17

 松島紀彦は穏やかな顔立ちをした、物静かな男だった。気難しい様子など微塵も窺わせることなく、かつての上司であった束原――非常に優れた学者であり、秀でた才能に恵まれているが、多くから好かれる開放的な魅力は持ち合わせていない――とは対照的な印象を与える。

 約束のひとつもなく現れたわたしたちを前にしても厭な顔をすることなく、かといって、愛想がよすぎるということもなくごく落ち着いた態度を見せる彼は、そのせいでどこか作り物っぽく思えるな、と柊はひねくれた視線を向けた。普通ならここらで迷惑そうな顔を見せてもおかしくない。


「突然、申し訳ありません」


 昼の休憩の時間帯を狙って研究室を訪れ、案の定、食事に出るという彼について学生食堂まで歩きながら、真璃はいかにもそれが礼儀だからと云わんばかりの調子で、そう口にした。


「別にかまわないさ」


 こういうのには慣れているしね、と松島は見る者を不愉快にさせない程度の苦笑いを浮かべる。


「慣れている?」

「学生も警察も編集者も、来る前に知らせを寄越すやつなんてひとりもいない」


 もちろんご遺体もね、と松島は法医者らしい冗談を云い、肩を竦める。


「だから別に気にすることはない。ましてやきみたちは懐かしい顔でもあることだし」


 饒舌な松島の横顔は、嘘をついているようには感じられなかった。

 けれど、全部が本音というわけではなさそうだ、と柊はひそかに観察する。松島はわたしたちの突然の訪問をとても警戒している。白衣のポケットに突っ込まれたままの両手は感情を隠したい本音の表れだし、にこやかな眼差しとは裏腹に、口許には緊張からくる引き攣れが見て取れる。


 いったいなにを警戒することがあるんだろう、と柊は思った。もしや、三流週刊誌記者というわたしの仕事に気づいているのか。

 否、それはない。松島の警戒は由璃と真璃に向けられている。はじめからずっと。


 なぜだろう。


 ふたりもまた松島の怯えに気づいている。気づいていてあえて外している。そのせいで松島は不自然な緊張を隠すことができずにいる。


「こちらに移られて一年半ほど、もうすっかり馴染まれているようですね」


 わたしと話すときとはまるで別人じゃないの、と内心でむくれる柊をよそに、真璃はごく穏やかな口調で、かつての上司に話しかける。カレーを掬うスプーンを止め、松島は瞬きを繰り返した。


「ええと、きみは……」

「真璃です。先生にお世話になったほうの」


 ああ、そうか、と松島は気まずそうな表情を作った。すまない、とか、相変わらずだ、とかもごもご云っている。

 由璃と真璃はいまでこそ同じ法医学教室に所属しているが、学部生のころも臨床に出たあとも、それぞれの専攻は異なっていたのだということは、柊も聞いたことがあった。


「先生の異動は突然でしたから、僕もびっくりだったんですよ。お元気でいらっしゃいましたか」

「あ、ああ。おかげさまでね」


 なぜか皮肉げな物云いになり、松島は今度こそカレーを頬張った。柊はそんな彼の様子を上目で伺いつつ、見るからに学生仕様の親子丼に箸をつける。少なめに盛ってもらったというのに、食べる前から満腹になりそうなボリュームだった。

 斜め向かいに座る松島は、正面に陣取る真璃と隣にいる由璃とを見比べながら、きみたちも元気そうだね、と云った。


「束原先生もお元気なんだろうね」

「学会でお会いにならなかったんですか?」

「今年は留守番でね」


 先生はお元気ですよ、と真璃は答えた。


「もちろん、仁科先生も」


 瞬間、松島の頬がきつく強張った。咀嚼していた顎の動きを止め、奥歯を食い縛ったのが、柊にも見て取れたほどだった。


「仁科、くん……。そうか……」


 明らかに、おもしろくない、という含みを持った声音だった。


「彼は、いまは、准教授、だったかな?」

「ええ、そうですね。先生と同じ」


 同じでなんかあるものか、と松島は云いたそうだった。医学系の学閥には詳しくない柊にも、帝大法医学教室の准教授と、同じ国立大学法人とはいえ地方大学のそれとに重みの違いがあることはわかる。

