おひめさまのさんぽ(魔法使い街編)

 セイムの視察を終え、議場を後にする三人が次に向かったのは一般人が住み、生活している住宅街である。

 俗に言う慰問活動みたいなもんだが、ただ街を歩くだけで良い分一番気楽な公務でもある。

「だからと言って、あんま気を抜きすぎないでくださいね」

 なんて考えを見透かしてかレーンに釘を刺される。


 とは言っても、ただ街を歩くだけなのもめんどくさいので、今日は近くの公園で休みながら子供連れでも眺めてのんびりすることにした。


「良いのですかね、こんなゆっくりしてて」

「どうせ、何してたかなんてまともに確認する奴もいないんだし、こんなんでいいでしょ」

 王になりたいだとかなんだとか考えてる兄上やら姉上やらと違い、何の責任も無いナターリアにとって、公務なんて如何に楽に終わらせるか以外の意味なんてありはしない。

「ほら、ユシスとレーンも座って座って。私だけ立ってるんじゃ、なんか偉そうな奴みたいじゃない」

「いや、姫様は偉いのでは...?」


 結局、3人そろってベンチに腰を掛け、のんびり風でも感じながら噴水とその周りで遊ぶ子供を眺めていると、

「おや、ナターリア様ではありませんか」

 如何にも貴族感のある女性が話しかけてきた。

 どこかで見たことあるような気がするが全く思い出せないぞ...?とか思っていると

「おや、ベルムンデ伯爵夫人。こんなところで奇遇ですね」

 と、咄嗟にレーンがフォローに入った。

 いやぁ、優秀な部下がいるとは良い事...ん?ベルムンデ、ベルムンデって軍関係の苗字だったような...?

 なんて、考えながらも結局思い出せないナターリアを置いといて、恐らく内心呆れているであろうレーンが会話を繋げ続けている。

「最近は主人も忙しそうで中々家に帰ってこられないんですよ。でも家に一人でいても寂しいでしょう?だから最近よく、散歩してるんだけど」

「ご主人は確か、西部方面軍の司令官でありましたな。先ほどセイムでも議題にあがっておりました」

「まぁ、そうですの。公務だから仕方ないとはいえ、あんな落ちぶれた国のせいで家族の時間が失われるのは寂しいものですわね...」

 と、ここまで聞いてようやく思い出す。

 ベルムンデ家と言えば西部方面軍の司令官で、代々一族の男児でその地位を世襲してきたとかなんとか。

 要するにコネで生きてきたあんま良い印象の無い家だ。

 あぁ、でもユセフが今世のベルムンデ家長男は優秀とか言ってたような...?

 結局一人考え事に囚われるナターリアだったのだが、

「ところで、ナターリア様はさっきから何もお喋りになりませんが...具合でも悪いので?」

 流石にレーンの時間稼ぎも限界がきたようだ。

「え?あ、あー。ごめんなさいね、今日の公務で少し疲れてしまってて...」

「おや、ナターリア様の公務は殆ど無いも同然とよく噂されてますが、今日は違ったので?」

「イヤソンナコトナイデスヨー」

 嘘で切り抜けようとするが、騙すどころか煽られる始末。

 暇で仕事してるあんたも大概だろうが...!と内心思いながらも笑ってごまかすナターリア。

 なんでそんなバレる嘘つくんですか...と呆れるレーンの顔に更にいらつく。


「そういえば、ナターリア様の噂と言えば。未だに猿人共と関わっておられるって本当ですの?」

「...猿人?」

「栄えあるクオーリアの王女が、あんな連中と関わってるというのはあまり良い印象はないでしょうから、お止めになったほうがよろしいとおもいますわよ?」

 猿人とは、魔法の使えない人に対して、魔法使いから向けられる蔑称のようなもの。

 大陸各地、どこでも使われており、この呼び方をされないのは精々協商国くらいか...まぁあそこも別に非魔法使いの待遇が良いわけじゃないが。

「あら、それは余計な心配というやつですよ夫人。彼等は共和国の立派な国民で同胞です。それと関わることでクオーリアの威信が落ちるだなんて、共和国はそこまで脆い国でしたか?」

「姫...?」

「ナターリア様も冗談がお上手で。夫はいつも肉壁にしかならないだなんて笑って言っておられてすわよ。おほほほほ」

 別に、この夫人が言ってることが極端なのではない。多かれ少なかれ魔法使いから見た非魔法使いなんてこんなもんだ。

 それを私は理解している、そしてそれに文句を言ったところで相手の態度が変わらないことだって知っている。

「すみません夫人、そろそろ次の要件がありますので。ねぇ姫」

「ん...あぁもうそんな時間ね。では夫人またいつか」

 機嫌が悪くなってたことを悟ったのか、適当な理由でレーンが切り上げ、3人はそれぞれ礼をし、この場を立ち去ることにした。


「ほんと、どうしてこうなのかしらね」

 次の目的地の道中、ふとつぶやく。

「事実、非魔法使いにできて魔法使いに出来ないことはありません。堕落してる姫ですら武装している非魔法使い30人程度なら蹴散らすでしょうし、ユシス殿なら」

「やれと言われれば100人程度は相手に出来ましょうな」

「それは理解してるわよ」

 納得できないだけで。

「まぁ姫が何を言われたところで、その魔法使いの恩恵にあやかってぐだぐだしてる連中には響きはしないでしょう」

「無駄とわかっていても、口答えしなきゃ満足できない性なのでしょうけど」

「......」

 こういう時のレームは非常に性格が悪くなる。

 ユシスもあくまで武力からしか守ってくれないし、こうなると私は、黙るしかなくなってしまう。

「まぁこれでも共和国はマシな部類です。魔法使いの驕りか何かでしかないのでしょうけど、ただ生きて生活する分には彼らは困りはしませんし」

「だから、わかってはいるの。そんなつっついてこないでよ」

「失礼。しかし姫はこと軍事と非魔法使いに関してのみやけに気にされるので、ついついね」

「どうして姫がそこまで拘ってるのかはわかりませんが、まぁあまり周りを敵にするような発言や態度はお控えください。ただでさえ姫は印象わるいのですから」

「わかってますって。もう次の目的地に着くまで黙ってなさい」

「残念ですが姫様。もうついたようです」

「...はぁ」

「では、次は姫の大好きな非魔法使いの住む街の視察ですな。いやはや楽しみですね」

「楽しかないわよ...」

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