24

 目蓋を開けているのに、視界が半分ほども塞がっているような気がして、柊は重たい腕を持ち上げ目をこすった。

 白いシーツに剥き出しの腕が投げ出されている。誰の、と驚いたが、すぐに自分のそれだと知れた。だが、妙に明るい部屋に違和感を覚える。

 がばりと慌てて身を起こせば、当然のごとくあたりの景色に見覚えはなかった。


 どこだここは、と柊はすっと血の気が引くような感覚に陥った。


 ベッドの上には自分ひとり。それでも油断はできない。いつかの夜の悪夢がよみがえるような気がして、腰から下を覆っている羽毛布団のなかを覗き込もうとした。やばい、まずい。腰が重いとか、あのへんが痺れてるとかはないけど、でもなにもなかったとは云いきれない――。


 そのとき扉を開ける音がした。

 咄嗟に身構えた柊は、ドアノブに手をかけた見知らぬ人物の姿に、思わずぽかんと口を開けてしまった。


 目が覚めたのね、と彼女は云った。


「よかったわ、由璃くんと真璃くん、昨夜も今朝も、ほんとに心配してたのよ」


 見知らぬ女はひどく親しげに柊に微笑みかけながら、すぐ傍まで歩み寄ってきた。サイドテーブルに盆を置き、食べられるかしら、とひとりサイズの土鍋の蓋を持ち上げてみせる。ふわん、と漂うやわらかな匂いに、柊の腹が、ぐう、と鳴った。


「よかった。お腹もすいてるのね」


 梅と紫蘇なの、嫌いじゃないといいけど、と女は云いながら、あ、となにかを思い出したらしい。いけないいけない、まずはこっちね、と湯呑を差し出してくる。


「白湯よ。飲んで」


 云われてみるとひどく喉が渇いていた。ほとんど一息で飲み干すと、すぐに次の湯呑が手渡される。


「ゆっくりね」


 女の明るい声音に警戒が少し緩み、柊はようやく、あの、と声を発することができた。


「ここは、どこですか」


 女の目尻に深い皺ができた。声を上げないままに彼女が笑ったのだと気づき、柊はなんとも云えない恥ずかしさを覚える。


「わたしは安曇まゆと云います。安曇由璃と安曇真璃の義理の姉。ここは、彼らとわたしたちが暮らす安曇の家よ、小鳥遊柊さん」

「安曇、の……?」


 そう、と頷きながら繭は小ぶりな茶碗に粥をよそってくれる。木匙を添えて差し出されたそれを受け取り、両手で茶碗を包んで暖を取るような仕草を見せる柊に、繭は、寒い、と尋ねた。

 柊は慌てて首を横に振る。


「あのね、あなた、十二時間以上も目を覚まさなかったの」


 昨夜のことは憶えてる、と繭は気遣わしげに尋ねた。


「昨夜、由璃くんと真璃くんに運ばれてきたときにはもう寝てたというか気絶してたというか、とにかく意識がなくて心配したのよ。病院に連れて行ったほうがいいってわたしは云ったんだけど、あのふたり、ぜんぜん云うこと聞かないの。大丈夫だからって。自分たちで面倒みるからって。希璃さんもほっとけって云ったんだけど。……ねえ?」


 急に同意を求められ、しかもその内容を察することができず、柊はきょとんとする。


「あなたは女の子じゃない。具合が悪いときは男手より女手でしょ」


 話が見えない。


「だからね、あのふたりに云ったの。自分の部屋に意識のない女の子を連れ込むなんてだめよって。絶対に許さないって。だからここはわたしの部屋。あなたはなにもされてないから安心してね」


 なにもされてない、と口のなかで呟き、柊は思わず小さく吹き出してしまう。根っからの善人であるのだろう繭は、なにがおかしいのかわからなかったようで、どうしたの、と柊の顔を覗き込んでくる。


