第11話 傾く世界の片隅で

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いつまでそうしていただろう。


キーン、という耳鳴りで、気が付いた。


「…あれ…?」

おれは、何をしていたんだろう。


ハルカを、助けようとして、化物が眼の前にいて、怖くて、必死で戦って。それで。


それで?


妙に、身体がだるい。重力が数倍増したような感じだ。頭も、くらくらする。


おれは瞬きをして、霞んだ視界を手で拭う。そしたら、赤い何かが映りこんだ。


「…っ!?」

血だ。血だらけだ。地面も、服も、自分の手も。


なんだこれ。誰の血だ?おれ、ではない。どこも、痛くは無いし。でも、どこもかしこも、赤で染まっている。


さらに、周りを見渡す。すると、変わり果てた、化物の姿があった。いや、それはおれのすぐそばに、足元に転がっていた。


口を大きく開いて、舌がだらりと垂れ下がっている。全身のどこにも力が入っていなくて、動く様子も無い。あんなに真っ赤だった眼は血の気が引いて、目線はどこか遠くを見据えていた。


化物は、死んでいた。どす黒い血の池の真ん中で。おれは、頭が真っ白になりそうだった。


何が、起こった。何で化物が死んでいる?いや、殺された?


誰に?


誰にじゃない、おれだ。

おれがやったんだ。何でかって?そりゃあ、殺されそうだったから。だから、やられる前に、殺ったんだ。


本当に?


現実味が沸かなかった。どこか、夢の中の出来事みたいに不鮮明で。ふわふわしていて。


本当に、おれがやったのか。


足元の血だまりを見つめた。すると、その中に、人の姿が映った。


少し垂れ目の男が、こちらを見返している。癖っ気のある前髪は長めで、目が隠れてしまいそうだ。


これが、おれ?


よく、童顔だと言われていたのが、コンプレックスだった。背も、そこまで高くはないし、まあ低すぎるってわけでも、ないのだけれど。普通。運動も勉強も、全部、平均程度。突出したものが何も無い。


これが、おれだ。


だから、ただただ、平凡な日々を過ごしていた。でも、全てが退屈ではなかった、と思う。凡人は凡人なりに、忙しない生活を送って、良いことも悪いこともあって、ちょっと何か物足りなくて。それが、普通だと思っていた。


いや。


これは、誰だ?


光。痛み。ノイズ。鳴りやまない耳鳴り。時々聴こえる、誰かの声。


おれは、誰だ?


血だまりの中の自分が、一瞬、揺らめいた。


視界が、またぼやける。キーンという耳鳴りがさらに音量を増していく。葉擦れの音と絡み合って、歪な金属音に聴こえる。手に、足に、力が入らない。感覚がなくなっていって、右手から、剣が滑り落ちた。何が、どうなっているんだろう。剣が地面に落ちる音さえ、遠くのように感じる。


自分を呼ぶ声が、耳鳴りの中に混じったような気がした。誰だろう?ハルカ?それとも…。


刹那、世界が揺れた。木々が、地面が傾いて、同時に鈍い衝撃が頭に響く。

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