31
「ほんっと、油断も隙もないんだから、シュウは」
真璃が溜息交じりに柊の薄情を責める脇では、由璃が、コーヒーを三つ、と注文をしている。なにを飲むか訊かれもしない、というのはどういうことか、と柊は頭の片隅で抗議する。
時代に取り残されたようなレトロな雰囲気の漂う喫茶店は、間違ってもカフェなどとは呼べぬ野暮ったい店構えであるうえ、いまどき珍しいことに店内での煙草を禁じていなかった。こんな場合でなかったら、やれありがたやとライターを取り出すところだが、いまはとても紫煙に浸るような気分にはなれない。吸ってもいいよ、と差し出された灰皿を受け取りはしたものの、陶器のそれは柊の前で白い輝きを放つばかりである。
「自分が頼みごとしたくせに、おれたちを置いて帰ろうとするとか、……ないわ」
マジでないわあ、と真璃は正面からひどくきつい眼差しを向けてくる。柊の隣に座った由璃は視線こそ手元に落としているものの、纏う気配がひどく剣呑である。角に追いやられた獲物は身を小さくし、すっかり俯いて、ふたりの怒りが静まるのをただ待っているようなありさまだった。
「ごめん」
「ごめんですんだら警察いらないよ」
真璃の言葉に、小学生かおまえは、と柊は思ったが、口にはしない。とても茶化せるような雰囲気ではないし、柊が口を開いたことに反応した由璃が、悪いと思ってるならわかってるよな、と肝の冷えるようなことを云ったからだ。
「今日はこのへんにしておいてやる」
由璃はきっぱりと云い、不満げな片割れを黙らせた。
「迷惑料も詫び料もご褒美も、全部まとめて払ってもらうから、シュウは好きなようにすればいい」
逃げさえしなければな、と由璃は片割れを見やった。なんだそれは意味がわからない、と混乱をきたす柊をよそに、彼の視線の意味に気づいたらしい真璃は仏頂面をやめ、そうか、そうだよね、と頷いている。
「利息とか延滞金とか罰金とかで、大変なことになりそうだね、シュウ」
ね、と微笑みながら同意を求められても、とても頷く気にはなれない。
「で、頼まれていたことだがな、シュウ」
由璃は、予想どおりだったな、と裏返しにしたコピー用紙を一枚、柊に向かって滑らせて寄越した。柊は用紙を表に返し、すぐに元に戻す。昼下がりの長閑な喫茶店で眺めるには、あまりにもふさわしくない写真が並んでいたからだ。
「松島の執刀時における縫合糸の色はすべて黒だった。これは教室でまとめて購入しているもので、別におかしなことじゃない」
「瀬尾の記録でも一緒だったよ。たった一件、拓植の遺体を除いてはね」
店内にほかの客の姿はなくとも、静かな店だ。こんな話をするのにはふさわしくないだろう、と顔を顰める柊をよそに、双子は淡々と話し続ける。
「シュウが気づいたように、拓植の遺体ではごく目立たない色の縫合糸が使われていた」
静かではあるが、別段潜められているわけでもない声が気になる。柊は、ねえ、と口を挟んだ。
「こういうところでその話はまずいんじゃないの?」
大丈夫、と真璃が笑った。
「マスターは理解のある人だよ」
「最近見つけたばかりだけど、よく通ってるからな」
そう、と柊は元の姿勢に戻った。覚悟を決めたように、さきほどのコピー用紙を表へ返し、印刷された写真たちへと目を走らせた。
老若男女、物云わぬ身となった者たちの姿がずらりと並ぶ。みな同じように正中に切開痕が残る、解剖された者たちの記録写真である。彼らの身に起きた悲劇を静かに語る糸の色は黒。あとは荼毘に付されるばかりとなった者たちに対し、切開のあとを目立たないようにするという配慮がなされることはなかったようだ。
「拓植の写真をあらためて見てみた。いままでまったく気づかなかったのがおかしいくらいなんだけど、糸はごく目立たない色が使われていた。縫い方も違う」
「松島の手技では、もっとも手間のかからない方法が使われている。強度に問題はあるが、遺体は動かないし、なにより時間が節約できる。でも、拓植の写真を見てみろ」
