第6部 モノクロの奏者
第1話 抒情詩人の芝居(1)
「残る時間はわずかとなりて、我らの悲しみは募るばかり。力ある者の罪を裁くことができるならば、どれほど嬉しきことか。願わくば、どうか大衆の御心が我らの救いとならんことを――」
すでに深夜となったスベーニュの街で、青年はたった一人、楽器をボロンボロンと響かせながら詩を詠い歩いていた。
飲んでもいない酒の香りを衣服から漂わせて、ただふらふらと酔いが回ったように歩く。
「おい、そこの男! その場を動くな!」
ランタンを持って近づいてくる二人の男。
夜警の人間だろう。ぼんやりと照らされた彼らの顔を見て、これはまた随分と年の差がありそうだと青年は思う。
どうやら不審者として見られているようで、楽器を弾くのをやめて立ち止まることにした。
「何をしていた?」
若い方の男が訊ねた。
「見てわかりませんか? 私は詩人であり、悲しみに憂いていたのです。明日、罪を犯していない知人が罪に問われるかもしれないのです。……この状況で、黙ってなどいられるでしょうか?」
男たちは顔を見合わせた。
「そうは言っても、我々はそんな話を知らされていないが。何の罪を犯したんだ?」
その言葉を聞いた青年は、心の中でふっと笑った。
やはりこれは公爵周辺の人間のみで秘密裏に計画されているらしい。
「全てはウェリックス公爵の陰謀に過ぎません。公爵が少女を誘拐しようとしていたため、私の知人が少女を助けて匿っていたのです。……ところが、そのせいで逆に誘拐犯として仕立て上げられてしまって」
「それは災難だったな。だが、我々にはどうしようもない。そもそも、公爵がそういう人間だとは聞いたことがないが?」
「彼は表に顔を出さない人間ですから。人物像は謎に包まれていることでしょうな」
青年は同年代の相手の顔を見据えて、言葉を続けた。
「……まさか、あのウェリックス公爵が自分の姉に罪を着せようとする人間だなんて、誰も思わないでしょう」
すると、年長の男が怪訝そうに眉をひそめた。気になる言葉があったのか、腕組みをして青年の顔をじっと見る。
「一体どこでその話を聞いたのだ?」
「実際に会話を耳で聞いてしまったのです。先ほど酒場でこの話をしていたところ、やはり他にも聞いた人がおりました。明日の日没の鐘とともに罪が告知されるようで。……どうか私の知人を救うためと思って、明日は広場へお越しいただけませんか。その時、必ずや真実が明かされることでしょう」
男性らはこの話の信憑性を疑っているのか、小さく唸っていた。真実に少しの嘘を織り交ぜて話しているのだから、それも当然だろう。
年長の男が一歩前に出て、青年を真っ直ぐに見返した。
「どうすることもできないが、念のため、今の話はできる限り共有しておこう。本当に罪が告知されるのなら、日没に合わせてトランペッターがそれを民衆に知らせるはずだ。窮地に立たされているのが君の知人なら、見世物にされたくないのも当然。罪を犯していないのなら、なおさらだろう。……逆らうわけにはいかないが、せめて真実を早めに周知することで、何かが変わると期待しよう」
ずっしりと重みのある言葉だけに、口先だけとは到底思えなかった。
口元に温かな笑みを浮かべた男性は、空いた右手をすっと差し出して握手を求めた。青年は動揺したように男の顔と手を交互に見た後、少し気が抜けたように表情を柔らげて、その手を握り返す。
「なんと感謝を申し上げれば良いものでしょう。……ではぜひ、この真実を伝える際に言葉を添えていただけませんか。演奏会を楽しみにしていてください、と。期限は迫れど、私は真実を大衆に伝える努力を致す限りです」
そう言って青年は頭を深々と下げた。
二人の男と別れた後、青年は再び楽器をボロンと鳴らして歩き始めた。
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