第16話 オッサン、冤罪に恐怖する。
「どういうことだ? リンゴの無断採取が犯罪でないなら、私は何の容疑でここに連れて来られたのだ?」
激しくツッコミを入れた後、部下に宥められ、気を取り直して椅子に座りなおしたオッサン隊長に確認する。
最初から確認するべきであった。
「しらばっくれるのが上手いな。歳を食っているだけのことはある」
「む。そちらと同じぐらいの年齢だろう」
「俺はまだ三十前だっ!」
「おお……これは失礼した……苦労しているみたいだな」
「うるせえっ! 大きなお世話だっ!」
この人、老けて見えるだけだったよ。人は外見で判断しちゃいけないよね。失敗失敗。周りの部下たちも笑いを堪えていたぞ。
「まあ、落ち着いて、リンゴでも食べるか? ビタミンは老化防止の効果があるらしいぞ」
「リンゴはもういいんだよ! 頼むからリンゴの話はしないでくれ!」
「おお。わかった。リンゴのことは忘れよう。では、私にかかっているのは何の容疑か聞かせてくれ」
「……コロシだ。おっと、リンゴでも魔物でもねえぞ。人間だ。ヒューマン種のな」
なんと! 殺人事件の容疑者だったよ! 冤罪だ! 痴漢なんてしてないよ! 吊革に両手で掴まってたから触ってないよ! こーなーんー! 海を見てーっ!
おっと、あまりに衝撃的だったので混乱してしまった。
実際冤罪事件には過去遭遇したことはありません。痴漢冤罪はコワイって聞いてるし、気をつけていました。そのためだけに自転車通勤を心がけていましたから。女子生徒やOL満載の通勤電車になんか怖くて乗れない!
「あまり驚いちゃいないようだな。やはり怪しい」
「待て。十分驚いている。驚きすぎてリアクションが取れなかっただけだ」
「どうだか。まあいい。詳しい話を聞かせてもらおうか」
「詳しい話と言っても、被害者は誰で、犯行現場も犯行時刻も知らないのに詳しい事情は話せんだろう」
「その手は食うか。またワケのわからんことを言って煙に巻くつもりだろう。俺の質問に答えればいい」
このフケ顔隊長、完全に私のことを犯人と決め付けているようだ。
転移者と知って? いや、外国人だからか。
どこの世界でも偏見はあるのだな。嘆かわしい。
ここは毅然と冤罪事件に立ち向かわなくては。
それよりも、このフケ顔隊長、全く名乗っていないぞ。日本の警察だって警察手帳見せるし(TVドラマ調べ)、アメリカの警察なんて『キサマには弁護士を呼ぶ権利がある~』とか説明義務もある(海外ドラマ調べ)というのに。
そうだ。私も弁護士を呼ぶべきだ。
「質問に答えるのに吝かではないが、その前にそちらの身分、姓名を聞かせてもらおうか」
「なにいっ!」
「当然だろう。私は冒険者ギルドに所属している。建前ではあるが、国王であってもその権利は侵害されてはならない。協力を求めるなら表面上でも礼儀は守ることだな」
「くそ、聞いてはいたが口の達者なヤツだ。まあいい、俺はフランシスカ王国騎士団王都警備隊第一分隊隊長、ネイサン・ベルナールだ。ついでに、ここがどこかわかっていないようだから教えるが、ここは王都警備隊本部だ。これでいいな、さっさと吐いてもらうぞ!」
ほう、王都警備隊か。やはりそんな機関があるんだな。
そういえば、メイド長さんの部屋で会ったのは王宮警護隊の隊長とか言ってたな。保証人として来てもらうか。
「わかった。未だどんな事件がわからんが、何でも聞くがいい」
「くそ、どこまでも偉そうに……じゃあ、まずは昨日の夕方どこにいたか答えろ」
「ふむ。先ほども言ったが、東の森にいたな。証人はないが、採取したリンゴと薬草がある」
「くっ、でかい態度から予想はしてたが、アリバイを用意してたか……だが、その程度じゃ疑いを晴らしたことにはなんねえぜ」
おや、こちらの世界でも『アリバイ』で通じるのか。面白い。
「ふむ。察するところ、犯行時刻は昨日の夕方、犯行の手口は……時間を操作できる、毒殺というところかな」
「てめえ! やっぱり犯人だな! 『毒』のスキルを使ったんだろ!」
おい! 『毒』スキルが原因かよ! 何でフケ顔隊長が知ってんだ! シュレ後でお仕置きだ!