由璃が差し出したのは薔子の遺体の写真である。柊は唇を噛みしめながら視線を移した。
「違いがわかるか?」
うん、と柊はひとつ頷く。
「この方法だとね」
真璃が柊の手から、もう見なくてもいいよ、とばかりに写真を取り上げた。
「張力が分散して、皮膚への負担が少ないんだ。縫いあとも目立ちにくい」
「だが、手間がかかる」
「生身の人間にする手術なら、こっちが普通だね。でも、うちの教室では使わない手技だよ。少なくとも束原さんは、使わなくていい、と考えるタイプの法医学者だよね」
つまり、どういうことか――。
柊は頭のなかで考えをまとめる。
帝都大学束原教室では、解剖時の縫合には黒色の縫合糸を用いることが通常だった。使われる手技も効率を重視したもので、遺体の美観に対し特別の配慮がなされることはなかった。遺族に返されたあとは燃やされるだけだからだ。
束原の下で准教授を務めていた松島は、教授のやり方に疑問を抱くことはなかったのだろう。彼の執刀による解剖では、束原と同じやり方で縫合が行われていた。
そこで、薔子の遺体である。
記録写真によれば、薔子の遺体の切開痕はごくごく目立たないように縫合されている。肌に馴染む色の糸が使われ、手技も複雑である。
もし仮に、薔子の遺体を解剖したのが松島と秋山であったとしたら、縫合にこのような配慮をすることがあっただろうか。
答えは否だわ、と柊は思った。顔を合わせて話をしたのは一度きりと云ってもいい相手だが、そこは断言できる。自身にとって知らない相手ではない遺体であっても、彼らが日ごろの習慣を変えるとは思えない。解剖医としての合理性を優先し、縫合方法を変更することはありえない。
だが、執刀したのが瀬尾であったとしたらどうだろう。
薔子は瀬尾の恋人だ。自らの手で殺めたとはいえ、その遺体に目立つ傷を残すことを厭がったとしても不思議はない。
「先輩が薔子の遺体を解剖した、ということが証明されたってこと……」
「証明はされてない」
運ばれてきたコーヒーの香りを楽しんでいた由璃が、きっぱりと否定する。
「解剖をしたのが松島ではない可能性が高くなっただけだ」
「でも!」
「由璃の云うとおり。断定はできない。推測をぶつけて、瀬尾の自白を期待するしかないよね」
真璃がひょいと肩を竦めた。
「直前の備品購入履歴も合わせて見てきたけど、黒以外の糸の購入の記録は残ってなかった」
「じゃあ……!」
柊がさらに勢い込めば、由璃もまた肩を竦めた。
「断言はできないが、普通に考えれば、拓植の解剖時に使われた縫合糸は執刀者が持ち込んだものだ、という可能性が高くなる」
「やっぱり、薔子の解剖は先輩が……」
まあな、と由璃は諦めたように頷いた。
「そう考えるのが妥当だ」
「でも、だからどうって話なんだけどね」
真璃のひと言で柊は気づかされた。そうだ、これではぜんぜん意味がない。瀬尾が薔子の解剖をしたことが確かになった――正確には、確からしいという心証を得た――からといって、彼が恋人を殺めたことが証明されたわけではないのだ。
「だからさあ、おれたち考えてみたわけよ。どうして、瀬尾は自ら拓植の解剖を執刀したがったんだろうって」
「したがった、というよりは、しなければならなかった、のかもしれないが」
松島紀彦は優秀な法医学者だった、と由璃は云った。相性の合う合わないはあるだろうが、教室の面々に対してもおおむね親切で、面倒見も悪くなかった。やや神経質な束原教授とは反対の性質を持ち合わせていたせいか、上司である彼との関係も良好だった。
「一部には仲が悪いと思われてた仁科さんだって、彼自身が松島さんを悪く云っているのを聞いたことはない。内心はどうあれ、表向きはうまくいっていた。それは瀬尾も同じだったと思う」
「同じ?」
「松島さんは瀬尾にとっても、よき上司であり先輩だったってこと」
「だから、なに?」
珍しく察しが悪いね、と真璃が眉間に皺を寄せた。
