背の低い彼女は僕の顔に近づきたい
御厨カイト
背の低い彼女は僕の顔に近づきたい
カリカリカリカリ
暖房のよく効いたこの部屋ではペンの走らせる音が良く響く。
今日は彼女の凛の家で勉強会。
部屋の真ん中に置かれた机の向かいにはテキストとにらめっこしている凛が座っている。
そんなこんなで勉強し始めてもう2時間以上。
流石に集中力が切れてきた。
そう思って、顔を上げると丁度集中力が切れた様子でこちらを見ている凛と目が合った。
「調子はどう?」
「うーん、まぁ、苦手な物理とかの問題は何とか解けるようになってきたかな。」
「ほんと?それは良かったね。」
「うん。でも流石に集中力が切れてきたかな。」
「そうだね。じゃあ、ちょっと休憩しよっか。そっち行って良い?」
「え、うんいいけど。」
僕がそう言うと凛は俺の横にやってくる。
「ちょっと、足の間開けて?」
「うん?分かった。」
僕は真っすぐに閉じていた足を少し開く。
すると凛はするりとその足と足の間に座り込む。
そして、こちらに振り返り、「えへへ」と少し恥ずかしそうに笑った。
うん、可愛いな。
まるでマスコットのようにちょこんと座る彼女の様子を見て俺は率直にそう思う。
背が低いというのもあって、なんだか守ってあげたくなるような庇護欲に駆られるのだ。
そんなことを考えながら、俺は後ろから凛のことをバッグハグするかのように腕で包み込む。
そして、少し顔が赤くなっている彼女の唇に自分の唇を……
むぎゅっ
「えっ?」
何故か凛の手が僕の口を塞いでいる。
それに、塞いだ当の本人は何故か少し不機嫌そうだ。
「君、今私にキスしようとしたね?」
「え、うん、ダメだったかな。」
「ダ、ダメじゃないんだけど、いつも君からしてくるからたまには私からもしたいなって……」
か、可愛いな。
少し桃色で染まった顔で言うからより一層可愛い。
「だからさ、今日は君からしてくるのは禁止!」
「は、はぁ、なるほど?」
「何、不満でもあるの?」
「いや別にないけどさ。その、凛から俺にキスするのって無理じゃない?」
「なんでよ?」
「いや、身長差が結構あるからさ。」
「うぐっ、まぁ、そうだけど……。それでも今日は私からキスして見せるんだから!」
「……」
「何、その疑いの目は。もういいからほら立って!」
そうして僕と凛は向かい合わせに立つ。
何と言うか、あまりにもシュールだな。
そんなことを考えながら、僕は少しひざを曲げて、彼女の顔に近づく。
「ストップ!」
また止められた。
「なんで君はせっかく立ったのにしゃがもうとしているのかな?」
「え、だって届かないと思ったから。」
「むぅ、君がそんなことしなくてもキスの一つ二つくらいできるよ!」
「ホントに?」
「ホントよ、ホント。何だったら賭けでもしましょうか。」
「賭け?」
「ええ、ルールは簡単よ。私から君にキスが出来たら、君は私の願い事を1つ叶える。どう?」
「……それ、僕のメリットは?」
「えっ?こんな可愛い彼女とイチャイチャできるのよ。十分でしょ?ほら早速やるわよ!」
そんな強引に始まった彼女のキスチャレンジ。
と言っても本当に身長差が結構あるから届かない気がするんだけどな……
「……そ、それじゃあ、い、いくよ……」
凛はそう言って、僕の顔に頑張って唇を近づけてくる。
が、やはり届かない。
背伸びもしているみたいだけど、届いてない。
それでも凛は諦めないようで、うーうーと少し呻きながら一生懸命首と足首を伸ばす。
といっても足がプルプルしてきて、限界が近くなってきたようだ。
「ほら、やっぱり無理だって。もう諦めようよ。」
「いやいや、出来るから。」
「うーん、でも届いてないよ?」
「ムムム……、何か台みたいなやつ無いかな。」
