第27話 エンカウント

「…ちょっと」


尖った声音が耳に届いたのはその直後だった。


おれはすっと後ろに振り返った。ハルカが森の奥の方をじっと見つめている。


「…何かいたのか?」

ゲンが、皆にだけ聞こえる音量で言った。


「わからない。けど、今、確かに何かいた」ハルカはそっと自分のナイフに手を掛ける。


おれは森全体を見渡した。


森は木々が密集していて、奥の方までは見えない。奇妙な虫やら鳥やらの音がうるさくて、他に何の生き物がいるかも判別できない。


この感じ。背筋がぞわぞわする。何かが来るかもしれない。そういう予感が脳裏を過った。それは、この数日で、おれ自身かなり臆病になったせいもある。


ハルカは<暗殺者アサシン>という<職業ジョブ>だ。


彼女のパーティ内での役割は、主に遊撃だ。

しかし、それだけにとどまらない。<暗殺者アサシン>には、“索敵サーチ”という<技術スキル>があって、敵の気配を察知する術を持っている。


さらに、“隠密ステルス”や“開錠ピッキング”など、様々な<技術スキル>を駆使し、その場に合わせた役割を果たすことができる、優れた<職業ジョブ>なのだ。


ハルカは素早くナイフを引き抜く。

これも、<暗殺者アサシン>の<技術スキル>の一つ、“投擲スロウ”だ。


ハルカはいつも専用のナイフを使っているが、これに助けられる場面も多い。というか、この前のザルシュ戦でお世話になったばかりだ。


そして、今までの戦闘から推測するに。


ハルカがこのパーティの中で、たぶん、一番実力を持っている。


その刹那、ハルカは短く息を吐くと同時に、ナイフを放った。ナイフは、森の茂みに吸い込まれていく。


ザッ、という音が響いた。何かが動いた。


黒くて、速い。いや、灰色か。ん?

なんか。

たくさんいるような。


草の中を駆ける音が重なって聴こえる。それに、黒いものが錯綜するのが分かった。

一匹が、草むらから飛び出した。


「危ねぇっ!!」

既でのところで、ゲンがそいつを盾で弾き飛ばした。


そいつはキャン、と一鳴きすると、身を翻して、こちらを睨んできた。そこでようやく、生き物の正体が分かった。


顔は、狼に似ている。体格は人間の大人よりも少し小さいぐらいだろうか。全身毛に覆われていて毛むくじゃらだ。


「ウェアウルフ…!?」

ミコトが驚いた様子で呟いた。


ウェアウルフ。聞いたことがある。狼人間とも言ったりするらしいが、確かに、後ろ足で立ち上がった姿はどことなく人間っぽい。そういう骨格をしている。

けど近くで見ると、完全に獣だ。人間味なんて、全くない。


そうか、こいつがウェアウルフか。


「グルルルルル…」

ウェアウルフは喉を鳴らしている。威嚇だ。完全にこちらを敵視している。おれは無意識に剣の柄を握った。


「どうする…!?」おれは横目でゲンを見た。


「逃げるか!?いや…」ゲンが視線を森の奥の方に注視した。おれもつられて奥を覗きこむ。


なんだこれ。


たくさんの眼がそこにはあった。影に隠れて身体は見えない。五匹?十匹?駄目だ、数え切れない。


背筋に悪寒が走った。


「とりあえず、戦闘態勢!隙を見て、逃げるぞ!」

ゲンがそう言ったことだけは分かった。


「しゃあああっ!!」

一番に先頭に躍り出たのは、コウタだった。


コウタは装備していた槍を低く構えて、突き進んでいく。「ふっ!」という掛け声に合わせて、槍を目にも止まらない速さで突き出した。


コウタは見た目通り、<槍士ランサー>という<職業ジョブ>だ。素早さと、攻撃力に特化した<職業ジョブ>で、近~中距離攻撃を得意としている。


槍のリーチもさることながら、こういった多対一でも通用する<技術スキル>を持っている。


突き出した槍は、ぎりぎりウェアウルフには当たらない。その隙に、数匹のウェアウルフがコウタに襲い掛かる。


それを待っていたかのように、コウタの口元が軽く歪んだ。突き出した槍の根元を腰に当て、左足を軸に回転する。


槍の先端が綺麗な輪を描き、飛び掛かってきたウェアウルフを切り裂いていく。あれは<槍士ランサー>の<技術スキル>、“サークル”だ。全方向に広い範囲の攻撃を与えることが出来る、敵が多いときに効果的な技らしい。


「しゃあ!見たか!この野郎!」

「おまっ、馬鹿!後ろ見ろ!」ゲンが叫んで駆け出す。さらにコウタを襲おうとしたウェアウルフをゲンは盾で弾き返した。


「…お前な」ゲンは半分呆れた顔で言った。「急に前出んなよ」


「はっはっは、わりぃわりぃ」コウタはニヤついている。そして、くるっと槍を一回転させて、また構え直した。


こうやって、戦闘はコウタが一番槍を担うことが多い。


注意散漫で、よくミスを犯すこともあるが、純粋な攻撃力だけならコウタの右に出る者はいない。ある意味、猪突猛進で自由な彼の性格にぴったりの<職業ジョブ>だと思う。

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