第16話 目覚め
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チュンチュン、と鳥の鳴く声が聴こえた。
そう知覚したときには、もう頭が覚醒している。肌が毛布の温もりを感じて、目を瞑っていても明るい光が瞼を通り越して照らしている。
朝だ、と思った。
ん?朝?
おれは目を開けた。案の定、周りは明るくて、視界がはっきりとしている。目の前には、天井が見えた。けれど、妙に近い。
天井って、こんなに低かった?
いや、違う。これは天井じゃない。
おれは上半身だけ身体を起こした。包まっていた毛布がさらりと脱げ落ちて、温もりが外へと逃げていった。
小さな部屋だった。
ここから反対側の壁には、二段ベッドと思われる家具が一つ。おれの頭側の壁には、窓が設えられていて、太陽の光が差し込んでいる。
それ以外、これといった装飾品は見当たらず、何も無い。
いや、どうやらおれ自身二段ベッドの下段に寝ていたようだから、二段ベッドが二つあるだけだ。道理で天井が近いわけだ。
おれはベッドから抜け出して、窓の外を眺めた。上には真っ青な空に、幾つもの雲が漂っている。目線を降ろすと、何も植えられていない、殺風景な花壇が目に映った。
「ここ、って…」
不意に後ろから、とっとっとっとっ、というリズミカルな音が聴こえてきた。この部屋のドアの向こう側から聴こえているようだ。そのドアは壊れているせいなのか、半開きになっていて、部屋の外の様子を窺うことができる。
音がだんだん近づいて来て、すっと、赤いものが部屋の目の前を過った。そのまま音は過ぎていくと思ったが、急に音が止まった瞬間、またこちらに近づいてきた。
「あ!ユウト、起きてたの!?」
部屋のドアを勢いよく開けて、ポニーテイルの女の子が入ってきた。女の子の髪色は、綺麗な赤だった。そうか、さっき見えたのはこれか。
というか。
「えーっと、ハル、カ…?」
おれは首を傾げながら呟いた。同時に様々な疑問が頭を過って、硬直しかけた。
ハルカ、だよな。うん、たぶん彼女はハルカだ。でも今なんで、赤髪が似合っているな、って思ったんだろう。
まあ、それもあるけれど、なぜハルカがここにいるのだ?
すると突然、また廊下の方から足音が聴こえてきた。よくわからない鼻歌まで聴こえてくる。
それが部屋の前まで来た瞬間、鼻歌を歌っている人物と目が合った。
「あ!ユウ君、起きたんだ!おはよう!」
そこにいたのは、大きな籠を持った眼鏡の女の子だった。彼女はおれと目が合うなり、笑顔で手を振ってきた。
「あ、ああ」おれはつられて手を振り返す。「おはよう」
いやいや、おはよう、じゃなくて。
眼鏡の女の子、彼女はミコトだ。ミコトまでいるとは、どういうことだろう。
ミコトは、持っていた籠を床に置くと、おれに近づいて身体を舐め回すように眺めてきた。
「えっ、え?何?」
「…ユウ君、特に痛いところとか、ない?」
「え?痛いとこ?ない…と、思うけど」
「そっか!」ミコトは手を胸の前で合わせておれに向き直った。「良かったぁ」
「…良かった?」
「うん、良かった」
「何が?」
「何がって?」
「…あはは」
おれは軽く後ろ頭を押さえた。何なんだろう、これは。意味が分からない。何か自分は悪いことをしたのか。全く、身に覚えが無い。
…身に覚えが無い?
「え」ハルカが手で口を押えた。「あんた、まさか覚えてないの?」
ハルカの様子を見て、おれは少し狼狽えた。覚えてない?何を?いや、自分が誰なのか分かるし、彼女たちが誰なのかも分かる。では、何を覚えていないのか。昨日。
昨日、何したっけ。
あれ。
「それじゃあ」ミコトも、不安げな顔でユウトを見つめた。「あの、黒い化物のことも、覚えてないの…?」
「え…」
くろいばけもの。嫌な響きが、喉の奥につっかえた。
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