 現在の松島が在籍するこの大学は帝大閥ではあるが、松島の年齢を考えると、今後古巣に復帰することはほとんど不可能に近い。自分よりも若い仁科が帝大の准教授として活躍していることを聞いて、内心忸怩たるものがあるのかもしれない。


 そもそも松島はなぜ異動したのだろう、と柊は考えた。教授へ昇格してのそれならばともかく、降格としか思えない待遇を受け入れた、もしくは受け入れざるをえなかった理由はなんなのだろうか。束原と上手くいかなかったのか、あるいは当時はまだ講師だった仁科に追い落とされたのか。


 学者の世界は、一般的な企業など比べものにならないほどに熾烈な競争社会であると聞く。いったん傍系に下れば研究環境も悪化し、かつての地位に復帰することは難しくなる。そしてそれはそのまま、研究成果という最終的な自身の評価に跳ね返ってくるのだ。


 松島はそのまま口を噤んでしまった。仁科の話題がよほど気にくわなかったのか。

 カレーを食べ終えるなり、松島は来客の都合などお構いなしに席を立った。まだ卵まみれの鶏肉と格闘していた柊は慌てて、先生、と呼び止めた。


「なんだ?」


 相手の都合も顧みず、勝手に押しかけてきたのはこちらだ。だから松島にも、わたしたちを好き勝手なペースで扱う権利がある。それでも食事の席に並ぶことを許したのならば、相手が食べ終えるまで席を立たずにいるのが穏やかな態度なのではないだろうか。

 いまはじめて柊の存在に気づいた――むろん、そんなはずはないのだが――とでも云いたげに、松島が片目を眇めて柊を見遣る。


「きみは?」

「先生」


 松島の不審を無理矢理摘み取ろうとするかのように真璃が口を挟んだ。


「お話の続きはお部屋で伺っても?」


 松島はすぐには頷かなかった。双子と柊を幾度か見比べ、なにかを諦めるための手順を踏んでいるような表情をしていたが、やがて、仕方ないな、と低い声で応じた。



「適当に座ってくれ」


 膨大な書籍と書類に埋め尽くされた研究室に戻るなり、松島が云った。もてなす気などないのだろう、本の一冊、書類の一枚動かすでもない。

 柊は己のことを棚に上げ、思わず顔を顰めた。

 これでも本人としては整理整頓されているつもりだ、という云い訳は、この部屋に限っては通用しないような気がした。もしそうならば、誰の目にも触れる可能性のある場所へ、縫合糸の痕跡さえ生々しいような写真を放置しておくはずがない。いくらここへ訪ねてくる学生や同僚が慣れているとはいえ、そう始終目にしていたいような代物でもないだろうに。


 私のほうから先にひとつ訊いてもいいか、と柊の無言の非難などものともせずに松島が問うた。


「今日はまた、なんだってこんなところまで?」

「こんなところって……」

「東京からはずいぶんあるだろう」


 穏やかな顔でいちいち嫌味な云い方をするな、と柊は小さく咳払いをする。さっきまでの穏やかな態度はどこへ行った。

 慌てて飲み込んできた鶏肉が喉の奥に引っかかっているような気分になる柊をよそに、松島は部屋の奥に設えられた自分のデスクの前に座った。双子と柊は、打合せ用に置かれた丸テーブル――とは名ばかりの書類置場――を囲むように腰を下ろし、松島へと視線を向けた。