「瀬尾には松島さんを陥れる理由がなかったって云ってんの。松島さんのすぐ下にいた仁科さんですら、プライベートをネタに彼を強請ろうとはしなかった。瀬尾だって同じだったと思うよ。でも、やつにはそうせざるをえない事情があった」
「なんとしても自らの手で、拓植の解剖を行わなくてはならない理由が」
「そんなの……」
柊は口ごもる。そんなの、わたしにわかるはずがないじゃない。先輩に直接訊いて確かめるしかないじゃない。
「もちろんそうだ。真実のところは瀬尾にしかわからない。けど、考えることくらいはできる」
「考える?」
ふたりはなにを考えたのだろう、と柊は思った。由璃と真璃には、柊にはない医学的、解剖学的な知識がある。彼らにしてみれば、瀬尾の動機は自明のものであるのかもしれない。
「秋山さんの言葉を全面的に信用するなら、松島さんと彼女は、拓植の遺体に直接触れることができなかった代わりに、記録した写真を隅々まで検分したんだったよね?」
真璃に問われるままに頷き、柊は先を促した。
「解剖は直接目で見て、手で触れることが原則だ。でも、記録写真をあとから見ることでも、その代わりとなることもある。松島さんもそうだけど、秋山さんだって世間的にみれば十分に優秀な学者だ。そんなふたりが、しかも自身の過ちを隠蔽するために必死になって写真を見たとすれば、そこに見落としがあることは考えにくい」
「つまり、記録に残されていることに大きな過ちはない、ということになる」
死因を偽るとか、死亡推定時刻をずらすとか、そういう小細工はできなかったってことだよ、と真璃は云う。
「記録写真では、たぶんシュウが思ってるよりも多くのことがわかるんだよ。皮膚表面とか臓器の色の変化は、いろんなことをたくさん教えてくれるから」
「そう……、なの?」
それならいったいなんのために瀬尾は、と柊はよりいっそう首をひねることになる。
「拓植薔子は絞死したことでほぼ間違いがないよ。皮膚に残されている圧迫痕や臓器の色なんかから、それくらいはおれたちにも見て取れる。松島さんたちの目を誤魔化すことはできなかったはずだよ」
「そもそも死因を偽ることに、犯人の、それをおれたちは瀬尾と推測しているわけだけど、メリットはほとんどないんだ」
別に特殊な殺し方ってわけでもないしな、と付け加えた由璃は、そうだろ、と柊に同意を求める。
自らの手で殺めた遺体を、自らの手で解剖する。ある意味、これほどのマッチポンプもないか、と柊は考えた。それこそ首に痕さえ残っていなければ、死因などいくらでも捏造できそうなものだ。
ならばなぜ、瀬尾は絞殺などという手段を取ったのだろう。痕を残すことなく薔子を殺害する方法はいくらでもあったはずなのに、いったい、なぜ――。
「そこだよね」
真璃が人差し指を立て、柊に向ける。
「そこ?」
瀬尾はなぜ、拓植を絞殺したのか、と彼はやや芝居がかった仕種で指を左右に振ってみせた。
「おれたちはこう考えた。それは、絞死なら誰の目にも死んでることが明らかだから、だってね」
「拓植の遺体を発見したのは誰だ?」
「ホテルの従業員」
ほかにもいたよね、と真璃が云い足す。
「防犯カメラの画像に映ってた、三人めの男……?」
やや自信なさそうに柊が答えれば、そうだ、と由璃が頷いた。
「そいつは部屋に入り、拓植の遺体を見つけ、すぐに飛び出してきた。画像には時間も記録されているはずだから、疑いの余地はない。警察もそう判断した」
名前も明らかになっていない三番目の男が、薔子の殺された部屋に入ってから飛び出してくるまでの時間は一分に満たない。呼ばれた部屋に入り、数歩進んだところでベッドの上の死体を見つけ、動転に任せて廊下へとまろび出る。首を絞めて殺害している時間はない。
ただ、その三人めの男はホテルにも警察にも、部屋に遺体がある事実を知らせなかった。実際の通報はそれからしばらくのち、ホテルの従業員らが薔子を発見した際に行われた。
「瀬尾は、拓植の遺体をできるだけ早く発見してもらいたかったんじゃないかな」
「なんのために……?」
「研究室の人手が少ないうちに、解剖を終えてしまうために」
