第14話 オッサンは相棒がほしい。
「そろそろ帰るか……」
私、オッサンことGランク冒険者・タケシが王都郊外の東の森に足を踏み入れてから三時間になる。
失念していたが、森を出てからも王都まで徒歩で数時間かかる。それも計算に入れてダッシュで帰らなければ。あと三時間もすれば暗くなってしまうだろう。新人も新人、デビュー初日で夜の森はマズイ。いくらロマンがあっても無理!
アカシックさんの小粋なサービスのおかげで薬草採取だけではなく非常食確保まで効率よくできたのだ。アカシックさんありがとう! この流れに従って速やかに帰還すべし!
『こら! わらわには感謝せんのか! なの!』
ちっ、シュレには心の声は聞こえないはずなのだが。
通話料無料・充電不要なのでそれを口実に電話を切ることができなかったぜ。繋ぎっぱなしでコイツの無駄話に相槌を打ちながら作業してたんだよ。
「感謝って、してるぞ、勿論」
『ほ、ほんと? ど、どれぐらい?」
「そうだな、今すぐ飛んでいってネコ耳をモフりたいくらいだな」
『ふみゅ~』
モフりたいのも感謝しているのも事実だ。
シュレの存在がなかったらアカシックさんとは接点すらなかっただろう。なんだかんだで甘い母親していると思う。生徒経由でセレブな保護者と親密になる、みたいな?
あ、アレ、なんだろ……
『た、タケシよ。よ、よかったらこれから呼び寄せても――』
「シュレ、見えてるか? アレって、アレだよな」
『む~、なんじゃ、急に……ああ、なるべく魔物が近づかんようにしてたんだがな。弱すぎて逆に効果がなかったんじゃろ』
何か神バリアを張っててくれたようです。
そんなことより、
「スライムだ! 第一魔物だ!」
テンション上がりました。
気持ち悪いアメーバー形態ではなく、ぷるんとした雫型です。ボク悪いスライムじゃないよのスライムです!
『そんなことより、これから――』
「シュレ!ありがとな。ここからは初志貫徹、前情報無しでやってみる。じゃあな」
『あ、おい!』
冒険者初日からシュレたちにヘルプコールしてしまうという醜態を晒して今更だとは思うが、男のロマンという点ではまだ泣きついたことにならないだろう、と思う。すべて一人でやろうなんておこがましい考えだ。傲慢だ。人(神も可)に頼り頼られの関係が望ましい。そういうことなのだ。
というわけで、何か言っていたシュレとの神サマ回線をぶった切り、姿を現したスライムに接近を試みる。
無色透明ではない。ちゃんと? パステルの水色である。
私は刀を……抜かずにコミュニケーションをとることにした。
え? 何故って?
そりゃ、このスライムが転生者って可能性は捨てきれないだろう。
勇者はいるようだが、こっちが主人公かもしれないからな。
「やあ! ボクは悪い人間じゃナイヨ。キミもニホンジンなのかな?」
私はしゃがんで目線を合わせようとする。地面に這い蹲らなければ無理だった。
「ぶふっ!」
はい、いきなり攻撃されました。顔を近づけたとたん顔面にタックルです。
幸い、私の顔面が溶けることはありませんでした。アメーバータイプでなくてよかった!
「そ、そうか。いきなりスライムに転生して戸惑っているんだね? 大丈夫! この世界はテンプレだからきっと擬人化できるっぶへっ!」
どうやら私の説得は通じなかったようです。再度タックルされました。
だが、こんなことでは、私のロマン魂は挫けません。
「聞こえてないのか。それともこちらの言語が通じないのか……」
異世界言語というスキルの詳細がわかりません。今私が口にしているのは日本語なのでしょうか、それともフランシスカ語とかなのでしょうか。
「ハロー? ジャパン! ケータイ! ニッポンバンザーイ!」
ワケがわかりません。こちらにない単語なら発音ができるかもと思いました。
ついでに絶対こちらにはないアイテム、ガラケーも提示しています。
あ、耳が聞こえないなら、目だって見えないんじゃ……
予想通り三度目のタックルを受けましたよ?