「なんでもないです。すみません、ご迷惑をおかけして。でも、あの……ありがとうございます」


 繭は柊を見つめたまま目を瞬いた。


「いいのよ。わたしも会ってみたかったの。由璃くんと真璃くんの、シュウ、にね。こうしてお話しできてうれしいわ」


 食べて、と繭は弾むような口調で云った。


「それを食べ終わったら、ふたりを呼んでくるから」


 永久に食べ終わりたくない、と柊は思った。泣きながら気絶して、気絶したまま運ばれて、挙句の果てに義理の姉という人に世話になって――。

 ふたりに合わせる顔がない。


「だめよ」


 底抜けに明るいくせに、この繭という女はひどく察しがよいようだった。いまも柊が考えていたことをほとんど正確に見抜き、悪戯っぽい笑みを浮かべながらもしっかりと釘を刺してくる。


「あのふたり、本当に心配してるの。夜中にこっそり様子を見に来ようとするのを撃退するので、大変だったんだから」


 今朝だって、と繭はちょっと疲れたような声を出した。


「シュウは、シュウは、って散歩待ちの犬みたいに纏わりついてきて。ハウス、ステイ、ハウスっていくら云っても聞きやしない。ほんとにこの家の男どもときたらもう……、めんどくさいんだから」


 あ、と繭は罰の悪そうな顔をした。


「いまの聞かなかったことにしてくれる?」


 柊は粥を飲み込み、頷いた。


「由璃くんと真璃くんはともかく、希璃さんに伝わるともっと面倒だから」


 ふふ、と繭は肩を竦めながら笑った。


「あの、希璃さん、て……?」


 柊もつられるように笑いながら、さっきから気になっていたことを訊ねる。繭は、ああ、そうよね、と云った。


「希璃さん。わたしの夫。由璃くんと真璃くんの兄よ。八つ違いの」


 ああ、そういえば前に聞いたことがあったな、と柊は思い出す。粥の最後のひと匙を掬い、口へと運ぶ。じっくりと炊かれたやさしい梅粥は、食べ終わってしまうのがもったいなく思えるほどおいしく感じられた。


「もっといる?」


 双子と顔を合わせたくないあまり、つい頷きかけた柊だが、身体は正直に満腹を告げてくる。諦めて首を横に振れば、じゃあ、と繭は腰を下ろしていたベッドの端から立ち上がった。


「ふたりを呼んでくるわね。あ、その前に羽織るものを持ってきてあげるわ」


 云われて自分を見下ろせば、見慣れないパジャマを身に着けている。


「あの、これは?」

「わたしのよ。大丈夫、ちゃんと洗濯したやつだから」


 そんなことを心配しているわけではない。柊は、すみません、と頭を下げた。


「なにからなにまでご迷惑をおかけして……」

「いいのよ」

「でも……」

「いいの」


 それまでになくきっぱりとした口調だった。いいのよ、と繭はさらに重ねて云い、あのね、と真剣は声を出した。


「わたし、ずっとあなたに会ってみたいと思っていたの。由璃くんと真璃くんからあなたの話を聞いたときから、ずっと」

「わたしの?」


 そう、と繭は頷いた。


「わたしが知る限り、あのふたりが女の子の話をしたのは、あなたがはじめてなの。もちろん、こうして家に連れてきたのもね」


 安曇の男にとってこの家というのは特別な場所らしくってね、と繭はかすかに笑った。


「そう簡単に誰かを入れたりしないのよ。希璃さんもそうだったし、お義父さんもそうだったらしいわ。由璃くんや真璃くんも、きっとそうなの。彼らにとってあなたは特別な女の子なんだわ」


 だからわたしにとっても、あなたは特別な女の子なの、と繭は云った。


「なんにも気にすることはないのよ。あなたが不愉快でないなら、だけどね」


 不愉快ではない、と柊は俯いた。ただ落ち着かないだけだ。こんなふうに誰かから丁寧に扱われるのは、とてもひさしぶりなのだ。

 さ、と繭は今度こそ立ち上がった。


「ふたりを呼んでくるわ。さぞかし首を長く長あくして待ってるでしょうから」



「シュウっ!」

「シュウ」


 繭が開けた扉から真璃が駆け込んでくる。そのうしろから由璃が姿を見せ、空気を読んだ彼らの義理の姉は静かに部屋をあとにしたようだ。


「気分はどう?」

「よく寝られたか?」


 矢継ぎ早に浴びせられる質問に答えようと口を開けど、柊が言葉を発するより早く、次なる質問が押し寄せてくる。


「これ、義姉さんが用意したの?」

「大丈夫だったか?」


 そうだ、と頷き、大丈夫とはどういう意味だ、と首を傾げれば、双子は心底心配そうに眉根を寄せ、義姉さんはたまに凄い奇跡を起こすから、とふたり同時に溜息をついた。


「料理が苦手ってわけではなさそうなのに、ときどきとんでもないことやらかすんだよね、あの人は。これだって、春日かすがさんに任せればいいのに……」


 云いながら梅紫蘇粥の残りが入っている土鍋の蓋を持ち上げた真璃は、すんすんと無遠慮に鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。