 客人に茶を淹れるでもなく、自分ばかりが愛用のマグカップに注いだコーヒーを啜る松島は、最近は束原さんもずいぶん甘い指導をしてるんだな、と聞こえよがしに呟いた。


「どういう意味ですか?」


 真璃が質すと、松島はまたもや皮肉っぽく笑った。


「院生を同時にふたりも地方に遣るなんて。検案依頼が入ったら大変だろうに。私がいたころなら、院生は三百六十五日二十四時間解剖待機があたりまえだったよ」


 甘くなったのか、歳を取ったのか、という松島の言葉は、束原に対しさしたる思い入れのない柊をもかすかに不愉快にさせた。ましてや、彼を指導教授とする双子ならばなおさらではないのか。

 あまり器用な性質ではないのかもしれないな、と柊は松島の為人ひととなりを想像する。自分を教室から追い出した束原や、ライバルであった仁科に対する複雑な感情を隠すことができないのは、裏を返せば、悪質な嘘のつけない善良な男であることの表れだ。


「そういう云い方は先生らしくないですね」


 真璃が苦笑いしながら首を横に振った。

 そうかな、と松島も苦笑する。でもまあ、それが正直なところだよ、という声には自嘲の色が含まれている。


「きみたちをみていると、帝大時代を厭でも思い出すからかな。多少は刺々しい気持ちにもなる。私がここにいるのは、誰のせいでもないというのにね」


 それはつまり、松島自身になにかしら落ち度があっての異動だったということだろうか、と柊は首を傾げた。


「まあ、それは……」


 真璃が重ねて苦笑いするのを不審げに見つめていると、由璃がわずかに首を横に振ってみせる。口を挟むな、という彼の意図を正確に読み取った柊は、そのまま松島と真璃の会話を聞いていることにした。

 さきほどのお尋ねですが、と真璃が云った。


「こちらへ伺ったのは、先生にお訊きしたいことがあるからなんです」

「訊きたいこと?」

「一年半前の、うちの学生の事件のことです」


 松島の顔から笑みが消えた。


「と、いうと……」

「公衆衛生の柘植薔子さんが殺害された事件です」


 松島はマグカップを掌で弄ぶようにしながら、慎重な表情で双子の様子を窺っている。なにが訊きたい、と短く問う声には、これまで以上に強い緊張が含まれていた。


「柘植さんの解剖は、先生が執刀された。前立ちは当時助手だった秋山先生。記録にはそうあります」


 これは事実ですか、と真璃はずばりと尋ねた。


「記録にあるんだろう? なら間違いない」


 松島は淡々と答える。沈んだ声は、さきほどまでのどこかはしゃいだような無理のある態度との落差もあって、ひどく重たく聞こえた。


「本当に?」

「なにが云いたい?」

「記録には誤りがある。あるいは、漏れがある。そうではありませんか」


 松島は黙って両目を眇める。


「ここには、当夜いたはずの人物の名が記載されていない、そうでなければ、いなかった人物の名が……」

「ふざけたことを云うなッ!」


 突然の大声だった。柊は驚いて目を見張り、松島を見つめる。対して双子は驚くこともなく、先生、声が大きいですよ、誰かに聞こえるかも知れません、などと口々に窘めている。


「記録に間違いはない。執刀したのは私で、秋山くんが前立ちと記録に入った。あの日は学会で教授も仁科もきみたちもいなかった。人手がなかったんだ。なにもおかしなことはないだろう」