「絞死なら、誰が見ても死んでるってわかるでしょ」
「中毒死だと、ぱっと見、眠ってるようにしか見えないこともある」
「でも、そしたら……」
そう、と双子は揃って柊を見据えた。妙な迫力に押され、柊はやや身を引いて続きを待つ。
「刺殺や撲殺だっていいじゃないかって、そうなるよね?」
生々しい言葉を肯定したくないという思いを堪え、柊はひとつだけ頷いた。
「そこがふたつめ」
真璃は立てていた指を一本増やし、その先を柊に向ける。どうやら彼は、自分たちが抱いた疑問をひとつずつ教えてくれているつもりであるらしい。
「瀬尾は流血を避けたかったんじゃないかと思うんだよね」
刺したり殴ったりすれば、血が出るかも知れない。殴打では必ずしも流血沙汰になるとは限らないが、殴り方がまずければどうなるかわからない。
「流血を?」
血を見たくなかったってこと、と柊は首を傾げた。世の中には血を見ることを苦手とする男は少なくない。だが、法医学者である瀬尾が、そんなことでは困るのではないだろうか。
「そういう意味じゃないよ、シュウ」
「血が流れるとまずい理由が、もっと別に、もっと具体的にあったってことだ」
「もっと、別に……」
そう、と由璃と真璃はまったく同じタイミングで頷いてみせる。柊は不意に緊張を覚え、じんわりと汗の滲む掌でニットの胸元を掴んだ。
「司法解剖は遺体に対して行うものだ。現場に残された血液や体液は、遺体とは別の証拠として扱われる。瀬尾はたぶん、拓植の体液を証拠として残したくなかった。だから、絞殺を選んだんだ」
「なんで、残したくなかったの?」
「思い出してみろ、シュウ」
由璃がそこにはないなにかを見透かそうとするかのように、ふと目を眇める。つられた柊も同じ表情になった。
「なにを?」
「拓植の遺体だ。頸部に圧迫痕がある以外、じつに綺麗なものだった。綺麗すぎるくらいにな」
思い出してみろ、と云われても、薔子の遺体の状況などじっくり見ることのできなかった柊だ。なんとなくそうだったかも、という程度にしか思い出せず、歯痒い思いをした。
「そ、それがどうかした?」
「絞死は苦しいものらしい。ことに人の手で首を絞められると、即死ということはまずなくて、意識が遠くなるまで少し時間がかかる。もちろんものすごく抵抗して暴れるし、通常であれば心理的限界が働くところを生存本能が凌駕して、いわゆる火事場の莫迦力ってやつを発揮することもある」
「防御創って言葉、聞いたことあるでしょ」
ある、と柊は短く答えた。
「刃物に素手で抵抗したり、鈍器で殴られそうになる頭を腕で庇ったり。首を絞められても、人間は同じことをする。爪が剥がれたり、首の肉が抉れたりすることも珍しくない」
「拓植の遺体には、防御創がほとんどなかった」
柊は大きく目を見開いた。そうだっただろうか。写真は見ているはずなのに、そんなことまったく思い出せない。
「首を絞められて、そんなことは普通ありえないよ。拓植は、殺されたとき眠っていたんだ。たぶん、とても深く」
「眠って?」
「索痕は生活反応を伴うものだったと記録されている。別の方法で殺されたあと首を絞められたわけではないと思う」
「首を絞められても目を覚まさないほど深く眠ることは、普通はできない。強い睡眠薬を使われたんだろう」
柊の脳裏をある光景が過ぎる。
広いベッドのうえ、艶めかしく絡みあうふたり。喉が渇いたと訴える女に、男が水の入ったボトルを差し出す。親切にキャップをねじ切られたうえで手渡されたそれを、女はなんの疑いもなく口に運ぶ。澄んだ水に溶け込んだ、強い殺意に気づくこともなく――。
「もちろんごく浅い擦過傷は残っていた。眠らされていても、拓植の本能は生きるために必死になってもがいたんだと思う」
柊はきつく唇を噛みしめる。なんということ――。
怒りのあまり、目の縁が赤く染まるのが自分でもわかった。
「それだけ強い薬なら、血液や胃液から薬物反応が出ないとおかしい。現場に血液を残せば、自分のコントロールの及ばない警察の科学捜査班へ証拠を渡すことになる。瀬尾はそれをおそれた。だから、殺害方法に絞殺を選んだんだ」
