第5話 プロローグ5 ORZに始まりORZに終わる
「悔しいのじゃあ~、屈辱なのだ~、もうお嫁にいけないの~なの~」
幼女がorzで泣いている。さらに支離滅裂になっている、語尾が。尻だけに。ぷぷっ。
え? おもしろくない?
うん。勢いで言ってみただけです。教室では怖くてこういうこと言えなかった反動かな~。
言いたいことを言って私はスッキリ。もう賢者タイムです。
個人的には勝ちだと思ってはいるのだが……大の字に寝そべるオッサンの横でorzの幼女の姿なんて……
絵面がヤヴァイ。
これ、○部警察が殺到するレベルだよ。一面記事だよ。ネット晒し祭りだよ。
だが、幼女よ。貴様は一つ大きなミスをしている。
それは、ここが真っ白の精神と時の部屋? だからだ!
ここに私を連れ込んだのはマズかったな。
如何に私を陥れようとしても、通報する人間など存在しない! 私にとって極めて安全な空間である。
なら最初から警戒するなって?
うむ。実に恐ろしい。現代社会が植えつけたトラウマというものは。
ウソです。言ってみたかっただけで、幼女にトラウマなんかありません。
で、思い出した。
「おい、なんちゃって幼女。そろそろ説明してくれ。何故俺をここに連れてきた。というか、元の場所に返してくれ。流石に無断欠勤はマズイ。あの生徒も心配だしな」
「(ズズーッ)い、今更何を言っておる。(ズズーッ)これだから日本人は……」
「鼻水啜って偉そうにすんじゃねえ。敗者は勝者の言うことを聞くのが筋だろう。とりあえず顔にモザイクかけとけ」
私の言葉に反応して顔を上げた幼女女神(仮)だが、心だけでなく顔面までボロボロであった。最初が目を見張るような美少女顔だったので今は見るに忍びない。
「う、うるさい! ま、全く、これだから日本人の男は……(び、美少女……)」
余程鼻水だらけの顔が恥ずかしかったのだろう、真っ赤になってどこからか取り出した白押しのタオルで顔をぬぐっている。
え? アカシックさん、何ですか? 鈍感キャラ? 難聴スキルですか?
はっはっは。
知ってますよ、そういうネタ。
でも、私は勇者じゃないんですよ。教師なんです。女子供の思考など読み放題ですよ。
は? 才能アリ?
「こ、こら! マ……母上と勝手に話をするなと言っておじゃるだろう!」
チッ、折角アカシックさんとアカデミックな話題で盛り上がっていたのに水を差されてしまった。
今回の『おじゃる』は噛んだだけだろうな。またママって言いそうになってたし。
まあ、見逃してやろう。私は寛容な勝者なのだから。
実際、これ以上話が脱線するのも時間的にマズイしな。
「くうっ……屈辱……」
「で、だ。早いとこ俺を戻してくれ」
「……それはできぬな」
「何! どういうことだ? お前、神なんだろ? それともやっぱり『なんちゃって』だったのか?」
「違うわ! 先ほど告げたとおり、ワシは管理神。大宇宙、すべての次元を司る――」
そういや、自己紹介でそんな説明してたっけか。
だが、肩書きなどどうでもよい。
「そんなに偉いんなら、問題はないだろ?」
「そうではない。確かに、ここにお主を呼び寄せたのはわらわじゃが、そもそも異世界転移の呼び出しをしたのはアタイじゃないノン」
今度は一人称がブレブレだ。これも安定感というのか。
それよりも聞き捨てならないことを言われた気がする。
しかも、このパターンのラノベ、読んだこともある。
「おいおい、どういうこった?」
「簡単じゃ。とある異世界で召喚魔法が使われ、それにお主が引っかかったというわけだな」
「ええーっ! そんなこと聞いてないぞ。だったら、何故俺は今ここにいる?」
「召喚途中の状態だったお主を一時的に取り込んだだけだ。この空間から出たとたん、元の次元流に戻るからな。異世界側に流れるだけで日本には戻れんぞですわ」
うん。そのパターンの小説も読んだことがある。途中で別任務を頼まれるヤツだ。
「そこを何とか。管理神サマのお力で……」
「調子のいいヤツじゃ。仮にも神に向かって偉そうにしとったくせに」
「そうは言っても、こっちもハイそうですかと納得するわけにはいかないんだよ。なあ、何とかしてくれよ。できるんだろ?」
「できんことはない。じゃが、断る!」
出たよ! こいつも相当毒されてるんじゃないのか?