「こうなれば……」
次の作戦です。
「テテテテーン! りんごの実~(異世界産)!」
餌付けしてみましょう。
アイテムボックスからマンゴーもどきのりんごを取り出し、スライムの口元? に差し出します。
「お、食った。やっぱり魔物でも転生者でも食事は大切だよな。ん? おいおい。俺の手は食いモンじゃないzおあああAwっ!」
いつの間にか私の手がスライムの身体に包まれていました。食べられてるよっ!
『手~が~! 手~が~!』とゴロゴロのた打ち回りました。決してネタのつもりはありません!
沼の近くで助かりました。急いで患部を水洗いします。
「ふーっ。骨まで逝ってなくてよかったー」
骨というか、皮膚が赤くなっただけでしたけど。低温ヤケド? みたいな感じです。
採取した薬草を擦り付けたら治った気がしました。
シュレの神様バリアを抜けられるのは神レベルの超大物か逆に感知もできない小物だということで、このスライムに一瞬で人体を溶かすようなファンタジー攻撃はできないのでしょう。
私はあきらめず、再度餌付けに挑戦します。○ツゴロウさんを見習え!
「今度は俺の手は食うなよ~。ほーれ」
ハッキリ言って、このスライムが転生者かどうかはもう関係ありません。
飼いたいです! モフモフも好きですが、異世界ときたらスライムのペットでしょう!
スキルに『ティム』とかがあれば話は早かったのですが、ユニークスキル『ご都合主義』に賭けてみましょう。
貴重な非常食のりんごでしたが、ロマンには勝てません。
私はせっせとスライムにりんごを与え続けました。時折手を食われながら。
残念ながら、そのスライム、りんごを食うだけ食って去っていきました。
私は何かほのぼのとした気持ちでその姿を見送り――
「俺も帰るとするか……はっ! もう夕方じゃねえか!」
そうなんです。
スライムと戯れているうちに時間を忘れてしまいました。てへっ。
『……お前はアホか。いや、もう何も言うまい。アホがうつる』
なんと! 語尾に何もつかないバージョンだよ!
「そこを何とか! この通りです。神サマ仏サマ、シュレ様! この哀れなオッサンに御慈悲を~!」
泣きつきました。
プライドとか、男のロマンとか、暮れ行くジャングルでは物の役には立ちません。
こちらの世界でも秋の釣瓶落とし。あ、秋じゃなかったっけ。それとは関係なく、深い森だからか暗くなるのが早そうです。
前世? では喫煙者(肩身が狭い)だったのでジャージのポケットにタバコとライターが入っていました。こちらの世界にもタバコがあるといいのですが……
それはともかく、焚き火ぐらいは用意しなければと、何とか夕暮れの中枯れ木を探して沼のほとりでキャンプファイヤーしてます。
一晩雨が降らなければ、後は魔物についてです。寝ている間にパクッッ! というのは勘弁ですよ。宵っ張りでございますが、徹夜は厳しいお年頃です。
何とかあと一晩の神様バリヤーの継続をしてもらわなければ。
ということで、地面に置いたケータイに向かって土下座中です。orzです。四十路です。
頑張りました。頑張りすぎてこのまま朝を迎えてしまって結局何のために頑張ったのかわからなくなるぐらい頑張って交渉しました。
交渉の結果、今後拠点となる場所に簡易でいいから祭壇とか神棚なんかを作って、ケータイのおしゃべりとは別に毎日感謝の言葉を捧げることになりました。
最初の要求はこの世界にシュレの神殿を建てろという壮大なものでしたが、新興宗教の教祖はヤヴァイだろ? ということで何とかグレードを落としてもらいました。
そんなこんなでケータイに新機能追加。
その名も『結界』です。
複数のタイプの結界を個別・同時展開できる優れもの。
さらに超進化しているぞ、ガラパゴス!