「でも、解剖にだって血清検査はあるんじゃないの?」
あるよ、と由璃は答えた。
「それがみっつめだよ」
親指、人差し指、中指を立てた真璃は、由鬱そうな溜息をついた。
「みっつめ?」
「瀬尾が、なんとしても拓植の解剖を自らの手で行わなければならなかった、直接的な理由」
まさか、と柊は身体じゅうの力が抜けていくような感覚に陥った。
「そのまさかだよ。瀬尾は血清検査に出す血液をすり替えたんだ」
「……誰のものと?」
そんなことできるわけがない、という意を込めた問いは、静かに首を横に振る双子によって簡単に否定された。
「おそらくは、研究室で保管してたサンプルと」
「そんなこと……」
「できたと思う。その可能性は十分にあった。オンコールで呼び出された松島さんたちが、瀬尾に連絡を取ろうとしても繋がらなかったんだろう。保管庫は電波状態がとても悪いんだ。電話に出られなくても不思議はない」
厭だ、違う、と柊はまるで幼いこどものようにふたつの言葉を繰り返した。だが自分でもなにを否定したいのか、なにを拒絶したいのか、よくわからない。双子が押しつけてくる推理がただただ気に入らないことだけがはっきりしていた。
「でも、先輩には……」
なかばしゃくりあげながら柊は問う。瀬尾の罪を暴くのだと意気込んでおきながら、いざ真実が明らかになりそうになるとこの為体か、と自分を罵る声がかすかに聞こえたような気がするが、言葉を止めることはできなかった。
「先輩にはアリバイがある。あれは、あれはいったいどう説明するのよっ!」
荒れ狂う感情に任せて乱れる呼吸を治めることのできない柊を前に、由璃と真璃は顔を見合わせ、ごく短い溜息をついた。はっきりとした不愉快を滲ませるふたりの気配に、柊が小さく身体を震わせる。
「アリバイね」
「仁科さんが云ってたやつか」
「あんなの、いくらでもどうとでもなる。瀬尾がわざと古いデータを仁科さんに持たせたかもしれないし、そうでなくとも、作業をする時間がまったくなかったわけじゃない」
柊は声もなく目を剥いた。
「瀬尾は拓植を殺したラブホに、PCを持ち込んで作業した。必然か偶然かはわからないが、仁科さんが好んで使うソフトに作業履歴が残ることを逆手に取ったんだろう。これがアリバイの真相だ」
最初から順序立てて説明しようか、と真璃が薄く笑った。
「シュウ、だいぶ混乱してるみたいだしね」
事件当日、瀬尾は薔子とデートの約束をしていた。殺害現場となったラブホテルはふたりが逢瀬の最後によく訪れていた場所であり、その日も同じ流れとなった。濃密な時間のなかばで、瀬尾は薔子に睡眠薬を飲ませる。ほどなく眠り込んだ彼女を置いて、瀬尾はフロントに電話をかける。連れは眠ってしまったが忘れ物を取りに行きたい。ついでに部屋の利用時間を延長したい。そうして、いったん部屋を出て行った。このときの姿はラブホテルの防犯カメラに記録されている。
しばらくのち、瀬尾は非常階段を使うルートでふたたび同じ部屋を訪れる。室内では薔子がぐっすりと眠りこんでおり、瀬尾が戻ってきたことには気づいていない。瀬尾は仁科からの指示に従ってデータ解析の作業をはじめる。作業を続けながら時間を見計らって薔子を殺害し、部屋を出て行った。このときはカメラに姿を捉えられないよう、ごく慎重に行動している。
そして、三番目の、否、正確に云えばふたりめの男がホテルの部屋を訪れ、薔子の遺体を発見し、事件が発覚した。
「おそらく瀬尾は、拓植を殺したあとすぐに研究室に戻り、データ解析を続けていたはずだ。仁科さんの仕事は甘くないからね。怪しまれない程度には作業を進めておかなきゃならなかった」
そしてその傍ら、保管庫で血液サンプルも探さなきゃならなかった。拓植と同じ血液型の、女性のそれをね、と真璃は云った。
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