「あ、春日さんっていうのは、長年、ウチで働いてくれてる家政婦さんね」


 大丈夫、と柊はそこでようやく口を挟むことに成功する。驚くほど力のこもらない声だったが、掠れてはいなかった。


「美味しくいただいた。あんたたちも、その……、ありがとう」


 昨夜のこと、ぜんぜん憶えてないんだけど、迷惑かけたみたいだから、と云えば、まあな、と由璃が答えた。


「あんなふうに泣いて、なにを訊いても言葉にならないし、心配はした」

「でも、迷惑だなんて思ってないよ」


 ふたりは柊が身体を起こすベッドの両側にそれぞれ腰を下ろし、右と左から顔を覗き込んでくる。

 うん、と柊は頷いた。


「それでもね、やっぱり。こんなふうにお世話をかけるはずじゃなかったのに……」


 いいんだよ、と双子は云わなかった。実際に柊の世話をしたのは彼らにとっての義理の姉である繭で、柊が遠慮している相手が彼女であろうことは説明されずとも理解できたらしい。


「シュウ」


 その話はいくら続けても実がないよね、と真璃は云った。そうだ、と由璃も頷いている。


「シュウ、休暇取ったんだって? 一週間」

「なんで、それ……」

「あのね、いま何時だと思ってるの。昼過ぎてるんだよ、もう」

「無断欠勤はまずいだろうと思って、編集部に電話をかけたんだ。そうしたら、後輩だとかいう男が、小鳥遊さんは今日から一週間、休みのはずですが、って云っててな」


 北居のやつめ、余計なことを、と柊は羽毛布団の下でひそかに拳を握った。このふたりには休暇のことを黙っているつもりだったのに。


「昨日会ったとき、なんですぐに云ってくれなかったの。そうしたら、あんなふうに車のなかで慌ただしく話すこともなかったのに」

「シュウを問いつめるみたいにして、傷つけることもなかったのにな」


 柊は気まずげにふたりから視線を逸らし、あ、とか、う、とか意味のない音をこぼした。


「ひとりで調べる気だったの? 瀬尾のこと」

「このまま放っておくつもりじゃないんだろう?」


 もちろんそのつもりだった。一週間の休暇はそのために取ったのだ。


「おれたちも……」


 手伝う、という由璃の言葉を、柊は最後まで云わせなかった。


「だめ」

「なんで?」

「なんででも」

「柘植の検案書を見せてやったのはおれたちなのに」

「松島さんや秋山さんに会えたのも」


 畳みかけるように恩を着せてくる双子の言葉は、けれど、どれも本当のことだった。ふたりが協力してくれなければ、わたしはいまもまだ先輩に騙されたままだっただろう。そして、永久に真実を見いだすこともなく――。