「まあ待て。この程度で自白と取られては世の中の事情通はすべて犯人になってしまうではないか。簡単な推理だ」
「推理だと?」
「ああ、そうだ。ついでに被害者も特定してやろう。言っておくが推理だぞ」
「犯人なら当然知っているだろうし、驚かんぞ」
「……まあ、先に教えないのが悪いのだが、それはともかく、冒険者のゴリマッチョではないか?」
「は? ゴリマッチョ?」
「う~ん、確か噺家みたいな……円蔵! そうだ、円蔵だ」
「ハナシカは知らんが、確かにエンゾだ。だが、昨日から王都にいなかったくせにガイ者の名前を知ってるとは、やはり犯人だな」
「推理だと言っただろうが」
「説明してみろ! その推理とやらがいい加減なものならすぐに牢にぶち込んでやらあ!」
「ふん、少しは頭を使え。もっとも、最初から頭を使っていたら私がここに居る事態にはなっていないのだろうがな」
「なにおう!」
「まあ、聞け。要は捜査手順の問題なのだ。被害者は毒殺されたようだが、毒のスキルを持っているだけで私が容疑者になるのは不自然だ。
丸一日経ってもいないのに王都中の全員分のスキルを確認したわけではあるまい。
なら、始めに私に目を付けてから私のスキルを確認したということだ。そこで初めて毒のスキルを発見し容疑を固めたというところか。
では、何故私が被害者を特定できたかというと、王都に来て私が対人関係で問題を起こしたのは一人しか思いつかなかっただけ、だからだ。
どうせ被害者の交友関係を洗ったのだろう? ハナシカさんはよく揉め事を起こす人だったらしいが、それでも当日の朝揉めたばかりの私を怪しいと考えるのは無理もない」
「なげーよ! ワケわかんねえよ! だから、ハナシカって誰だよ! エンゾだよ! もうお前が犯人でいいよ!」
「ちっ、脳筋め。これだけ噛み砕いて説明してやっているものを。怠慢だな、警備隊長とやら。ギルドに会員のスキルを確認したのは合法かどうかしらんが、そこまで調べたならその先も調べるべきだったのだ」
「その先だあ?」
「私は昨日の朝冒険者ギルドで登録をした。ではギルドに行く前はどこにいたのか? 大体、外国人である私はどこから来たのか? 調べたか?」
「そ、それは……必要ないだろ!」
「だから怠慢だと言っている。仕方がない。手間を省かせてやろう。ちょうど近くに建っているんだ。王宮警護隊のガブリエル殿は知っているな?」
「ガブリエル? 知ったがどうした! 知り合いだからっててめえの容疑が晴れたことにはなんねえぞ!」
「いいから呼んでこい。王様を呼ぶわけにはいかんだろう。それとも呼んでみるか?」
「でかい口叩きやがって! ああ、呼んでやるぜ! おい! ガブリエルのヤツを呼んでこい!!」
フケ顔隊長は部下を王宮に呼びに行かせた。
ふう。これで一安心だ。
さて、お隣とはいえガブリエルが来るまで時間がかかるだろう。
自分では冤罪だと思っているが、異世界転移なんてしてしまった身だ。知らないうちに相手に遅効性の毒を付与していた、ということもあるかもしれない。その辺も考慮して話を聞いてみるか。
「なあ、隊長殿。私が主に疑われている『毒』のスキルだが、詳しいことを知っていたら教えてくれないか?」
「あん? なんで俺が? テメーが説明しろ」
「いや、ガブリエル殿が来ればわかることだが、私は事情があって、最近まで自分のスキルを知らなかったのだ。もちろん、『毒』のスキルがどんな効果があるのかもな」
「あんだと? ふざけるな! そんなワケがあるか!」
「いや、本当なのだ。だが、信じるにせよ信じないにせよ、検証は必要であろう。私のスキルが犯行に使われたと証明できれば一件落着ではないか?」
「お、おお。そうだな。やっと認める気になったか」
「いや、そうではないのだが……まあいい。人のスキルを詳しく調べる方法はないのか?」
「ああ、それならウチに鑑定持ちがいる。ガイ者が『状態異常・毒』になってるのもそいつの鑑定だ。よし、おい、ルカを連れてきてくれ」
なるほど、鑑定のスキルか。
そういえば、私も一応持っていることになる。ケータイの機能だが。
人前で使いにくいし、自分を鑑定する時はどうするの? 自撮り? う~ん、要検証だな。いちいちアカシックさんを頼るのも情けない。
……なんか、ガチャガチャ聞こえてきた。これはあれだな、王宮の警護隊が来たってことだな。うん、目立つなあ。
脳筋隊長も気がついたみたいだ。何も言わずに部屋の外に出て行った。私に会わせる前に話を聞くつもりなのだろう。
「おお。やはり勇者殿か」
しばらくして王宮警護隊のガブリエルさんが顔を出した。って、呼び方! フケ顔隊長さんもびびってるよ!