 口角泡を飛ばす勢いで松島が捲し立てる。


「瀬尾さんは?」

「瀬尾さんはどうです、先生。彼は東京に残っていたはずですが」


 瀬尾くん、と刹那、松島の目が泳ぐ。


「……知らない」

「ご存知ないわけがない」


 由璃の追い討ちにかぶせるように松島がかぶりを振る。


「連絡が取れなかったんじゃないか。記録に名前がないなら、そういうことだろ。覚えていない」

「知らない仲ではない、いわば身内の学生が殺された事件ですよ、先生。その遺体を解剖した、ある意味では捜査関係者と云ってもいいあなたが、その日のことを……」

「覚えてないものは覚えていない。こんな辺鄙なところまでご足労いただいてご苦労なことだが、お役には立てなかったようだね」


 なんの先生、あなたは十分役に立ってくださっていますよ、と柊は思った。


 松島は嘘をついている。


 しかも、とてもわかりやすい嘘だ。――彼は薔子が殺害された日のことを忘れてなどいない。

 なぜ松島は嘘をつくのか。

 もちろんそれは、嘘をつくことにメリットがあったからだ。なにかを守るため、なにかを壊すため。どちらでもいい、松島は嘘をつくことを選び、そしてそのとおりにした。

 口先だけでどうこう云うのではない。公的な記録に虚偽を記載した。いわゆる文書偽造という立派な犯罪行為である。

 そんなこと、松島だってもちろん理解しているだろう。彼は有能な研究者で、かつては帝大の教室で一定以上の地位を持っていた人物だ。

 それでも松島は嘘をついた。

 なぜか――。


 松島は唇を真一文字に引き結んでいる。なにがあってもこれ以上はなにも話すまい、という意思の表れのように思えた。

 かまいやしない、と柊は思う。

 松島が嘘をついた理由など、どうでもいい。

 問題は嘘の内容だ。


 彼はなぜ、瀬尾が薔子の解剖の現場に立ち会わなかった、などという嘘をついたのだろうか。


 もちろん、先輩にとって薔子は身内同然の、いや、身内以上の存在だったはずだ。彼女の遺体を前に冷静でいられるわけがない。

 先輩を解剖から外そうとした松島の判断に間違いはなかった。その証拠に教室の誰も、教授の束原でさえ、異を唱えなかった。

 けれど、それは嘘だった。瀬尾は薔子の解剖に立ち会っていた。


 なぜ、と柊は叫びたかった。

 松島に向かってではない。いまここにはいない、瀬尾に向かってだ。

 先輩は、薔子の解剖に立ち会ったことを、一度だって私に話してくれなかった。

 ――なぜ。

 積極的についた嘘ではないかもしれない。ただ、事実を口にしなかっただけかもしれない。

 けれど、それはとても重要な事実だ。

 解剖に立ち会ったのならば、先輩は薔子の死について、わたしが考えていたよりもずっと多くのことを知っているはずだ。

 先輩はそのことも、わたしに話してくれなかった。

 ――なぜだ。

 いますぐ東京へ戻りたい。戻って先輩を問い詰めたい。

 なぜ、いまのいままで本当のことを話してくれなかった。

 どうして、わたしに薔子の死の真相を探ろうなどと持ちかけた。


 なぜ、どうして。


 自分のなかでいくら繰り返しても答えなど返ってくるはずもないその問いの先には、さらにもうひとつ質したいことがある。

 もうほかに嘘はないか――。


 いますぐにここを出て先輩に会わなくちゃ、と柊は思った。会えないまでも、電話をかけて話を聞かなくちゃ。


 不意に左手に触れるものがあり、思考に没頭していた柊は驚いた。

 だめだ、と唇だけを動かしながら、由璃が手を握ってきたのだ。いまは松島の話を聞くときだ、と彼は云っている。


 柊は俯いた。由璃の云うことは正しい。そう、松島の話は最後まで聞くべきだ。なんのためにここまで来たと思っている。

 それに彼は、決定的なことをまだひとつも口にしていない。薔子の解剖に瀬尾が立ち会ったというのは、あくまでも柊の推測にすぎないのだ。いまは、――まだ。


 先生、とやけに硬い声で真璃が云った。


「先生がついている嘘は、ひとりの人の死の真相にかかわることです。そして、その嘘で守ろうとしている秘密は、もう秘密ではない。つまり、先生のなさっていることは無意味です。そのことをわかっていらして、なお……」

