「エンバーミング」

低迷アクション

第1話



沖縄に住む友人の父は、若い頃、ベトナム戦争下の米軍基地で仕事をしていたと言う。

アメリカが建国以来、初めて負けたこの戦争は、帰還兵によるベトナム後遺症、枯葉剤、

地上戦アレルギーなど、多くの問題を生み出し、今だに、映像やメディアで取り上げられ

続けている。


戦争の主体は、沖縄の米軍基地だった。爆撃機の発着、補給や兵員輸送、戦死者の

遺体は、沖縄を経由して、米国本国に還される。


この遺体を修復する“エンバーミング”の作業に、多くの日本人が関わった。

高額の仕事内容と言う事で、様々な年代の人間達が集まり、遺体を扱う業務に従事した。


死体は必ずしも五体満足と言う訳ではない。頭や腹を撃ち抜かれたのは比較的マシな方で、

大半が爆弾や機関銃で粉砕されたモノ…


それら、手足や頭がない体に綿を詰めたり、縫い合わせたりする作業である。


ほとんどの者は、死体の惨状と臭いで、嘔吐してしまう。すると、米軍の担当官が怒声を上げ、吐いた者を殴り飛ばす。床は血と蛆、吐しゃ物で埋まってしまった。


2~3日は地獄絵図…家に帰っても、食事が、特に肉は喉を通らない。友人の父も例外ではなかった。


1週間、ひと月が経ち、どうにか、吐き気だけは堪える事が出来るようになった頃…


“妙な死体”


が戦地から運ばれてきたと言う…



その日の仕事内容は開始から異様だった。


「これは、敵から拷問を受けた死体なのか?」


隣で呟く仲間に同感の意を示す。目の前の作業台に載せられていたのは、腹の中身が全て

無くなっている死体、腹の主である白人男性の目は驚愕で見開かれている。


「牛刀とかかもな。でも、これは腹の中を見たっていうより、引き裂かれた感じだぞ?」


「お前等もか?こっちの仏さんもそうだ。首をスッパリ…すげぇな」


他の作業班の仲間も話に加わる。今まで見てきた銃弾や、白兵戦で付けられた傷とは違う

“異様な死に様の死体達”だった。


興奮し、喋る仲間達の後ろで、


「Shit!(クソッ)」


と言う英語が響く。振り返った友人の父は、その時見たモノを一生忘れる事が出来ない。

死体の傍から米軍の担当官が飛びのくような動きを見せていた。彼の腰に装着されている、

45口径のホルスターには、しっかりと彼の手が収まり、今にも引き抜かれそうだ。


そして、目の前の死体は…


「う、動いてる」


生唾を飲み込む仲間の言葉で、全ての説明がつく。血濡れの死体が上下に動いていた。

生き返ったのではない。あれは、まるで…


体の内側から、何かが突き上げている…


そんな感じだった。


仲間と自分が動く前に、日本人の群れを押しのけた、大型のボンベと、AR小銃を構えた

ガスマスクの兵士達が、件の死体に殺到し、こちらの目から隠す。


呆然とする友人の父達の前に、曹長の襟章を付けた兵士が立ち、一言告げる。


「キョーハ、オシマイ、カエリナサイ」


驚きながらも、全員が基地を後にした。自分達は良くないモノを見た。そう確信したのは、

いつもの倍以上に支払われた日当の額だ。


次の日から、異様な死体のエンバーミングはなくなった。後日、英語のわかる仲間が、

死体の検死資料を盗み見た内容を話してくれた。


「連中の敵はベトコンかグーク(小鬼の意、アジア人の差別的な言い回し)なんて書いてあるが、あの死体の記載は、違う言葉だった。


“ラクシャサと交戦”


ラクシャサなんて、聞いた事がねぇ…」


当時も、戦争が終わった今でもわからないと友人の父は言う。話を聞いた私は、

彼に、こう伝えた。


“ラクシャサとは、サンスクリット語で、鬼や怪物、鬼神を表す言葉”


だと…


友人の父は、一瞬目を剥き、絞り出すような一言を呟く。


「アイツ等、一体何と戦ってたんだ?…」…(終)

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「エンバーミング」 低迷アクション @0516001a

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