「ガブリエル殿。一日ぶりですね。あと、私は『勇者』ではありませんよ。会議で聞いていたでしょう」
「おお、そうだった。『教師』でしたな。勇者の国の」
「……教師……勇者の師匠……」
おーい! その説明で合ってるけど、微妙に違うぞ!
「……ガブリエル殿、折角来ていただいたが、少し待ってもらえるかな。隊長殿、鑑定持ちの方は?」
「は? はっ! 今すぐ! おい、ルカ!」
ガブリエルさん、何を話したのか。聞くのが怖い。転移者ってことまで話したのかなあ。まあ、特に秘密じゃないし、この国の騎士団ならいいのかな?
そうこうしているうちに、ローブ? アニメでよく魔法使いが着てるの、を着た若い男が入ってきた。この人が『鑑定持ち』のルカさんだろう。
あとで聞いた話によると、魔法職は宮廷魔術師以外にも騎士団の中に何人か所属しているのだそうだ。研究職と現場職の違いってところかな。
騎士団所属の魔法使いは、戦闘では魔法攻撃とかバフ・デバフなどの後方支援、非戦闘時は土魔法や水魔法で市民の役に立っているそうだ。鑑定スキルは捜査の役に大いに立つということだ。
じゃあ、最初から連れて来い! って話だな。
「で、では、鑑定させていただきますです……」
「うむ。よろしく頼む」
ルカさんも、何を聞いたのか、緊張しまくりのご様子。でも、何のフォローもしない私。だって、私だって殺人犯になるかならないかの瀬戸際なんですよ!
「……出ました……でも、これって……」
「ルカ! 何て出たんだ! そいt……そのヒトは犯人なのか!」
脳筋隊長も焦っているようだ。
「違うと思います。少なくても、このスキルでは犯行は不可能ですね」
「なにい~……」
ホッ、よかたアルよ~。これで99%ぐらい容疑は晴れただろう。
あと、じゃあ、私のスキルって何なのだ、というのが気になるなあ。
「ルカ殿。教えてくれないか? 一体『毒』とはどんなスキルなのだ?」
「え? 言うんですか? ここで?」
「構わない。疑いを晴らすためだ。知られて困ることでもない。どうせ自分も知らなかったのだからな」
「いや、しかし……」
「そう秘密にされると余計疑われる。教えてくれ」
「わ、わかりました。では、鑑定の詳細をお話します。『このスキルを持つものは結婚できない』でした」
「は? も、もう一度頼む」
「このスキルを持つものは結婚できない、です!」
その後しばらく静寂が支配した。
けっこん? 血痕か。毒ではなく血を操るスキルなのだろうか。確かに身体には毒かもしれないが、できない、というからには健康にいいのか……
「ブファっ!」
脳筋隊長が噴き出したのを皮切りにその場の兵士さんたちが笑い出した。
うん、現実逃避してたけど、わかってた。予想通りだった。
「しゅーっれーっ!!! お前、覚えてろよーっ!!!」
私の魂の叫びは王宮まで届いたとか届かなかったとか伝えられている。
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