第20話 衝動

「…はぁ。まあいいけどさ」


ゲンは頭をがしがし掻きむしって、溜息をつく。

「あんま一人で抱え込むなよ?じゃないとお前」ゲンは視線を逸らして、空を見上げる素振りを見せた。


「早死にしちまうぜ?」


「…うん、分かってるよ」

おれは俯いた。


ちなみにショウはまた連絡すると言っていたが、あれからまったく音沙汰がない。以前はおれが眠っている間に、意識だけを呼び寄せたと話していたから、たぶんまた眠りにつくとあの世界に飛ばされるのだろうと考えていたが、そういうわけでもないらしい。


何を考えているんだろうか、あのローブ野郎は。


ふっと、風が髪を撫でた。


森を抜けたようだった。視界が開けて、短い草が生い茂る草原に出た。ふわりと、森とは違う草の匂いが鼻孔を擽る。


「ぶえっくしっ!」コウタが盛大にくしゃみをして、身体を摩った。「ちょっと、寒くね…?」


確かに、日が落ちてきて、急に寒くなってきた気がする。吹く風が、身体の体温を奪っていく。一番装備が薄いハルカなんかは、コウタの後ろに隠れて風を凌いでいた。


「おい、俺を盾にすんなよ」とコウタはハルカを睨んだ。

「ちっ、ばれたか」ハルカは軽く舌打ちして渋い顔をした。「仕方ないじゃない、この格好、寒いのよ」


「ほら、もう街は見えてんだから、きびきび歩けよ」

コウタが指さす方向には、何か白いものがぽつんと聳え立っている。


今の時間帯は、夕日に照らされて、真っ白ではなく、少しだけ朱色に染められていた。まるで、大きなキャンバスに、朱色を塗りたくったみたいだ。


この光景も、記憶を奪われる前のおれには、もっとありふれていたのだろうかと、不意に感じる。


真理というものが一体何を表すのかわからない。以前、気付かれぬようちらっと皆に聞いてみたことがあったが、全く聞き覚えの無い言葉だったそうだ。


おれは、何をして、何を知ったのか。あれから心の片隅に、尖った欠片のように歪な形で残っている。


真理と呼ぶほどなのだから、相当厄介なことに首を突っ込んでしまったのだろう、過去のおれは。他の皆は特に何もなさそうだから、おれだけで行動していたのだろうか。


それを考えた時、ずん、と頭の中に錘を乗せたような感覚があった。


そして、衝動。


時々、突然訪れる症状だった。ショウに事実を突きつけられた時みたいに、自分の知らない感情が沸き上がる。それが欲しいと、耐えがたい空腹のように、胸を締め付ける。


一時すると、ゆっくりとその衝動が退いた。


「…?、大丈夫か?」

隣を歩いていたゲンが、立ち止まったおれに訊いてきた。


「あ、うん。問題ないよ」

おれはすかさず応えて、また歩き出す。それが消えると、何事も無かったかのようにいつもの平穏が訪れる。


本当に、疲れる。これも真理に触れて、記憶を奪われた代償なのだろうか。


早く、記憶を取り戻さないと。


それだけは、心も、身体も明確に理解していた。

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