28

 荻野は今度こそ、おまえはなにを云っているんだ、という表情で柊を見遣った。


「信用できないってのは、なんだ」

「お話しできません」


 あのなあ、と荻野はがしがしと頭を掻き毟る。心底苛立っているのか、足の爪先をバタバタと踏み鳴らしさえした。


「云えねえ、話せねえ、信用できねえって、あんた、オレを莫迦にしてんのか」


 莫迦になどしていない。していないが、していると云われても仕方がない。柊は黙ったまま荻野の苛立ちが治まるのを待った。

 荻野は吸い飽きたはずの煙草を取り出し、火をつけた。苛立ちに震える呼気がわかるほどゆっくりと煙を吐き、一本を灰に変えていく。そのあいだずっと無言だった。


 やがて荻野は口を開く。


「あんた、本当はなにを知りたいんだ?」


 凄むでもなく、阿るでもなく、ごく平板な口調だった。


「捜査員の名前だとか人数だとか、そんなこと、本当はどうでもいいんだろう?」


 今度は柊が震える番だった。苛立ちゆえではない。緊張してのことだ。


「あんたはオレをまったく信用してない。ただ利用してやろうと思って、会いに来た」


 柊はやや気まずさを感じ、わずかに眉根を寄せた。


「別にかまわねえさ、それでもな」


 荻野の声に厭味はない。刑事やってるとそんなことばっかりだ。それにお互いさまだしな。オレも、会う人間を滅多に信用なんかしねえよ。


「だが、あんたはそれでいいのか」


 どういう意味だ、と柊は眼差しだけで問う。


「知りたいことがあるなら話してやる。あんたの態度は気に入らねえが、あんたは利用できる。オレの勘がそう云ってる。だから質問にも答えてやる」


 柊が黙っていると、荻野は低い声で先を続けた。


「だが、あんたはオレを信じていない。そんな人間の言葉を信じられるのか」


 記者であるときはそれでいい。相手の言葉の真偽など二の次だ。雑誌の売上に繋がるネタならば、それが嘘だとわかっていても、読む者の好奇心を煽るような記事を書くことが、柊の仕事なのだ。

 だが、いまここにいる柊は記者ではない。刑事である荻野恭春に会いに来た柊は、親友の死の謎を解きたいと願う、ただの小鳥遊柊だ。


 その柊に荻野は問うている。


「信じていない、なんていうことはないですよ」


 柊が溜息交じりに答えると、荻野の頬が皮肉げに歪んだ。


「どうだかな」

「どう云っても無駄だってことはわかってますけど」


 性質の悪い仕事のことは荻野に知られている。取り繕っても無駄だった。


「無駄じゃねえさ」


 荻野はひょいと肩を竦める。まったく似合っていないその仕種は、しかし柊にかすかな笑いをもたらし、その心をわずかに軽くしてくれた。


「本当に知りたいことを云えばいい」


 柊は荻野から目を逸らし、しばし躊躇った。柊が抱いているのは、帝都大学法医学教室に対する疑惑ばかりではなく、警察に対する不信だ。そのことを告げれば、軽すぎるほどに滑らかだった荻野の口も重く閉ざされてしまうかもしれない。

 けれど、ほかに選択肢などないのだ、と柊はすぐに気がついた。

 彼女が頼ることのできる捜査関係者はこの荻野ただひとりで、ほかにはいない。その荻野が、柊の本音を知るまではなにも喋らないと云っているのだ。


「わかりました」


 柊は頷いた。頷かざるをえなかった。


「わたしが知りたいのは、被害者の遺体の搬送についてです」

「遺体の搬送だと?」


 意外な言葉を聞いた、と云わんばかりの荻野は調子はずれな声を上げ、眉をひそめた。


「鑑識と検視官の捜査が終わったあと、薔子の遺体は現場から運び出され、解剖のため帝大へと移されたはずです。このとき、彼女に誰が付き添ったのか。そのことが知りたいんです」


