第6話 モノクロの奏者
大衆の面前で悪事が曝露されることになったウェリックス公爵は、「罪人を罰しろ」という人々の声に背中を強く押されていた。
クレイドもここまでは想定できていなかったとはいえ、正常な社会ならば遅かれ早かれこうなっていたはずであり、当然の報いだろうと思った。
リェティーがクレイドのそばへやって来て、ミセス・ヴェルセーノに責められているウェリックス公爵へ視線を向けた。
「お兄さま。この人のせいで、大切な命を奪われた人がたくさんいるんですよね」
「……うん。リェティー、何か公爵に言いたいことはある?」
「いえ。私の分まで、すべてイゼルダおばさまが言ってくれましたから」
ミセス・ヴェルセーノは立ちすくんだアシル・ウェリックスに近寄ると、穏やかに弟の名を呼んだ。
「ねえ、アシル。恥晒しならもう十分さ。あとはしっかりと罰を受ければいい」
その言葉に救いを求めるように、アシルが縋るような目で姉イゼルダを見た。
「姉上……。やっぱり、姉上は――」
「たとえ極刑を受けることになっても、私は庇ってやれないがね」
公爵の最後の希望は、もっとも信頼を寄せる姉によって砕き落とされることとなった。
ミセス・ヴェルセーノは、アシル・ウェリックスを取り巻く騎士らの方をぐるりと見た。
「ほら、早くアシルを連れて行っておくれ! 処遇はあとだ! それまで見張りをつけて地下牢だよ! ……私もウェリックス家が安定するまでは協力する。身内としてそれくらいは果たすさ」
アシル・ウェリックスは青白い顔で、地面にへたり込んだ。
すべて自分の望むがままに人生を歩んできた彼にとって、これが最初で最後の絶望になるであろうということは、これを見た多くの者が察していた。
戸惑う騎士らに両側から腕を掴まれて立たされたアシルは、不可抗力でおぼつかない足を前進させていった。
――姉上、と小さくつぶやきながら。
「さあ。クレイド、リェティー、ロディール。こっちにおいで」
ミセス・ヴェルセーノの突然の呼びかけに、三人は互いに顔を見合わせた。
ロディールは一歩下がると、遠慮がちにクレイドとリェティーの背を軽く前へと押す。
「……悪いけど、俺はここには入れないかな」
ミセス・ヴェルセーノはロディールに穏やかな笑みを向けた。
そして、言葉を発することもなく、唐突にクレイドとリェティーを大きな腕で包み込んだのだ。
「ミセス――⁈」
「おばさま――⁈」
「……あんたたち、本当にありがとうね」
ミセス・ヴェルセーノの言葉はたった一言だったが、温かさにあふれていた。
身をすべて委ねたくなるような安心感に、クレイドは自然と力が抜けていくのを感じた。
話したいことは山ほどあるが、これからは身を隠すことなくゆっくりと話ができるのだから、そう焦る必要もないだろう。
クレイドはそっと目を伏せた。
「……ご無事で本当に良かったです」
「ああ、本当にありがとう。大変だったろうに。……リェティーもよくここまで頑張ってくれたね」
ゆっくりとミセス・ヴェルセーノの身体が離れていくと、彼女の双眼が二人に交互に向けられた。
「さて。クレイド、リェティー。今この場を取り持つためには何が必要だと思う?」
あまりに突拍子もない質問に、クレイドはすぐに頭が働かず、目を泳がせた。
一方のリェティーは、目を輝かせながらミセス・ヴェルセーノを見上げていた。
「……おばさま! それは、音楽ですか?」
ミセス・ヴェルセーノは一瞬驚いたように目を開くと、すぐに笑みへと変わった。
「ああ、そのとおりさ。よく分かったね。まだ広場に人がいるのに、演奏会を中途半端にするわけにはいかないだろう?」
リェティーは思い切り頷くと、横に立つクレイドを見上げる。
それと同時に、ロディールが背後から一挺のヴァイオリンを差し出した。
「ほら。さっきは演奏の途中だったろ? あの瞬間、すごく不思議な感覚がしたんだ。やっぱり、スベーニュにはクレイドの音がないとなって思った。……ほんと、稀代の演奏家だよ」
クレイドはどこか肩身狭そうに苦笑を浮かべながら、小さくため息をついてヴァイオリンを受け取った。
「俺はただの弦楽器職人だよ」
――でもまあ、俺の演奏を望む人がいるのなら、それを全うするのもまた俺の仕事なんだろう。この先も、おそらくずっと。
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