「う、うるさい! 誰が日本人の世話など焼いてやるものか!」
「え? 日本人嫌い? 何で? 俺、とばっちり?」
「お主! ワシの話を聞いてなかったのか!」
そういえば自己紹介のときに大分愚痴ってた気がする。
二十年の社会経験のおかげで獲得したスルースキルが機能したらしく、私は全く聞いていなかったらしい。だって他人の愚痴なんて聞いてる振りだけすれば大抵何とかなるもんだよね。
だが、こいつのストレスはかなりのものらしく、私との勝負? の結果も不満のようで、また愚痴を聞かされることとなった。
(管理神サマの愚痴が続きます。しばらくお待ちください)
「――というわけなのじゃ! わかったか!」
「ハイハイ。わかりました」
何という長い愚痴だ。愚痴だけに全く説明的ではない。本人? 本神? は愚痴のつもりじゃないんだろうな。
私は今度は誠実に耳を傾けた。特にアカシックさんの方にね。
アカシックさんの、ほぼ同時通訳のおかげで状況がかなり掴めた。文系なんで概要だけだが。
一般人が聞いていいのかという内容である。
逆に凄すぎて信じられないというレベルなのであるが。
一番信じられないのは、目の前でストレス発散したての満足気味の幼女が、実はアカシックレコード本人? であるということだ。
私、聞いてて目と耳を疑ったよ。
管理神て、偉そうなことを言ってても、管理人さんくらいの掃いて捨てるレベルの下っ端神サマだと思ってたんだから。
あ、こいつが神様だというのは、もう信じてた。校舎から転落したことが事実なら、今の状況も夢ではないだろうな、と考える柔軟さぐらいはもっているつもりだからな。
それはともかく、こいつ、アカシックレコードそのものということで、他にも、宇宙の意思、全知全能の神などとも呼ばれているらしい。
ホント壮大すぎる。
まあ、私には関係ないことだから構わないけどな。
で、私に関係ある部分だが、アカシックさんによると、世界あるいは異次元というものは結構ポンポン生まれてくるらしい。
私も聞いたことのある『地球五分前誕生説』はある意味正しいらしい。
何でも、人間の想像力、妄想と言い換えてもいいが、それはかなりの影響力があり、一定以上の人間が共有するイメージが新たな世界を生み出すのだそうだ。
平行世界、多重世界なんていうのも同じらしい。大抵は差が小さいので同じような世界に同化・吸収されるとのことだが。
その想像力の影響が最近強まったらしい。
無限ともいえる時間の中では直近レベルなのだろうが、地球時間で二、三十年前から異世界、特にラノベに出てくるような異世界が急増したとのことである。
オタクどもの妄想の影響はそれだけに止まらず、なんとアカシックレコードに干渉する勢いだったのだ。
宇宙の意思と呼ばれるが、実際はプログラムのようなもので、人間的思考を持っているわけではないのだ。そこに妄想が干渉し、バグが発生したといってもいいとアカシックさんは説明してくれた。うん。わかりやすい。本当にこの幼女と同一存在なのか疑わしい。
で、そのバグのせいで人間的思考を持つようになったアカシックレコード。
これは危険だと、一部を分離させた。
それが目の前の幼女なのである。精神思考なんとかのインターフェースってヤツ? 無表情キャラじゃないけど。
なるほど。
アカシックさんを『ママ』と呼ぶ心理がわかった。
そして、神様にしては幼い言動も納得だ。
異世界物のラノベ自体はかなり昔から存在する。どこぞの宗教の聖書や古事記、日本書紀なんぞある意味ファンタジーだ。