 本当に、そうだろうか。

 先輩は、この先ずっと、死ぬまでずっと、嘘をつきとおすつもりだったのだろうか。そんなことができると、本気で思っていたのだろうか。


「ふたりには感謝してる。でも、この先のことは……」

「厭だよ」


 真璃がきっぱりと云った。


「厭だ。瀬尾を追いつめる証拠を探すんでしょ? あいつを追いつめて、警察に突き出すんでしょ?」

「ひとりでそんなこと、させられるか」

「……なんで?」


 張りのない声に、それでも精一杯の力を込め、柊は叫んだ。


「なんで、そんなに、あんたたちは……!」


 上掛けをぎゅっと握る柊の手に、双子の手が重ねられた。


「何度も云ったでしょ」

「まだ聞き足りないのか」


 柊は双子を睨む。


「おれたちは……」

「違う」


 違うよ、と柊は首を横に振る。


「あんたたちの気持ちはわかってる。感謝もしてる。わたしが訊きたいのは、別のこと」

「別に感謝なんてしなくていいけどね」


 そんな綺麗なもんじゃないし、と真璃が肩を竦めた。


「なにが訊きたい?」


 由璃はまるで柊の心を見透かそうとするかのように両目を眇めた。


「あんたたちはなんでわたしのこと、そんなふうに……」


 好きなのか、とは気恥ずかしくて口に出せなかった。

 自分に云い寄ってくる男にその理由を尋ねるなど、陳腐で愚かで滑稽なことだ。褒め言葉を強請るその行為は、あさましい以外のなにものでもない。

 けれど、柊にはどうしてもわからないのだ。

 ほんの偶然、ただのなりゆきで一夜をともにしただけの、ただの顔見知りにすぎなかった相手に、こうも執着し、つきまとい、それなりに親切に振る舞うのか。挙句、家に入れて家族の手を煩わせ、心底心配している素振りまで見せる。

 これではまるで、――ふたりそろって本気で恋をしているみたいではないか。

 いったい、なにがどうしてこうなったのか。その理由を知りたいと思うのは、不自然でもなんでもない。


「意外」


 真璃がからかうように語尾を上げた。


「シュウでも、そういうこと聞きたがるんだね」


 柊は恥ずかしさと悔しさに奥歯を噛んだが、反論はしなかった。これは、羞恥を超えても知っておきたい、否、知っておかなければならないことなのだ。


 瀬尾理人が拓植薔子を殺したことには、ほぼ間違いがない。

 柊はこれから、その証拠を探し出そうとしている。それをもって瀬尾に罪を認めさせ、警察に突き出すつもりでいる。

 瀬尾の人生は滅茶苦茶になるだろう。捕らえられ、裁かれ、罪を償ったあとも罰を背負って生きていく。研究者としての道は絶たれ、これまでの実績すらなかったものとされるかもしれない。同情などは決してしないが、きっと、――つらい生き方になる。

 どんな理由であれ、殺人は許されないことだ。親友を殺したのが瀬尾であるならば、柊は、生涯、彼を許すことはできない。ほかの誰が許しても、自分はずっと彼を憎み続けるだろうと思う。

 瀬尾が殺したのは薔子ひとりではないからだ。

 薔子の死によって、柊は筆を奪われた。それがたとえ、柊自身の弱さによるものだったとしても、薔子が死ぬようなことがなければ、柊はいまも新聞記者のままでいられたはずだ。

 瀬尾は、柊のこともまた殺したようなものなのだ。


 けれど、と柊は一縷の可能性を考えてみる。

 もし、瀬尾が犯人ではなかったとしたら、どうなる。

 柊は瀬尾を疑っている。殺人の疑いを裏付ける証拠を探す、その過程を、瀬尾の不幸を望む誰かに知られたとしたら、どうなる。

 瀬尾の人生は、やはり取り返しのつかない傷を負うことになるだろう。

 実際にその罪を犯していなくとも疑いをかけられたというだけで、とても生きづらくなるのが世の中というものだ。ことに、瀬尾が生きる学究の社会は、常よりも狭い。不倫が明らかになって職を追われた松島と秋山よりも、なお過酷な罰を受けることになるかもしれない。

