第15話 オッサン、ピンチ?


 


「王都よ! 私は戻ってきた! I'll come back!」


 何だかワケがわかりませんが、森を抜けて王都の城壁が見えたところで叫んでしまいました。

 たった一晩留守にしただけで、まだ宿泊もしていない街が懐かしいですよ。


 幸い、森に続く街道には人影はなく、私の奇行は『神のみぞ知る』でした。どうせ見ているのだろう。もう慣れた。


 ここまで来れば道に迷うことも魔物に襲われることもないだろうとケータイをアイテムボックスにしまう。


「ふふん、アイテムボックスか。今のところ、スーパーケータイの次に便利だな」


 と言っても、それほど種類は入っていない。最重要アイテム・ケータイ、日本から着てきたジャージ一式と内履きの布靴。残り本数が心許なく超節約しているタバコと地味に重宝した百円ライター。それから神器かもしれないハリセンと王宮から借りパクしてたタオル代わりの布。あ、後は銀貨が二枚残ってたか。

 これが私の全財産だ。もうちょっと王宮から何か持ち出してもよかったかもしれない。


 ここに、昨日から今日にかけて森で採取したものが加わるのだ。

 昨日も必死で採取したが、今朝沼地で目を覚ましてみると昨日ほぼ取り尽くしたはずの薬草コロニーが復活していたのだ。

 ファンタジー世界スゲーっ、と思いつつ再び草むしりしました。鎌も用意しなければ。


 帰り道にりんごブロックにも寄りましたが、ここも食べごろ果実が増えていました。

 スライムさんに食べられた分以上を収穫しました。


 その一人では持ちきれない量を入れても全く問題がない。

 まだ詳しく検証していないが、所謂無限収納だと思う。神様仕様だからね。主役じゃなくても転移者。これぐらいのチートは許されるはず。

 あとは、この世界の常識的なアイテムボックスの容量を確かめて、変に目立たないように有効活用しなければ。


 今回、異世界の冒険者になったことで暴走してしまったことは自覚がある。

 主人公キャラじゃないって言い聞かせているのに、男のロマンが邪魔をしてしまう。困ったことだ。


 今後は冒険者と言いつつ商業活動に手を出してみよう。

 アイテムボックスがあれば運送費がかなりお得になる。道中護衛を雇うかどうかは今後の調査次第だ。魔物や盗賊ではなく護衛に後ろから襲われたなんてシャレにならない。

 ファンタジー世界恐るべし。


 だが、海辺の町で塩や貿易品の香辛料を買って、内陸の大都市で高く売り、大都市の流行品を安く買い占めて地方の町で卸す、なんていう流通チートにも心惹かれるのだ。なんせ旅とセットなのだから。

 そりゃ、いつもシュレに申請している通り生産チートがあれば街中で安全にウハウハな生活ができるだろうけど、ここまできたら世界中を回りたいじゃないか。米も探したい。絶対あるはず。

 地球にいたときは学校の修学旅行以外はろくに出掛けなかったけどね。





 四十路だけど第二の人生について虹色の将来に心を馳せているうちに城門に到着したようだ。


 時刻は正午ごろ。

 朝は結構早く起きたのだが、採取に時間がかかり結局半日過ぎてしまったようだ。


 城門の入場者の列に加わる。

 あ~、腹減った。早く換金して何かまともなメシを食べたい。


「ちょっと待て!」


 人生のことから食事にシフトしていた私の思考が城門警護官? 門番? の声によって中断される。


「何かね? 急いでいるんだが」


 空腹は人を苛立たせるものだ。少し不機嫌な対応を取ってしまった。


「タケシ・ハンムラに間違いはないか?」


「そのとおりだ。ギルドカードは提示したはずだろう」


 アイテムボックスの普遍性がわからないうちは面倒になるかもと、前もってカードは身に着けていたのだ。


「ちょっと一緒に来てくれ。おい!」


 門番が詰め所のようなところに声をかけると、ぞろぞろと同じような格好をした兵士が出てくるではないか。


「何の用だ? 私はこれからギルドに依頼達成報告に行かねばならんのだが」


 兵士たちの迫力にびびってしまいそうになったが、何とか堂々と対応できた。

 だが、やつらは緊張した空気を保ったままだ。


「何、聞きたいことがあるだけだ。こいつらについて行ってくれ」


 最初の門番担当の兵士が有無をも言わせぬ雰囲気で答える。

 うわー、断れねえ!