だが、ネット小説でバラ撒かれだしたのは私の感覚でも最近といっていいと思う。イメージの共有という点では、オンライン小説、ケータイ小説の隆盛はここ二十年だ。三十年はいかないだろう。
つまり、
「やっぱガキじゃねえか!」
「な、何じゃ、いきなり、なの!」
つい声が出てしまったが、こいつの一人称や語尾が一貫していない理由もわかった。
「なるほど。日本人のイメージが影響して、語尾にも現れるということか」
「そう何度も説明したピョン! いくら修正してもすぐ別のが出てくるだっちゃ!」
「いやいや、『だっちゃ』はマズイだろう。重点的にバグ修正してくれたまへ」
「わ、わかったっちゃ」
くっ……お、オレの黒歴史が……がんばってバグ取りしてくれ。
そんなわけで、この幼女は日夜バグ取りという永遠に終わらない草むしりを続けているわけだが、その原因となった日本人を恨んでいる。
逆恨みだよ!
異世界が生まれる度、結構な頻度で異世界召喚が行われるらしい。初耳だ。日本では事実をネットに流そうがネタとして扱われているのだろう。私も今の今までそう思ってきたからな!
で、こいつ、日本人が召喚される度にここに一時拉致してきて八つ当たりをしていたそうだ。うわー。タチわりー。
で、今回が私の番。
さて、驚いているばかりではいられない。
円満に、この真っ白空間から抜け出し、尚且つ、異世界に行かなくてすむ方法を考えねば。
すべては目の前の残念幼女の一存にかかっている。
だが、ガキとわかれば、いや、最初からそうとしか思ってなかったが、私の教師二十年の経験を持って懐柔してくれるわ!
ふっふっふ。
「いや、だから、聞こえておるからの?」
ぐおーっ! そんな罠が! アカシックさんとの会話で慣れすぎてしまった!
「日本人の世話など真っ平じゃが、お主は戻らん方がいいと思うぞよ」
崩れ落ちる私をジト目で見つめながら幼女は話を続けた。
「な、何で?」
「今戻しても、引き続き落下状態になる。それでもよいか? そうするか」
「いやいやいやいや。神サマとしてそれはマズイだろう! 落ちる直前に戻してくれよ」
「しても意味がない」
「何で?」
「過去を修正しても別の世界が生まれるだけでな。人の生き死には結構大事だ。新たな世界が定着してしまう。管理が面倒じゃ」
うん。さりげなく本音が出たようだが、納得の理由だ。
「それにな、お主が助けた気になっとる娘も、今更お主が出て行っても迷惑すると思うだわさ」
「ハ? 迷惑? あっ! それよりあの生徒無事か? まさか……」
「やはり気付きもせんか。あの娘は自殺なんぞ図っとりゃせん。お主の勘違いでありんす」
「は? 勘違い? 何を?」
私は幼女の語尾に突っ込む余裕もなく聞き返す。
「ほれ、これを見るがよい」
幼女神が手を翳すと私の目の前に画像が浮かぶ。スゲー。異世界に行く前に魔法が見れた。神サマだから神法とか?
空中画像はうちの中学の屋上だった。すぐにわかったのは私と自殺しようとしてた女子生徒が映っていたからだ。転落直前の画像らしい。
「これが?」
「よく見るといいワン」
「……え? 何これ?」
落ちそうになった女子生徒の腰辺りをズームアップで見せられたが、何か付いてる? ロープ? ワイヤー? あれ? もしかして……命綱ってやつじゃない?
「そのとおりじゃな」
幼女にハッキリと断言された私は、先ほどの幼女の焼き直しかのようにorzになってしまった。
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