それに蒸かしイモ。以上だ。


食事の準備ができると、皆テーブルを囲んで座った。


「それじゃあいただきます」


おれは掌を合わせて、食材たちに感謝した。いや本当に、この傭兵業をしていると、なんというか、食事の有難味が身に染みる。


お椀を手に持って、注がれたスープを啜る。野菜の甘みと、干し肉のうま味が良い出汁になっていて、それが口いっぱいに広がった。空腹の胃袋を満たしていく感覚は、とても心地が良い。


それに、蒸かしイモ。ただイモを蒸かすだけじゃないか、と思うかもしれないが、これが意外と難しい。

火の調節を誤ると、熱が通らず固すぎたり、はたまた焼き過ぎて固くなったりしてしまうため、取り出す絶妙なタイミングと、火の加減が必要だ。

おれはこの一週間で何度も失敗して、ハルカに怒られた。


今日はミコトが調理してくれたようで、ほくほくで柔らかく、口に入れた瞬間、ほろっと噛まずに崩れるほどだった。さらにこの蒸かしイモの上にチーズをのせて食べると、美味さが格段に跳ね上がる。


疲れて腹が減っていたこともあって、もう何もかもが美味く感じる。

美味いんだ。けれど、そう、本当に贅沢を言うならば。


「うっすいなぁ…」とコウタがぼそっと呟いた。


調味料は値段が張るから、できるだけ、使ってはいない。スープも干し肉が僅かに入っているだけで、野菜を多く入れて誤魔化している。蒸かしイモは、安くて、下拵えが簡単で、胃も膨らむから、コスパがいい。


「コウタ」ハルカが低めの声音で言った。「聞こえてるわよ」


コウタは口に含んだスープを吐き出しそうになった。「い、いやいや、美味いぜ!?でもさ、これにほんのちょっと調味料を加えるだけで、もっと美味くなるんじゃないかなーとか、思ったりしたわけで…」


コウタは必死に弁明をしている。コウタの言うことも、分からなくはなかった。実際、おれも同じようなことを思ってしまっていた。まあ、まずくはないのだけれど、自然の味が強いというか。


でもおれは好きだよ、そういうの。うん。


「仕方ねえよ。金無いんだから。贅沢言うな」ゲンがぎろっと睨むように言った。


おれたちは結局、貧乏だ。そんな誇らしく言えることでは、ないのだが。


貧乏なので、金を節約しなければならない。そこで一番金の消費を抑えられるのは、食糧だ。


高いものを買ったり贅沢をしなければ、なんとか食っていけるのだけど、そういうこともあって、特にコウタなんかは食に飢えている。


他にも、服や生活用品で削減できるものは極力節約している。だから、色んなものに気を配らなければ、すぐに支障が出てきてしまうから、気を抜くわけにはいかない。


生きることは、そう簡単ではない。


そうやって生きていく術を、おれはこの一週間で身に染みて理解した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る