第8話 王様には特に会わなくてもいいかな



 

「こちらです」


 メイドさんに案内されたのは、やはり石壁造りの建物の一室。


 メイドさんのノックからしばらくして木製の扉が開く。中からは仄かな明かりが漏れる。やっぱり蝋燭とかかな?


「何です? フランではありませんか。こんな時間に何の……」


 おお、メイド長さん登場。同じようなメイド服だが、威厳は隠せない。年の功か。ゲフン、ゲフン。脳内で咽てしまった。器用な私。睨んでくるメイド長さんも結構な直感スキル持ちだよね。第一村人? のメイドさんより年上に違いなさそうだけど、オッサンよりはずっと若いからOK、OK。


「これはメイド長殿。夜分遅くに失礼。初めてお目にかかるが、この薄暗さの中でも気品は隠せないようですな」


「ど、どちら様でしょうか?」


 貴族っぽいロープレ継続中。王宮とかのメイドは信用のある貴族の縁者ってのがパターンだから、それなりに対応したらメイド長さんの険が取れた感じになったよ。ありがとう、テンプレ。


「これは失礼。私は反村武士。こちらではタケシ・ハンムラになるのでしょうか。外国から来たばかりでこちらの習慣はまだよくわからないのです」


「外国の……黒目・黒髪は確かに珍しいですが……見たことのない衣装も……フラン? どういうことです? 私は何も聞いておりませんよ」


 このメイドさん二人の容姿は白い肌に金髪という西洋人風だ。あくまでも『風』であり、顔は間違いなく日本のアニメ顔といっていい。オタク、こだわるなあ。これなら私も平たい顔族とか言われないだろう。正直、バリバリの西洋人って日本人男子の好みじゃないしな。


「い、いえ、国王陛下のお客様ということでしたので……」


「ですから、私は何も聞いておりません!」


「うひゃい!」


 ああ、メイドさん(若)に悪いことしちゃったかな? 聞いてないって、そりゃそうだよ。私も詳しく話を聞く前に突き落とされたんだから。

 まあ、ケータイでアカシックさんに聞けるんだろうけど、積極的に教えようとしない様子で聞かないほうがいいと判断したわけだ。

 何も知らない異世界っていうのも醍醐味の一つだし、下手に未来の予言とか聞くと逆に成就しないって大学時代社会学の講義で習ったからね。知らぬが仏だよ。


「まあまあ。メイド長殿。こちら、フラン殿? でしたか? 彼女に非はありませんよ。私がお願いしてこちらに連れて来てもらったのですから」


「そ、そうですか。ですが、あなた様の来訪を耳にしていないのも事実です。警備の者を呼ばせていただきますが……」


 そう言ったメイド長は少し身構えたようだった。

 だが、警戒するのもわかるし、穏便に事前通告があっただけマシだ。想定の範囲内である。

 余裕のあるところを見せねば。


「構いませんとも。こちらからお願いしたいくらいです」


「わかりました。フラン?」


「は、はい!」


 メイドさん(若)は指示に従って走り出そうとした。

 だが、私は敢えて呼び止める。さらに余裕のあるところを見せるためだ。


「ああ、フラン殿。すまないが、ついでに何か食事を頼めないか? 簡単なもので構わない。パンと……ワインでもあれば」


 再度振り返ったメイドさんはアイコンタクトでメイド長に確認を取ったようだ。

 メイド長さんが無言でうなずくと、わかりましたと簡潔に答えてメイドさんも再び出かけていった。


「では、メイド長殿。彼らが来るまでで構わないので、少しお話をさせていただけないかな?」


 ドアの前で二人立ちっぱなしの状態。

 私は彼女らを見習って、アイコンタクトで部屋の中に入れろ、と念じる。


「し、仕方ありません。狭いですが、どうぞ……」


 ラッキー! メイド長さんのお部屋拝見!

 中は確かに狭かった。四畳半くらい? 小さなテーブル一つと椅子が二脚だけ。ベッドは? ああ、さらに奥にドアがある。あそこが寝室かな? 入り込む口実が見つからない。無念。


 それはともかく、私は奥側の椅子を勧められた。

 メイド長さんは開きっぱなしのドア側の椅子に座る。

 うん。警戒されてるね。当然だ。


 軽く自己紹介。

 このメイド長さん。やっぱり貴族のお嬢さんだって。子爵令嬢って、どの程度? まだ把握できん。

 名前はティファさん。苗字の方は長くて覚えられなかった。きっとアカシックさんが知っているはず。


 さて、掴みはこれくらいにして、なるべく短時間で聞けるだけ聞いておかなきゃ。少しでも王族とかとの交渉で不利にならないように。

 いくらアカシックさんに伝手ができたからって、腹黒王女に奴隷にされたんじゃたまらない。


「ところでメイド長殿。中庭の奥の回廊に地下室の入り口があるのをご存知ですか?」


「?……はい。存じておりますが、何か?」


「その地下室の用途についてはどうですか?」


「用途? それが一体……まさか」


 あ、気がついたみたい。ということは、特に秘密の儀式って訳じゃないのかな?


