おひめさまのさんぽ(非魔法使い街編)
非魔法使い。魔法使いからは猿人と呼ばれ、社会的地位は低く、多くの国で特権からは程遠い立場にあり、唯一成り上がりのある協商国も結局は、コネや元金のある一部の人間以外は結局成り上がれず...とにかく酷い扱いの人々。
そんな世界の風潮の中で、魔法こそ至高と掲げる共和国においては、その扱いは当然の如く惨めに...はなってなかったりする。
多少型落ち品ではあるが、街はどこもかしこも魔法器具で近代化されており、魔法使いの街とそう大差のない快適性を誇り、街中では常にお掃除魔法器具「マルバ」がせっせと走り回っている。
無論、建物の質や、魔法器具の質は劣るが、それも別に差別心からではなく、非魔法使いの街は魔法使いの街よりも面積が広く、その全てにいき渡らせるには安い型落ち品にせざるを得ない事情もあったのだろう。
そう、共和国の非魔法使いに不便なところなんてない、すくなくとも生きてくうえでは何一つ無いのだ。
これでも満足しないとは、どれだけ欲深いんだと、魔法使いの連中は思っていることだろう。
別に善意で行ってるわけでもない、そんな連中にすら施しを与える余裕があるという、国家の見栄を見せているだけではあるのだが、それでも他国に比べれば遥かにマシであるのも事実であった。
「...この光景を、姫はよく見ているはずです。それでもまだ非魔法使いの扱いに不満なのですか?」
少し前のベルムンデ夫人との会話以降、未だに機嫌の悪いナターリア。
流石に、姫としての体裁もあるからか表には出していないが、側近にはバレバレである。
「日々の生活には困窮はしていない。今以上を求める者も全員とはいかずとも姫は自分の騎士団にそれらを招き入れて、今より良い暮らしをさせてあげたりもしています...まぁそれ頑張ってるのはユシスですが」
「それも姫様のわがままが無ければ、セイムに止められていたでしょう。そういう意味では姫様の功績ですよ」
「...そういうところよ」
「ん?」
「なんで私の騎士団に非魔法使いを入れたからってセイムに文句言われるのよ。そういう根の部分が気に食わないの」
「姫、ですが」
「それに、目に見えにくい部分は未だに彼らは苦しんでる。レームだって5年前を忘れたわけじゃないでしょ?」
「......」
「わかってるわよ、何もしない、何もできない私の言葉じゃ、なんの意味もないって事くらい。だから出来る範囲で色々して...」
と、話に夢中になっていると、ふと気づく。
周りの目線を集めまくっていることに。
「おい、あれやっぱりナターリア様とご一行だ」
「今日も来てくださったのね!」
「ナターリア様、こちらへこちらへ、良い肉がはいったんですよ!」
「なによ!こっちは収穫されたばかりの美味しい野菜があるんだから!」
そしてその目線の主たちが、ナターリアがナターリアであると確信した瞬間、津波のようにそれらが押し寄せてくる。
「ちょ、おまっじゃなくて皆落ち着いて!一人ずつ!一人ずつはなふぼっ!」
そんな、誰も彼もがナターリアに押しかける光景を、少し離れた場所からレームは見守る。
「いやぁ、相変わらず人気な姫だこと。最初のころとは大違いだ。感動的だなユシス...あれ?ユシスはどこい...あ」
「うぼあ!ひ、姫様ご無事でふげっ!」
よくみると人の濁流に呑まれるユシスの姿があった。
大方、ナターリアを傍で守るために突っ込んだのだろうが...