諦める様子は無いようです。
「うーん……、この布団がベットだったらよかったのに。」
「そ、そこまでして、キスがしたいの?」
「まぁ、そりゃあ……ね。それにお願い事もあるし……」
……すっかり忘れていた。
「……あんまり台で使えそうなのは無いね。」
「私が地べたに座って過ごすのが好きだからね。椅子とかも無いからなー。どうしよう……、あっ!」
「うん?」
凛は閃いたかのような顔であるものを持ってくる。
「これを使えばいいんじゃない?」
「これは……、座椅子?」
「うん。これに乗って背伸びしたら届くかも。」
そう言って、凛は座椅子に乗って、僕の方に向き合う。
「それじゃあ、本番行きます!」
そうして、またしても凛は僕の顔の方に唇を近づけてくる。
……それでも、やっぱりギリギリ届かない。
座椅子の上に立って、背伸びをしても届かないようです。
凛はぐぬぬと呻きながら、一生懸命頑張るけど、その努力は意味が無さそうです。
ここまでくると可哀そうに思えてくる。
凛ももう届かないことを悟ったのか、諦めて座椅子から降りて、僕と向き合う。
「むー、無理だった。」
「それでまだ続けるの?」
「いや、今日はもう諦める。ほかに使えそうな台とかもないしね。でも、悔しいな。」
「そ、そんなに?」
「そりゃあ、心の底から悔しいよ。だから、いつか絶対に私からキスして見せるから覚えといてよ!」
「うん、楽しみにしてるね。………っともうこんな時間か。そろそろ帰らないとな。」
「あ、もうそんな時間か。悲しいなぁ………。でも仕方ないね。」
「そうだね。まぁ、また明日の朝、迎いに来るからさ。」
「分かった。待ってるね。それじゃあ今日はありがとう。また、明日。」
「うん、それじゃあ。」
そう言って俺は凛の部屋を出る。
そして、階段を少し降りたところで凛が声を掛けてくる。
「あ、ちょっと待って。君、忘れ物してる。」
「え、ホント?」
「うん、渡すからほら、こっち向いて。」
その声につられて凛の方に振り返ると……
チュッ
「ほら、出来たでしょ?」
してやったりと満足げに笑う彼女の顔があった。
「……それはズルくない?」
「ズルじゃないやい。ちゃんとキスしてるからいいじゃん。」
「さいですか。」
「それに私からキスできたからあの賭けは私の勝ちね。」
あ、忘れてた。
そう言えばそんなのあったな。
「うーん、どんなお願い事を叶えてもらおうかな~。叶えて欲しい事はたくさんあるんだけど……。」
「うーん……」と凛は腕組みをして考える。
まったく、どんなお願い事を突き出してくるのだろうか。
僕がドキドキしながら、待っていると凛は思いついたかのようにニヤリと笑って、こちらを見る。
「で、お願い事は何ですか?」
「お願い事はね……」
凛はそう切って、僕の服の裾を掴む。
「……君と今度、デートがしたい。」
「デート?」
「うん!最近、勉強で忙しくて一緒にお出かけとか出来なかったからさ。だからテストが終わった後の今度の土曜、デートに行かない?」
「そんなんでいいのなら、全然良いよ。」
「ホント!良かった。……よし、これを楽しみに今度のテスト頑張る!」
「僕もそうするよ。」
僕がそう言うと凛は「うふふ」と優しく微笑んだ。
「……それじゃあ、今度こそ帰るね。」
「あ、待って……」
「えっ?」
驚きも束の間、凛は自分の唇を俺の唇に優しく重ねた。
「それじゃあ、また明日ね。」
そして、彼女はまたしても「えへへ」と桃色に染まった頬を上げながら、優しく微笑むのだった。
背の低い彼女は僕の顔に近づきたい 御厨カイト @mikuriya777
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