第15話 提案

「なんでこんなよく分からないやつに呼び出されたか分からないだって?そりゃあそうだよな。普通に、何にもできない人間で、特に何かした覚えもないし、された覚えもない。いや」


ぐるぐるとおれの周りを歩きながら、話し出す。そして不意に立ち止まった。


「…お前にはそもそも記憶がないんだから、わからねえよな」


核心を突かれた気がして、心臓もないくせに、胸のあたりがひやりとした。


そうだ。おれは過去の記憶が無くなっていた。だから、森で目が覚めて、仲間たちのことも覚えていなくて。そのあと。


そのあと、どうなったっけ?


「なんでお前が記憶を無くして、ここに呼び出されたか分かるか?わかるわけないよな。だから、おれが教えてやる」


男は、またぐっと顔を近づけてきた。額がぶつかりそうなほど近くに。それでも、男の顔は見えず、口元だけがにやりと歪む。


「お前は、真理に触れたんだ。だからおれが記憶を奪った」


想像もしていなかった言葉だった。思考の中で、真理という言葉と、記憶を奪うという言葉が反響するように繰り返される。


真理、というものが何なのかは知らない。けれど、記憶を奪われた事実だけは、すっと頭に入り込んできた。


だったら。


返せよ。おれの記憶。


「…おっと、わかったわかった。そう怖い顔をするなって。仕方ないんだよ、真理に触れた者は、記憶を奪うしかないんだから。おれだって、好きで奪ったわけじゃないんだぜ?」


男は打って変わって、へらへらした態度を取り始めた。その態度が、ふつふつと沸いてきた怒りの感情をさらに加速させる。


「お前がそんなに怒るのも無理ないよな。他のやつらじゃ、記憶を奪われたってそう感情的になったりしない。そこまで、大切なものじゃないから。でもお前は違う」


おれは男に殴りかかった。殴りかけるよう全身に命令する。すると、思い通りに男に接近することができた。


でも、男に触れた感覚は無く、いつの間にか、するりと男を通り抜けていた。

「だから言っただろ。お前は今ただの思念体なの。肉体の無いお前じゃ、何にもできない」


男はやれやれと呆れた声音で肩を落とす。そして、話を続ける。

「お前の記憶には忘れちゃいけないことがあった。絶対に、忘れてはならないもの。だから、そんなに必死になってるんだろ?」


まるで、自分じゃないみたいだった。おれは記憶を奪われていて、それが何なのかも思い出せないのに、何故か怒りがこみ上げてくる。おれの中の何かが、無意識が、それを欲している。


「わかってるよ。だから、良い提案をしてやろう」

男は、おれに振り返って、指を一本立てる仕種をした。そしたら、さっきまで何も無かった場所に、男が初めに座っていた椅子が突然現れる。


その時だった。視界にノイズが走ったのは。


ざざっ、ざー、と音を立てながら、視界が徐々に狭くなっていく。


「おっ、そろそろ時間だったか」

男は椅子に座り込みながら、空を見上げた。


「まあいい。…提案何だがな。お前、おれと協力しろ」

消えゆく視界の中で、男はおれにそう呟いた。


「おれの指示する通りに行動してくれれば、お前の記憶を返してやろう」

あんなに真っ白だった世界は、ゆっくりと夕暮れをむかえるように、明かりを落としている。

でも、男の声は未だに耳元で囁かれているかのように鮮明だ。


「そうだな、今はまだこの世界で生き抜くことだけ考えろ。話はその後だな」

ノイズはさらに酷くなって、視界一杯を覆い尽くす。もう、何が見えているかも、分からない。


「そういえば、自己紹介がまだだったな。おれは、“示す者”。ショウ、とでも呼んでくれ。また会おう。ユウト。近いうちに連絡する。それまで、元気でな」


その言葉が聞こえたと同時に、視界は完全にブラックアウトした。

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