「やれやれですな」
「うえっぷ...食べ過ぎた...」
しばらくして、ようやくそれらを捌き切ったナターリア一行は、公園のベンチで休んでいた。
見える光景は魔法使いの街と変わらない。設置されてる器具も、子供が遊んでいる光景も。
「何も違わないんだよな...うん」
そう黄昏ていると、また見知らぬ誰かがナターリアに話しかけてくる。
今度は小さな子供のようで、満面の笑みをこちらに向けている。
「ナターリア様!いつもありがとね!」
「唐突だね坊や。何も感謝されることはした記憶ないんだけど」
「え?でもお父さんが、ナターリアさまのきふ?がなかったら僕はいきてなかったっていってたよ?」
「寄付...?」
命救うような寄付なんてしたっけな...?とか考えていると
「す、すみません家の息子が...!」
と、子供がナターリアに話しかけてるのに気づいてか息を切らすくらいの勢いでここまで母親がやってきた。
「あぁ、いいんですいいんです。ところで、この子の言ってる寄付ってなんの事でしょうか?」
「寄付...?あぁそれはきっと5年前のことですわきっと」
「5年前...ってことはアレのこと?」
統一歴1747年6月
協商国の一部港湾で、体調不良を訴える人々が突如増加。
それを皮切りに協商国のみならず、多くの国々で突如発生した未知の感染症によるパンデミックの事。
原因は協商国の東方植民地からもたらされた病であるというのが有力だが今でも詳細はわかっていない。
その感染症は数か月のうちに爆発的に感染が広がり、多くの人々が苦しみ倒れ、その当時発生していた戦争も、その全てが白紙講和で即座に終わるなど大きな影響をもたらしたのだが、幸い早期のうちに治療魔法が研究され、魔法使いの人たちは比較的早い段階でパンデミックは収まっており、被害もそう特筆するようなものではなかった。
問題は、魔法の使えない非魔法使いであった。
生み出された魔法で治療ができないどころか、そもそも普通の回復魔法すら使えないのだから、苦しみは多く、犠牲も当然多かった。
確かに、非魔法使いはただ生きてくだけなら不便はない。
だが、緊急時は真っ先に捨てられるというのもまた事実なのだ。
魔法が無ければ風邪一つ満足に治せない今の科学力ならなおの事である。
「あの時、ナターリア様は多くの魔法使いを率先して送ってくださいました。あろうことかご自身までこの街にいらして...」
「いや、あれは妹にお願いして人を用意してもらっただけで...家の騎士団はほら、ユシス脳筋だしそもそも部隊編成が...ってのは関係ないか」
「でも、そのナターリア様のお願いが無ければ妹様も動かれなかったでしょう?ナターリア様自身が来たという事実も変わりません」
私の魔法凄く手際悪かったんだけどなぁと自嘲気味にわらっているナターリアだが、どうあれして行動そのものへの感謝ならどう否定しても無駄だろう。
「私の息子もナターリア様が直接治してくれて...うちの夫も、それにこの街の多くの人々も。他の国では未だに後遺症で苦しんでいる人もいるんですから、皆感謝してます」
「おとーさんね、恩を返すって言ってナターリア様の騎士団にはいったんだよ!おとーさんがんばってるかなー?」
そう言われ、ナターリアは咄嗟にユシスにその真偽の確認の目配せをする。
「...お父さんがどなたかはわかりませんが、あの一件以降、入隊希望者が多いのは事実ですよ、姫様」
「人気ものじゃないですか姫。よかったですね」
いやあの時はあんた達も...と思ったが、まぁもういいやとナターリアは母親たちの方に顔を戻す。
「でしたら、もう感謝は充分すぎるほど貰ってますわ。命の奉公を貰っておきながら、それ以上を求めては貴族共と何も変わらなくなってしまいます」
「勿体ないお言葉を...兎に角この国の非魔法使いの人々は皆優しく接してくださるナターリア様に感謝しています...これからもよろしくおねがいします」
「えぇ、よろしくされました」
「普段はあんなだらけているのに、非魔法使いが絡むといっちょ前に姫をしてるんですから、よくわかりませんね」
「あら、私もレーンやユシスとは長い付き合いだけど、未だにこんな物好きについてくる貴方達が分からないわね」
「あら、では今度じっくり話し合う必要がありますね?...っと、そろそろ時間ですね。名残惜しいですが」
「そうね、いつまでも居続けたら、皆遠慮しちゃうでしょうし...次、行きましょうか」
アルレード戦記 多良子 @tarako_yozakura
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