『魔物忌避』と『物理攻撃無効』の項目を選択し、ほっと一息。
野営の道具など有りはしないが、せめて、というつもりでアイテムボックスに入れてあったジャージを地面に敷いて寝そべる。
「いやー、これで安心して寝られる。一時はどうなることかと」
『本気で感謝せいよ、なの。全く、これからが思い遣られるバイ』
「明日からは街中での依頼を受けよう。選り好みはよくないからな」
『男のロマンはどこ行ったんじゃ。調子のいいヤツだわいな』
「まあ、そう言わないでくれ。なにしろ初めての異世界なんだ。もう日本の常識は通じないんだし、テンションが上がるのも無茶をしてしまうのも仕方ないだろ?」
『……後悔しとるか? こちらに来たこと……ワシを恨んどる……』
「後悔? まさか。転落死を免れたんだ。恨むどころか感謝してるよ。ああ、召喚魔法自体シュレには関係なかったろ? シュレが関係してるのは召喚のタイミングがずれたことかな。逆にそのおかげで面倒な勇者にならなくて済んだんだ。シュレの意図したことでなくっても俺にとっては感謝すべきことだな。ありがとな」
『むぐっ、ず、ズルイのだ……』
「何がずるいのか納得がいかんが、もう寝るから切るぞ。明日からはもっとまじめに稼がないと。仏壇も作らないとだし」
『そ、そう急ぐ必要はない、ニャン。ワシもそなたも時はあるのだから……』
「そうだな。慌てることはないのはわかっちゃいるが……ん? お前もって何のことだ?」
『はう! な、な、何でもないのじゃ! お休み! なのん!』
ビミョーな発言があったようななかったような。
珍しくシュレがおとなしく通話を終了させたので私もおとなしく寝ることにした。
さあ! 明日こそ冒険者らしく冒険するぞ! お休みなさい。アカシックさん。
◇◇◇
転移者・タケシが森の中でスライムと戯れていた頃。
王都の片隅にある場末の飲み屋で飲んだくれている男がいた。
「畜生! あのヤロウ、今度会ったらただじゃおかねえ!」
タケシに口論で負け、相手が冒険者登録の前だったことが仇となり力ずくで解決できなかった上に、周りの冒険者たちも相手の味方についたことが原因でギルドから逃げ出してしまった、あのエンゾであった。
事件が朝だったこともあり、仕事をまだ請けていなかったエンゾはすることも行く当てもなく王都の下町界隈をうろついて時間をつぶし、やっと開店したばかりのこの飲み屋で管を巻いているというわけだ。
周りにも人相の悪そうな客がいるが、エンゾほど荒れているわけでもなく、遠巻きにするかのようにエンゾから離れて飲んでいる。
「荒れているな」
そのエンゾに近づく人物がいた。黒いローブを着ており、フードを深く被っているので表情は定かではなかったが、どうやらエンゾの知り合いのようである。
「なんだ、アンタか」
エンゾは近くに座ったローブの男に尋ねられるまま、酒の勢いと怒りに任せて朝のギルドでの一件をぶちまける。
聞いていた男は、見えない眉を顰めたようだ。
「このままじゃ、俺様にギルドの新人に嫌がらせしろって依頼してきたアンタも警備隊に追われることになるかもな。ま、俺様が黙ってりゃ別だがよ」
「金か?」
エンゾのストレートに近い提案を男も直接受け取る。
「話が早いな。まさか本当に警備隊を呼ぶことはないだろうが、しばらくはギルドには近づきたくねえ。街を出るつもりだ」
早い話、みっともないので逃げ出すということだろう。
男も納得したようで、懐から小袋を取り出す。
「ふむ、仕方がない。口は噤んでもらうぞ」
「わかってら。面倒は御免だぜ。誰が警備隊に近づくかよ」
エンゾは男から金が入っているであろう小袋を受け取る。
「ひひっ、これでしばらくは……あうっ、うぐっ」
エンゾが小袋の中身を確かめようとしたところで呻き声を漏らす。
そのままテーブルに突っ伏してしまった。
男は全く動じない様子で小袋を回収すると、さも何事もなかったように飲み屋を出て行く。
後に残ったのは酔いつぶれたような姿のエンゾだけである。
周りの客は異変に全く気がついていなかった。
「ふん、役立たずめ。だから私はこんな迂遠な計画には反対だったのだ。今度は私の計画できっと女神を……」
薄暗い裏通りを歩くローブの男は一人毒づいていた。
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