第19話 帰路

木漏れ日が、揺れている。


太陽の位置は西側に大きく傾いていた。空はだんだんと朱色に染まりかけ、森全体も静けさを増し、夜の気配を漂わせ始める。


「それよりさあ、今日のコウタ、めっちゃ面白かったんだけど!」

前の方で、ハルカの笑い声が聞こえた。


「うっせぇな!その分、ちゃんと一匹仕留めただろ!?」

コウタはふん、と鼻を鳴らして、口をへの字にひん曲げる。その仕種を前にも見たような気がして、既視感が胸を突いた。いや、この光景が、だろうか。


「でもさぁ、あんた、後のこと考えてなさ過ぎでしょ。もうちょっと頭使ってから行動しなさいよね」

はあ、これだから、とハルカは肩をすくめる。


「まあまあ」ミコトはハルカに向き直って、ほわっと笑った。「良いんじゃない?皆怪我なかったし」

「えぇ?ミコトそれ甘すぎじゃない?」

「そうかなぁ?」

「そうそう!」コウタがぐっと親指を立てて見せた。「終わりよければ全て良し!って言うだろ?」


そんなコウタをハルカは細い目で一瞥する。

「えぇ…。そんな自信ありげに言われても、説得力ないんだけど」


自信。その言葉が、耳の奥で反響して、頭の中に染み渡った。


おれにとっての、自信。


「…ユウトも、最近さ」隣を歩いていたゲンが、急に口を開いた。

「なんか、危なっかしい気がするんだけど」


「…そ」おれは少しどきっとした。「そうかな?」

「ああ。何をしようか、迷ってる、みたいな。で、目の前しか見えずに、何か見落として、ミスするところとかあるし。今日も俺には動きが悪く見えた」

「まあ、確かに…」

「気になることでもあったのか?」


そう言われて、おれは一瞬口を噤んだ。


どうしよう。

気になることはある。やっぱり言うべきなのかと頭を過るが、これは言ったところで解決できる問題じゃないし、むしろ皆に迷惑を掛けるだけだ。


「いや、大丈夫だよ。なんだろな、スランプ?みたいなものかな」

「そうなのか?」

「うん。だからさ、そのうち治るよ、たぶん」

「たぶんってお前な…」

おれは、はぐらかすように笑って見せた。


あれから、一週間が経っていた。

未だに、覚えているのは木から落ちて目が覚めてからの記憶だけだ。黒い化物と戦ったことも曖昧に覚えている。


曖昧と言っても、記憶が断続的になっている感じというか。ある場面が一瞬一瞬切り取られて、途切れてしまっているような状態だ。


でもあの時。ハルカを助けようとした時。自分はなんで動けたのか、今でも不思議でたまらない。そもそも自分が一人であの化物を倒したことも、全然実感が持てないままだ。


あれ以降は、大変だったらしい。手負いのゲンやコウタはともかく、おれは化物を倒した瞬間ぷつっと糸が切れたように意識を失ってしまって、帰還するのに苦労したのだとか。


そしておれはそのまま、丸一日も眠ってしまっていたようだ。それも、あんまり実感が持てていない。


そして。


ショウと名乗る者との邂逅。

今でもあの時のことは夢なんじゃないかと思ってしまう。


しかし、おれはしっかりと覚えてしまっている。真っ白な空間。ローブ姿のショウ。実体が無く、話すことのできない自分。


真理に触れ、記憶を奪われたこと。そして、ショウからの提案。

自分で作った夢にしては、あまりに出来過ぎている。それに、理性では夢と思いたくても、おれの意識がそうじゃないと否定していた。


ベッドで目を覚ました後も、大変だった。ショウの言葉を鵜呑みにすればだが、なにせおれは過去の記憶を奪われている。どうやって暮らしていたのかも覚えてないし、この世界の生き方さえ分からない。


だからこの今までの一週間、覚えることがたくさんあった。本当に、たくさんだ。結局、ショウが最後に口にした「この世界で生き抜け」という言葉通りになっているのは癪だけれど、別に、死にたいわけではないし、そこは仕方がない。その分苦労もしたし、たぶん皆にも色々と迷惑を掛けただろう。


記憶が無くなっていることは、彼らには言っていない。というよりも、ショウという人物に記憶を奪われたことは言っても信じてくれないだろう。他にもいくつか理由があって、彼らに話すわけにはいかなかった。今ゲンにそのことを訊かれてもはぐらかしたのは、そのためでもある。

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