「わかった。指示に従おう」


「よし。おい、あとは任せた」


 こうして、私は兵士たちに同行することになった。


 しかし、兵士は私の前に二人並び、左右に一人ずつ、後ろにも二人いる。


 何だこれは? 犯罪者を連行しているみたいじゃないか。


「どこへ向かうのだ? 王宮か?」


「黙って歩け!」


 王都のメインストリートを歩く。しばらく行くと当初の目的地である冒険者ギルドが見えたが、通りすぎてしまう。これ以上進むと王宮だ。

 そう思い横を歩いている兵士に声をかけてみたが、けんもほろろの答えであった。


 目的地はやはり王宮だった。

 正確には敷地に隣接する建物。

 入り口を潜るとそこかしこに兵隊の姿が見られる。ふむ、兵舎か? 詰め所か?


 屯する兵士たちの間を通り抜け建物奥の部屋に辿り着く。


「ここはどこなんだ?」


「黙っていろ! 隊長! 手配にあった容疑者を連れて来ました!」


 会話にならん。

 って、おい! 容疑者って何だ! 

 異世界に来て四日。街に出たのは昨日のことだぞ。何の容疑だ。

 はっ! あのリンゴ、本当に果樹園だったのかも。オッサン、リンゴ泥棒しちゃったのかー。


 私が悩んでいると、部屋の中から男が出てきた。

 私を連行してきたのは皆若い、二十代だったが、その男は隊長と呼ばれるにふさわしい貫禄の持ち主、オッサンだった。


「そうか。ご苦労。ここまでの様子はどうだった?」


「は。Gランクの癖に偉そうな口の聞き方でしたが、おとなしくはしてました」


 む。偉そうとは何て言い草だ。

 こちとら柵溢れる現代日本で二十年も社会人やってたんだぞ。

 その柵から開放されたんだ。これからは、傲慢になろうとは言わないが、無意味に謙るつもりはない。退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! の精神だ。

 王様や神サマ相手にだって、必要があればorzも辞さないが、必要がなければヘーコラするつもりはない!


「ふん。強がってるだけのようだな。ご苦労だった、お前らは戻ってよし!」


「「「はい!」」」


 む。私が心の中で第二の人生での方針を再確認していて無言になっていたせいか、勝手な評価をされている。

 この場で反論するとさらに小さい男だと思われそうだ。よし、堂々とした態度で無言を貫こう。


 私を連れてきた門番たちが立ち去り、入れ替わるように数人の兵士が再び私を取り囲む。

 容疑者というのは本当らしい。


「よし、こちらに来い」


 私は隊長と呼ばれるオッサン兵士? に言われるがまま通路を歩き、さらに奥の部屋の中に入った。


 そこは窓のない、三方石壁の狭い部屋で、机が一つと椅子が二客あるのみであった。


 アレ? どこかで見たことがあるような……


「座れ! これから取り調べる」


 あっ、アレだ! 刑事ドラマの取調室だ!

 異世界モノがいつから刑事物になったんだ?


 そんな日本人にしかわからないネタを口にしても意味不明なので、黙って椅子に腰を下ろす。うん、中々いい座り心地だ。後でそっとアイテムボックスにしまうか……


「改めて確認するが、タケシ・ハンムラだな?」


 おっと、取調べが始まった。

 気を抜いて変な証言を残すとマズイ。気合を入れよう。


「その通りだ。これがギルドカードだ」


「……確かに。昨日登録した。間違いないな?」


「その通りだ」


「嫌におとなしいな。既に逃げられないと知って、罪を認めているのか?」


「認めるも何も、この場合、りんご農家にも非はある。よって私は無罪を主張する」


「は? 何言ってやがる」


「何をとは異なことを。調べるなら徹底的にすべきだったな。あの果樹園は防犯意識に欠けている。もはや罠といっていいレベルだ。塀や柵はおろか看板さえ立てていないではないか。私のような新顔の冒険者が間違えてリンゴを採ったとしても、それを罪とすべきではないだろう」


「おい! リンゴってなんだよ!」


「だから、リンゴの窃盗の容疑だろう? できれば示談にしてほしい。食べた分なら分割で払うつもり――」


「何だよ! リンゴの窃盗ってよ!」


 オッサン隊長は私の主張を聞いていて興奮したのか椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。


 少しビビった私だったが、ここ数日のワケのわからない経験が心を落ち着かせていた。

 ゆっくりと説明しなおしてやろう。


「私に掛けられた容疑とは、王都の東側の森の中にある果樹園に進入し、リンゴを勝手に採取したこと、なんだろう?」


「誰がリンゴ泥棒の話をしてる! 魔物がうようよしてる森ん中でどこのどいつが果樹園なんぞ作るか! 勝手に取ってきやがれ!」


「おお、そうか。やはりあそこは野生のリンゴ畑だったか。ん? ということは私の容疑は何なのだ?」


「そこからかよっ!」


 おお。異世界人にしては鋭いツッコミだ。まさか転生者ではないだろうな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る