 はじめは戸惑ってさえいるようだった荻野の顔がだんだんと強張っていく。ついにはひどくきつい目つきで柊を睨み据えるようになったが、彼女はそのことに気がつかなかった。


「事情があって検案書は信用できません。ほかの記録もです。現場にいた刑事、つまりあなたから、本当のことが知りたいんです」


 その事情とはなんだ、と問い詰められることを予想し、柊は身構える。そちらの話を聞いたあとでなければ、わたしから明らかにすることはなにもない。

 だが、荻野は黙ったままでいた。


「荻野さん?」


 どうかしましたか、と柊は首を傾げる。あらためて彼の顔の険しさに気づき、彼女自身も表情を凍らせた。


「どうしたんですか?」

「遺体の搬送、と云ったな」


 荻野の声は掠れている。


「なんでそんなことが知りたい?」

「重要なことだからです」


 柊はほとんど囁くような低声で答えた。とても重要なことだからです。


「……そうか」


 荻野の声はほとんど震えているようだった。荻野さん、と呼びかける柊に視線を向けることもなく、彼は深い溜息をついた。


「検案書が信用できない理由ってのは?」


 悲しい声だった。

 荻野さんは知っているんだ、と柊は思った。彼は知っている。重要な捜査資料のひとつである遺体検案書が、ことこの事件についてはまったく信用できないことを、彼は知っている。


「荻野さん」

「オレだよ」

「え?」

「拓植薔子の遺体に付き添い、帝大へ運び、解剖に立ち会ったのは、オレだ」


 柊は思わず半身を退いた。ゆらりと揺れた荻野の身体が、いまにもこちらに迫ってくるような錯覚を覚えたからだ。

 実際には、彼の身体は力なく壁に寄りかかったままだった。


「荻野さん、が、ですか……?」


 声が震えたり強張ったりしないよう、できる限り気をつけたつもりだった。けれど、それはただのつもりでしかなく、ぽたりと落ちた柊の問いは硬く尖って、――しかし、荻野を傷つけるだけの強さはなかった。


「本当ですか、とは訊かねえんだな」


 柊はぐっと眉根を寄せた。


「そこを確かめにきたくせに、訊かねえんだな」


 柊は黙ったまま頷いた。

 荻野はすぐには答えなかった。

 黙ったまま煙草に火をつけて、深く吸い込む。さきほどとは違って、少しも美味しそうには見えなかった。


「云い訳にもならねえが、事情はある」


 紫煙とともに吐き出された言葉は、柊の胸に突き刺さる。


 ――やはり、秋山斗貴子の云ったことは事実だった。


 荻野は険しい表情で続けた。

 いわく、同じ夜に同じ管内で起きた強盗殺人事件にも、所轄署から人手を割かなくてはならなかったこと。

 いわく、薔子の遺体については検視官が他殺で間違いないと判断し、また死因も絞死とはっきりしていた。捜査に必要である、というよりは、あくまで手続上の必要として司法解剖を依頼することとなったこと。

 いわく、帝都大学法医学教室に対しては、日ごろより絶大な信頼をおいていたこと。


「遺体には、他殺体であること以上の不自然な点はなかったんだ。死亡推定時刻や殺害場所を誤魔化すような細工は見て取れなかったし、だから、解剖に回したのは純粋に捜査上の手続の問題だ。なにを期待していたわけでもない。検視官の見立てを裏付けてくれればそれでよかった」


 現場から遺体を搬送するよう云われた荻野は、当然自身も付き添っていくつもりだった。司法解剖には捜査員が立ち会うことが原則であり、捜査会議では報告もしなければならないからだ。