「できればハッキリとお答えいただけるとありがたい。直近で、そうですね、今日の昼ごろ、何か特別な儀式はありませんでしたか?」


 私は、この異世界と日本、真っ白空間の時間がシンクロしていると漠然と感じていた。


「しょ、召喚の儀式と聞いております……あ、あなた様はもしかして勇……」


「ティファ殿! ご無事か!」


 ハイ。テンプレ通り邪魔が入りました。

 いや、結構前から、バタバタ、じゃない、ガチャガチャ音がしてたからね。鎧を着込んだ騎士? が入って来るのはわかってたよ。隠密性にかけるね。防犯意識が足りないんじゃない? この国。


 私は、剣を構えた数人の騎士達に囲まれそうでした。あのフランとかいうメイド、どういう伝え方したんだ? まるっきり凶悪犯扱いじゃないか。股間がヒュンとなりそうだよ。


 だが、しかし。


「お待ちください! ガブリエル殿!」


 メイド長さんがかばってくれた。わーい、私の自己紹介がギリギリ間に合ったって感じ?


 それからメイド長さんは突入しようとしていた騎士たちを廊下に連れ出してくれた。

 何か小声で説明している様子。

 少しでも納得してくれるといいんだが。


「お騒がせいたしました。では、今から国王陛下にご報告いたしたいのですが……」


 騎士さんたちを廊下に残したままメイド長が戻ってくる。

 私は少しばかり思案した。


「当然の処置です。ですが、もし謁見が叶うなら今晩はもう遅いですから見合わせておきましょう。明日ということにできますか?」


「……わかりました。お気遣い感謝いたします。それでは私はしばらく席を外しますが、お部屋をご用意いたしましょうか?」


「いえ。お手数をかけるのは忍びないので、ここで待たせていただいてもよろしいでしょうか。ああ、ご安心を。女性の部屋で夜を明かそうなどとは申しません。適当な空き部屋を見繕っていただければ。何ならあの地下室でも構いませんよ」


「……わかりました。できるだけご要望に答えることができるよう善処いたします。フラン!」


「ひゃい!」


 騎士たちの後ろからメイドさん(若)が顔を覗かせる。


「私が戻るまでここに居なさい。わかりましたね!」


「はい……わかりました……」


 うわー、嫌がってるよ。残業乙。

 そうして、メイド長は一人騎士を連れて報告とやらに出て行ってしまった。


 残されたのは、部屋の中に私とメイドさん(若)。それに部屋の外に数人の騎士たち。何か覗いてるよ。


 私は、一応仕事を全うしたメイドさんが持ってきた食料をいただくことに。

 ほんとにパンとワインだけ。うん。注文通りだし、時間もなかったから気が利かないなあ、とか思ってないよ。


 テンプレ通りの固いパンをワインで流し込むように食べる。う~ん、たぶん使用人が食べるランクじゃないかな。おいしいのが食べたかったら成り上がるか知識チートしろってことかな?

 メイドさんは、する必要のない給仕よろしく私の横に立っていた。


 食べながら色々話を聞かせてもらった。

 後でメイド長にも聞くけど、まさか一晩中は無理だ。

 限られた時間、有効に使わないと。


 時間といえば、この世界、もうすぐ夏なんだって。

 オッサンが屋上から転落したのは9月下旬のこと。召喚の時間がシンクロしてたから季節も同じかなと思ったけど、そっちは偶然だったのかな?


 あ、詳しい暦も聞いた。一年が360日、12ヶ月あって、一ヶ月30日。まあ、テンプレだが、天体軌道はどうなっているんだろう、とも思わなくない。

 面倒なのは月の名前、そりゃ確かに地球でも欧米系は数字じゃなかったげど、異世界転移翻訳でも直訳した感じになってる。例えば新年は冬の中月から始まる。多分、冬至を意識してるのは同じなのかな。んな感じで、冬の下月、春の上月、春の中月……という風に四季を上中下で分けている。


 ちなみに今日は夏の上月24日だ。6月ということになるのかな? オッサン的には、石造りの建物だからかわからないが、数時間? 前までいた日本よりもよほど涼しい気がする。

 北半球で緯度が高いのかな? いやいや、ここは異世界だった。安易な予想は無意味。地球温暖化が起こっていないと考えた方が無難。

 そういえば『月』に関して以前から気になってたことがあった。まあラノベの話だけど、地球の場合、衛星が一個で満ち欠けしてその周期が29日から30日だから古代の地球人はお月様をカレンダー代わりにしたって聞いた。じゃあ異世界はどうなんだよと。衛星が二個も三個もあったり、満ち欠けが一切なかったり、そもそも衛星がなかったりといろんなバージョンがあった。それでも一ヶ月が30日の場合が多数を占めてた気がする。

 うん、これ以上は掘り下げんとこ。きっと過去の勇者が、とか、神様が、とかいろいろあるんだろう。


 味気ない夕食も食べ終わり、聞きたいこと、メイドさんに答えられる程度の話も終わった頃、メイド長さんは帰還した。

 どうやら謁見は明日に決まったようだ。うむ、予定通り。


 その後、もうしばらくメイド長さんにも質問したが、仕事の終了を告げられていないメイドさん(若)が眠そうにしていたので今日はここでお休みタイムとなる。


 近くの空き部屋を与えられ、私は就寝することに。

 いやー。異世界初のお泊りだよ。ドキドキワクワクが止まらないよ。眠れるかなあ?


 ハイ。結局眠れなくて、夜更けまでアカシックさんとシュレとで長電話してしまいましたとさ。

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