第2話

1998年8月8日。

私のかわいい子。天海樹あまみ いつき


「かわいいなぁ。俺たちの子は。」

夫が涙を浮かべながらそうつぶやく。

「うん。私たちの息子。どんな大人になるのかなぁ」

なんて話した記憶もすぐに思い出せる。



この子の成長は目まぐるしいほど早く、母親でさえも追いつけないほどだった。



樹を産んでから最初にこの話を切り出したのは新しく担任になった幼稚園の先生だった。

「樹くん、すごいですよね。本当になんでもできちゃって。」

初めは、感心したように。

「いえいえ、他の子たちよりも少し成長が早いだけですよ。」

このくらいの年齢だと少し成長が早いだけで大きな差がつくことは普通だと思っていた。

「特にびっくりしたのが、お子さん、左利きなんですね!実は5歳児クラスに一人だけなんですよ。樹くんの真似して左手でお箸を持とうとする子もいるくらいでとっても人気者なんですよ!」

「え?」

「あれ?樹くんはあまり話さない子なんですか?幼稚園でのこと」

「いえそうではなくて、、、樹のこと、左利きっておっしゃいました?」

「あ、えぇ。樹くんは左利きですが。。。?」


おかしい。左手でなにかをしているのを見たことがない。食事、歯磨き、書き物。全て右手でやっているはずなのに。いや、少なくとも私がみている限りでは。


このことは、軽く流して心に留めておいた。私も子供を育てるのは初めてだし、

今思えばこの段階で本人に聞いておけば良かったのかもしれない。恐らくもう自分のことを理解し、演じていたのであろう。



翌年2004年。

いつもと変わらず樹を小学校に、夫を仕事へと見送る。

そして変わらず私たちの目の届かないところでは「左利きの子」として生活しているようだ。


小学校という新しい環境にも慣れてきたみたいで他の子たちと同様、初めのように校門でぐずることもなくなった。


ほんとうにかわいい私の子。とっても愛してる。


2007年。

樹は小学校4年生。早いなぁ。もう2分の一の成人。


私たちの前では「右利きの子」として生活している彼は私たちの目にはごく普通の子に映っていて、問題もおこさなければ特別秀でたことをするわけでもない。私たちと同じような人間の子だった。


気にかかる話があるとすれば一つ。みんなで食卓についているときに問うてきた一つの質問。

「ねぇ、死んだらどうなるの?」

これくらいの年代の子だ。動植物が生きる様、死ぬ様をみて思うこともあるのだろう。夫がこう答えた。

「うーん。死んじゃったら、お空にいくんだ。僕たちからは見えないけれど、死んだらお空にいって好きな人のところにいったり、好きなことができるんだよ。おまえのお爺ちゃんもお空から僕らのことを見てくれてるよ。」

「へぇ。。。。。わかった!みんなお空にいっちゃうんだね!」



翌日、彼は鳩を殺した。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

両利きの子 鈴木天秋 @szk_tkak

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