 だが、当夜は、不幸な――荻野にとって――偶然がいくつか重なった。

 まずは、薔子の事件とは別に起きた強盗殺人事件の捜査も担当している警視庁の管理官を、当該所轄署まで送っていかなければならなくなった。


「普通なら運転手がついて、専用の車で送り迎えされるはずが、連絡の行き違いとかでオレにお鉢が回ってきたんだ」


 それから、持っていた携帯電話が電池切れを起こしたこと。


「充電器なんか持ち歩く習慣なかったからよ、ほかの誰かを捕まえようにも連絡ができなかった」


 そして、送った先の所轄署から帝大へ向かう途中の道がひどく渋滞していたこと。


「云い訳する気も起きねえよ」


 そうした理由から、荻野が帝都大学法医学教室に辿り着いたときには、すでに薔子の遺体は縫合まで終えられたあとだった、というのである。


「つまり、荻野さんは解剖には立ち会っていない……?」

「立ち会ってない」

「検案書のサインは、嘘だということですね?」


 荻野は瞬間躊躇うように上目で柊を見遣ったが、すぐに頷いた。


「ああ、そうだ。そういうことになる」

「そうですか」


 柊は軽く握った拳を唇に押し当てた。

 秋山の言葉に嘘はなかった。先輩は、誰の立ち合いもない場で薔子の遺体を解剖したのだ。

 荻野の不運は瀬尾にとっての幸運だった。あるいは、運など味方せずとも、瀬尾は邪魔者を排除する手段を持っていたのかもしれない。

 彼には、上司らを脅し、警察を欺いても、薔子とふたりきりで向かい合わなければならない理由があった。

 ――その理由とは、いったいなんなのだろう。


「なあ、あんた。小鳥遊さん」


 瀬尾のしたことは明らかになったものの、その理由を突き止めなくては、彼の罪を暴くことはできない、と考えに耽っていた柊は、荻野の声になかなか気がつかなかった。


「おい」


 自分の過ちが明らかになったばかりにもかかわらず不遜な呼びかけをしたことに罰の悪さを覚えているのか、荻野がやや恥じらうような表情を見せる。


「はい」


 柊は、あなたの横暴などとくに気にしていませんよ、という表情を繕い、顔を上げた。


「あんた、なんでそんなこと気にしてる?」


 自分がやったことを間違ってなかったなんて云うつもりはねえが、と荻野は続けた。


「実際、大事じゃねえはずだ。似たようなことやってるやつもちらほらいるしな。帝大でだって、その、はじめてってわけじゃない」


 それはそうなのだろう、と柊は思う。

 荻野のしたこと――しなかったこと――に問題がないとは云わないが、遺体発見の状況や遺体そのものの様子から、解剖そのものの結果がさほど重要視されなかったとしても、仕方のないことだ。

 そもそも解剖学の知識もない刑事が解剖に立ち会ったところで、執刀医の説明を鵜呑みにするほかなく、それであれば、検案書を読めばことが足りる。

 実際、瀬尾の下書きした検案書は松島と秋山の厳しい目を経て警察に提出されており、その内容に遺漏のなかったことは、ふたりの矜持にかけて確かなことだろう、と柊も思う。

 だとすればなおのこと、瀬尾の真意がわからなくなる。


「もしかして、ホシのあたりがついてんのか」


 柊は思わず目を瞠った。反対に荻野は両目を細く眇め、やっぱりか、と呟いた。


「誰だ」


 云ってみろ、と荻野は云う。


「検案書のことを訊いてきたってことは、サインのあった先生か」


 名前はなんだったかな、と荻野は記憶を探るような顔をする。


「松島先生と秋山先生」

「ああ、あの不倫カップルな」


 通りすがりの刑事にまでバレているようでは、彼らの偽装などほとんど無意味だったのではないか、と柊は少しばかり可笑しくなる。


「違います」

「じゃ、誰だ。被害者に云い寄ってたっていう院生か、それともストーカーじみてたっていう司書の男か」


 え、誰だ、と荻野は首を傾げながら云い募る。

 出会い系ばかりか、薔子はずいぶんとあちこちで男をひっかけていたらしい、と今度は少し悲しくなり、柊は首を横に振る。


「じゃ、やっぱり瀬尾か」


 柊は荻野をじっと見据えた。そんな顔するんじゃねえよ、と刑事は云った。


「殺ったのはやつだとオレも思う。というか、被害者の身近なところに動機のあるやつはあいつしかいねえんだ。いくら被害者が売春してたっつったって、実際ほんとかどうかはわかんねえしな」