「私は、そうは思わない」


 世の中には、誰もが知っていたとしても、決して言葉に換えてはならないことがあると、私は思う。


 真璃の言葉を遮る松島の声は、さきほどとは打って変わってとても静かで、落ち着いていた。

 これは覚悟を決めた者の声だ、と柊は気がついた。よきにつけ悪しきにつけ、彼の気持ちはもう固まってしまったのだ。松島からこれ以上なにかを聞き出すことはできない。


「帰りなさい」

「先生」


 松島は拒絶の意を含む溜息をついた。


「どれだけここに居座ってもかまわないが、無意味だよ」


 真璃はやり方を間違えたのだ。意味深な言葉で動揺を誘い、怒りに任せた言葉を引きずり出すつもりだったのだろうが、すべては裏目に出た。

 真璃が思うよりも、松島の覚悟――守ると決めた秘密を誰にも明かさないこと――が強固なものだったと、そういうことだ。


「真璃」


 由璃も同じことを思ったのか、片割れに向かって緩く首を横に振った。


「でも、由璃……」

「もういい。これ以上、松島さんに迷惑はかけられない」


 帝大から退いたとはいえ、ふたりにとっての松島は敬うべき研究者である。社会的地位云々はともかく実績において、由璃と真璃は松島の足元にも及ばないのだ。どんな事情であれ、蔑ろにしていい相手ではなかった。

 申し訳ありませんでした、と由璃は腰を下ろしたまま、松島に向かって頭を下げた。


「きみたちは誤解をしているのかもしれないが……」


 さっきと同じ声音、つまり覚悟を決めた者のそれで松島が云った。


「私は自分の境遇を不満に思ったことはない。仁科くんのことを思えば、少しばかりおもしろくない気持ちは、もちろんある」


 あるにはあるが、と溜息交じりに吐き出し、准教授は苦く笑った。


「自分がなにをしたのか、してしまったのか、本当のところをわかっているのは自分だけだ。誰にでも話せることではないのかもしれないが、黙っていることでなにかが損なわれると考えたことはない」


 松島は気づいているのだ、と柊は悟った。先輩が薔子の解剖に立ち会った、そのことをわたしたちが知ったことに、松島は気づいている。

 そのうえで、それは事件にとって瑣末なこと、つまり、薔子の死の真相にはなんのかかわりもないことだと、そう云っているのだ。


 そうかもしれない、と柊は無意識のうちに唇を噛んだ。

 松島の抱えている秘密がなんであれ、瀬尾が薔子の解剖に立ち会ったことが、いまだ解決していない殺人事件の真相にかかわることだと思えば、いくらなんでも警察に本当のことを告げているはずだ。

 瀬尾が薔子に特別な感情を抱いていたとしても、そのことは解剖の結果にはなんの影響も及ぼさない。松島は――もっと云えば、束原や教室のメンバーらは――そう考えた。そして同時に、その考え方が世間の常識に沿ったものではないことにも気づいていた。

 だから隠蔽した。

 松島の抱える本当の秘密は――彼にとってはじつに都合のよいことに――、その巻き添えとなったのだろう。


「もしかすると、先生のおっしゃるとおりなのかもしれません」


 由璃が冷静な声で云った。


「けれど、おれたちはそうではないかもしれないと考えている」


 そのことはご理解いただけますか、と由璃は続ける。わざわざこんなところまでやってきて、先生に不愉快な思いをさせているのには、ちゃんと理由があるんです。


「先生はご自身の秘密を守りきった。ですが、おれたちだって空手で戻るわけにはいかない。これから、秋山さんに会いに行きます」


 松島の顔色がはっきりと変わった。柊は話の展開の見えぬまま、ふたりのやりとりを見守るしかできない。


「好きに、すればいいだろう」


 松島の声はかすかに震えていた。怯えているのか、怒っているのか、それは定かではないが、平静でないことはたしかだ。


「もちろんそうします」


 ふたりは睨みあうように目を見合わせる。緊張の糸を断ち切ったのは真璃のほうだった。


「では、これで失礼します、先生。突然の非礼をお詫びします。申し訳ありませんでした」


 松島はなにも答えなかった。彼の無反応にかまう様子もなく双子が席を立ったので、柊も慌てて倣う。

 だが、頭のなかは疑問でいっぱいだ。――終始一貫、なにがなんだかわけがわからない。

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