第12話 そこは教室

******


「勇人!!」


「痛てっ!?」


頭に痛みが走って、おれは思わず頭を押さえた。何だろう、今、グーで殴られたような。


目を開けると、ちょうど誰かのお腹辺りが見えた。徐々に目線を上に向ける。すると、拳を握りしめたポニーテイルの女の子が、おれを睨みつけている。


「…あれ、ここ…」

おれはゆっくりと頭を持ち上げて、周りを見渡した。大きな、部屋だ。幾つもの規則的に並んだ机と、それと同じ数の椅子が揃って配置されていて、おれ自身も、その一つに突っ伏している。同じ服装をした男女が、部屋のあちこちで談笑する音が雑音になって、響く。部屋の前の壁には、黒い大きな板と、「一期一会」と書かれた紙。壁の左右は窓になっている。左側から差し込む太陽の光が、眩しくて、一瞬目が眩んだ。


「…お前さあ、あれ?ここ、って、どんだけベタなボケしてんだよ」


右後ろから声がした。振り返ると、机に肘をついてニヤニヤしている男がいた。こいつ、誰だ?でも、短髪で吊り上がりぎみの目はどこか見覚えがある。


「えっと、誰、だっけ?」

おれが首を傾げながら訊くと、短髪の男は大げさに椅子から滑り落ちる仕種をした。


「光太だよ、光太!え?何?俺そんなに覚えられないような顔なの?そんな、影薄いの!?」

短髪男はしょんぼりした顔で言った。それを見て、後ろにいた眼鏡の女の子と、背の高い男が噴き出した。


「あはははっ、でも、今の勇君の顔」眼鏡の女の子は目頭を指で拭う。「ホントに誰だっけ?って顔だったよ」


「光太、そう気に病むな。お前の顔は薄いどころか、濃いと思うぞ」

「元、お前それ慰めてんのか貶してんのか!?それよりも、お前は相当強面だと思うがな!」

「…あ?」

「ひぃいいいいっ!ごめんなさいごめんなさい!!」


「ちょっと?何盛り上がってんの?」

ポニーテイルの女の子は少し低い声音で、彼らを睨みつけた。短髪の男は「あ、はい!すいませんでした!」と速攻で謝った。


「って!だいたい勇人が寝てたのが悪いんだろ!?なんか俺ばっか謝ってるんだけど!?」

短髪の男はおれを指さした。おれは数秒遅れて反応する。


「…え、あ、おれ?のせい?」

「そうだぜ、話してて振り向いた瞬間には寝てたからな、お前」

短髪男は肘を付いて細め目でおれを見つめた。おれは、やっと頭が追いついてきた。


そうか。寝てたのか。


もう一度、周りを見渡した。ここは、いつもの、教室だ。温かい、昼下がり。いつもポニーテイルをしている遥香。お調子者の光太。眼鏡っ子の実琴。背の高い強面の元。変わらない、いつものメンバーだ。


変わらない、はずだけど。


何か、忘れている。さっきまで、覚えていたような気もするし、もうとっくに忘れてしまった気もする。ただ、何かを忘れたということだけ覚えている。


それに、何だろう。彼らはこんなやつらだったっけ?と思う自分がいる。光太を忘れていたように、皆、どこか、違うような。いや、違った?寝ぼけている、だけなのか。


でも、何がどう違うのか、それを言葉にすることはできない。


「もうあれだよね、勇君の特技だよね、早寝って」

実琴はさっき笑った余韻が残っているのか、またぷっと噴き出した。それで、おれは我に返った。


「いいじゃないか。俺なんて、寝付き悪くて困ってるぐらいだぜ?」ゲンが肩をすくめて言った。


「そんな良いものじゃないと思うんだけど…」おれは苦笑いを浮かべた。なぜ、こんな話になってるんだろう。そもそも、何の話をしていたのか。覚えていない。


おれの記憶力、大丈夫か。


「もう、また話脱線してるじゃん…」

遥香は大きく溜息を付いてうなだれた。


「…あ」おれは遥香に向き直った。「ごめん…」

ごめん。自分の言葉が耳に残った。そして、ちょっとだけ、何かが脳裏を掠めていった。


そうだ。おれは、謝りたかったんだ。

でも、何を?どうして?

分からない。思い出せない。


その時だった。

キーン、コーン、カーン、コーン…。

ベルの音が鳴った。

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