 オレたち捜査員はみんなそう思ってたぜ、と荻野は低い声で付け加えた。


「DNAだの防犯カメラだのってのもな、そもそもは瀬尾に対する容疑を固めるために必要な捜査だった。けど、さっきも云ったように、結果は出なかった」

「はい」

「やるならおまえしかいねえ、とぎゅうぎゅう締め上げようにも、まずは引っ張るだけの材料すらなかったんだ。わかるか」

「はい」


 先輩は完全犯罪をやってのけた。警察の捜査の隙を突き、誰にも知られないまま薔子を殺してのけたのだ。

 そして、――いまものうのうと自由を謳歌している。


「だが、そこへあんただ」


 荻野は指先を柊に突きつける。


「あんたは被害者とも瀬尾とも親しかった、ほとんど唯一の存在だ」


 親しかったのだろうか、と柊は思う。わたしは、薔子のことも、先輩のことも、本当の意味ではなにひとつ知らなかったのではないだろうか――。


「そのあんたが、瀬尾に対する疑いを持ってる。理由はなんだ。話してみろ」


 自身が大きな手がかりを掴みかけていることを確信しているのだろう、荻野の追究には容赦がない。


「お話しできることは、いまはありません」

「小鳥遊さんよ」


 肩を掴まれ揺さぶられてもおかしくないような迫力だったが、それでも柊は怯まなかった。先輩は、と彼女は静かな声で云った。


「瀬尾理人は、わたしにとっても大切な人です」

「なに?」

「殺された拓植薔子は、わたしの大切な友人でした」


 荻野の目を見据え、柊は一語一語を区切るようにして云う。


「先輩は薔子の恋人でした。それだけでなく、わたし自身、先輩に惹かれていたこともあったんです」


 荻野は戸惑うように目を瞬いた。当然だ、と柊は内心で同情を寄せる。突然の自分語りに彼が首を傾げるのも無理はない。


「わたしはたしかに瀬尾さんを疑っている。けど、その理由は、いまは云えません」

「だからそれはなんでだと……」

「大事な人だからです」


 やや芝居がかっていることを承知の上で、柊は声を張り上げた。ここで躊躇して、荻野につけ入る隙を与えてはいけない。


「過去、瀬尾さんが警察に疑われていたのならなおのことです」

「でも、あんたは疑ってるんだろ」

「わたしは警察の人間ではありません」


 拓植薔子の、瀬尾理人の友人です、と柊はきっぱりと云いきった。心の裡など欠片も見せまいとするかのように、その口許は強く引き結ばれている。


「合理的な疑いに警察もクソもねえだろうがよ」

「だからわたしは、荻野さんに、個人的にお話に来たんです」


 ほとんど唇を動かさず、ひどい早口で柊はそう云った。荻野が目の色を変えた。


「あんた、オレを脅してるつもりか」


 さすが第一線の刑事だ、話が早い、と柊は思った。


「過去の些細な失態と事件の解決、オレがどっちを取るか、あんた本気でオレが保身を図ると、そう思ってんのか」

「ずっと、とは云ってません」


 激した様子の荻野を宥めるような口調で柊は云った。


「少しのあいだでいいんです。わたしに時間をもらえませんか」


 瀬尾に対する疑念は、柊のなかではすでに確信に変わっている。――薔子を殺めたのは先輩だ。

 だが、まだそのことを誰かに明かすつもりはない。というよりも、瀬尾本人を除いて、ほかの誰かにその話をするつもりはまったくなかった。

 警察すら例外ではない。


 先輩に罪の告白を迫るのはわたしをおいてほかにはいない、と柊は思っている。


 ただ、瀬尾の罪を証立てるにはまだまだ証拠が足りない。薔子の解剖を瀬尾がひとりで行ったことは、今日、荻野に会いに来たことで裏付けが取れた。

 まだ残っている謎を解き、瀬尾に突き付けるための証拠を集め、――そして、彼に罪を認めさせなくてはならない。ほかでもない、薔子の親友だったこのわたしの前で。

 だから柊には、自身が瀬尾に疑念を抱くきっかけとなった事実を荻野に告げるつもりは、いまはまだない。すべてを明らかにするのは自分だと、強く心に決めている。