 それだけは避けたい、と柊は思う。

 薔子に対するいわれなき中傷に泣いた自分が、瀬尾をそんな目に遭わせてはならない。


 だから、柊は双子の本心を知っておきたい。彼らが関心を持っているのは瀬尾ではなく自分なのだということを、確かめておきたいのだ。


 悪い可能性はいくつでも思い浮かぶ。

 同僚であると同時に敵手でもある瀬尾を蹴落としたいがため、彼の悪行を暴きたいのかもしれない。

 あるいは、彼の恋人だった薔子を貶めることで、瀬尾を傷つけたいのかもしれない。

 そうでなければ、瀬尾に個人的な恨みがあり、どうにかして彼を蹴落としたいのかもしれない。

 そうではない、と云いきれるほど、柊は由璃のことも真璃のことも知らないのだった。


 だからいま、恥を忍んで尋ねている。

 あんたたちは本当にわたしのことが好きなのか――、と。


「なーんか、やんなっちゃうな」

「本当にな」

「こういうのも嫉妬って云うのかな」

「云うんだろうな」


 あー、すっげー気に入らない、と真璃が暴れて、羽根布団をばふばふと叩く。


「ねえ、シュウ、そんなに瀬尾が大事? そんなに好きなの?」


 驚いた柊は言葉もなく真璃を見つめる。


「おれたちの気持ち疑って、おれたちのことを傷つけるのは平気なのに、ちょびっとでも瀬尾が傷つくのは厭ってことだよね」

「おれたちが瀬尾を傷つけるために自分に協力してくれるのかと、シュウはそう疑っているんだろう」

「疑ってなんか……」

「疑ってるよ」


 無茶苦茶疑ってる、と真璃はなおも暴れた。上質な羽毛がすっかりだめになってしまうのではないかと、柊は思わず羽根布団を胸元に手繰り寄せようとする。


「疑って……」

「疑っているだろう」


 由璃に断言され、柊は俯いた。そうだ。双子の云うとおりだ。わたしは彼らを疑っている。瀬尾の敵ではないかと――、疑っている。


「むかつく」


 どこかふざけた調子で暴れていた真璃が急に身を起こし、両の手を柊の肩に置いた。体重をかけて押し倒し、反射的に暴れる身体を難なく押さえ込んで馬乗りになる。すぐ傍らにいる由璃は冷たい目で柊を見下ろすばかりで、片割れの暴虐を諌める素振りもない。


「やっぱ、あんとき簡単に帰すんじゃなかったなあ。ねえ?」

「そうだな」

「おれたちのものになるってちゃんと云わせて、覚え込ませるまで閉じ込めておくべきだった」

「そうだな」


 手首を押さえつけられ、腰に乗りかかられ、柊は身体を硬直させて怯えている。


「ほんとはさ、もう少し我慢するつもりだったんだよね」

「ああ」

「でも、もういいよね」

「ああ」

「我慢するのやめてもいいよね」

「いいだろ」


 双子がなにを話しているのかまるでわからない。――わかりたくない。


「ねえ、シュウ」


 急に言葉を向けられ、柊はびくりと震えて真璃を見上げた。


「その質問、答えてもいいよ」


 おれたちがどうしてシュウを好きなのか、ってやつ、と真璃は唇を歪めて笑った。


「でも、話が終わったらやらせてね」

「や……? え……?」

「やらせて。セックスしよ」


 柊は瞬間的に頬を真っ赤に染めた。反射的に首を振りたくり、双子の機嫌をますます損ねる。


「厭なの?」

「なんでだ?」


 なんでって、柊は言葉に詰まり、だって、と双子を交互に見比べた。

 あんたたちはふたり、わたしはひとりなの。無理に決まってる。いや違う、そうじゃない。人数の問題じゃない。気持ちだ。気持ちの問題だ。そういうことは好きあってる同士でするものだ。例外もあるけど、原則はそうだ。原則は守らねば、いや、守りたい。わたしはあんたたちを好きじゃない。だから、そういうことは――。


「大丈夫。一回も二回も一緒だし、二回やれば三回も四回も五回もありだよ。ほかの男のことなんか全部忘れちゃうくらい気持ちよくしてあげるし、あんあん云ってるうちに情も湧いて、ずっと一緒にいてもいいかなって思うようになるよ」


 なんにも大丈夫じゃない、と柊は首を横に振り、助けを求めるように由璃を見た。真璃と比べ、まだ彼のほうが理性的であるような気がしたからだ。全体重をかけてわたしを押さえつける頭のおかしな半身から、もしかしたら助けてくれるかもしれない。


「大丈夫だ。あの夜のシュウは、本当に気持ちよさそうだった。おれたちもすごくよかったしな。忘れたくても忘れられない」


 あの夜を思い出して何度も抜いた、と堂々たる変態宣言を受け、柊は観念した。

 かくなるうえは覚悟を持って大声を上げよう。家のどこかにはあの繭さんがいるはずだ。彼女はごくまともな人に見えたし、自分の部屋で義弟たちが三人プレイに励むのを黙って見逃がしたりはしないだろう。

 よしそうしよう。助けを呼ぼう。


「だめだよ、シュウ。おれたち、もう決めたんだから」


 大きく開けた口は、こんな状況には不似合いにやさしい由璃の声と、真璃の掌でしっかりと塞がれる。


「教えてあげる。おれたちがいつからシュウを好きだったのか」

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