「時間、だと?」

「十日間、いえ、一週間でいい」


 柊は縋るような声を出した。このときばかりは本気で縋りつきたい気分だった。


「先輩には自首を勧めます。わたしが説得する。その時間を……」

「それは、警察の、仕事だ」


 荻野は言葉を区切り、強く押しつけるように云う。


「あんたの出る幕じゃない。知ってることを全部話して、オレたちに、いや、オレに任せればいい」

「わたしだって本当のことが知りたいんです!」


 それは心底からの叫びだった。


「警察に任せたら、その先、被害者は置き去りです。被害者の家族すら蚊帳の外で、ただの友人にすぎないわたしなんかには、もうなにも知るすべが残されていない。知らないところで全部が済まされてそれで終わりだなんて、納得できるはずがない」

「裁判があるだろう」


 荻野の声には、建前をそうと知りながら騙る者の苦しさが滲んでいる。柊はそのことに気づいていたが、言葉を止めるつもりはなかった。


「裁判で心が裁けますか」


 荻野が黙る。


「わたしは心が知りたいんです。先輩の、心が」

「心……、な」


 そんなもの、知ってどうする、と荻野は云った。


「人殺しの心なんて綺麗なもんじゃねえよ。知らないほうがよかったって、あんた、絶対に後悔する。やめといたほうがいい」

「知らないままでいることなんてできない」


 もしも薔子が、柊の見も知らぬ誰かに殺められたのだとしたら、諦めもついたのかもしれない。

 けれど違う。

 薔子を殺めたのは瀬尾。柊もよく知る、一度は心を惹かれさえした相手なのだ。


「人が人を殺す理由にエゴ以外のものがあるわけがないって、そんなことはわたしにもわかっています。それでもわたしは知りたいんです。先輩がなぜ、薔子を手にかけたのか」


 それがわからなければ、わたしはきっとずっと同じ場所に――薔子を失ったあのとき、否、筆を執ることのできなくなったあのときに――とどまったままでいなくてはならない、と柊は思う。

 それは厭だ。

 薔子を失ったことはつらい。

 彼女を忘れていくこともつらい。

 けれど、先に進めず立ち止まったままでいることは、――もっと、つらい。


 柊には最近になって気がついたことがある。

 それは、自分は、どうあっても結局は薔子のことを思い出さなくなってしまう、ということだ。

 事件が解決されようとされまいと、そんなこととは関係なく、わたしは薔子を思い出さなくなってしまう。

 人としての摂理か、生きるための本能か。

 いずれであれ、抗うことは誰にもできない。

 ならば、と彼女は思った。立ち止まったままでいても、先へ進んでも、どちらにしても同じであるのなら、それならば未来を歩んでいきたい。だから、自分の手で瀬尾の罪を暴きたい。


「知ってどうする、ということはありません。ただ、知りたいんです」


 荻野は長らく黙っていた。居心地の悪い沈黙に、柊が本音を覗かせることを待っているかのようだった。


「私刑に興味はありません」


 時間を稼いでいるあいだに柊が自らの手で瀬尾を裁こうとしているのではないか、と不安に思う心を読まれたことが不快だったのか、荻野は大きく舌打ちをする。


「いくらなんでも一週間は長え」

「十日から譲ったんですよ」

「三日……、いや、二日だ」

「たった二日……、明後日ですか」


 一日だってありがたく思えっつってんだよ、と荻野は怒鳴った。


「こっちはあんたをぎりぎり締め上げて、知ってること全部吐かせてやりたいのが本音なんだ。それが仕事だからな。それを、待ってやる、っていうだけでも感謝してほしいくらいなんだ」


 二日で十分だと思うしかない、と柊は唇を結ぶ。はじめから一週間も時間を稼げるとは思っていない。


「感謝します」


 柊は深々と頭を下げた。苛立ちに任せて荻野が灰皿を蹴飛ばしたことには、気がつかなかったふりをした。

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