第5話 策謀と実行(2)

「まず大事なことは、奴に広場での告知をさせないことだよね。その告知が真実でないにしろ、大衆に聞かせるのはさすがにまずい」

 レオンスの言葉に、三人はただ頷いた。

 クレイドは煮えきらない顔でレオンスを見る。

「それをさせないために、策を講じるわけですね?」

「そう。明日のウェリックス野郎の告示と同時刻に、演奏会を開くんだよ。大衆の目をこっちに集めて、真実を暴露する」

 ウェリックス公爵相手だからなのか、レオンスは珍しく気張っているようにも見えた。

 クレイドはロディールに視線だけ向けて意見を求める。

「ま、まあ話は聞いてみようぜ。クレイド」

「……分かった」


 クレイドの声を最後に地下室内が一旦静まると、レオンスは再び話を始める。


「奴が広場でリェティーちゃんやクレイドの姿を見たら、さすがに無視はできない。その瞬間、奴は戸惑うだろうから隙ができるはずだよ。そうすれば、イゼルダさんを救うチャンスを作ることができる」


 その意味は確かに理解できなくもない。だが、これは机上の空論であり、実際にこれが上手くいくというのは期待しすぎだろう。

 クレイドは至ってまじめに考えたうえで、否定的な意見を出す。


「そもそも、一般人が演奏しただけで大衆の目を引くことができるとは思えません。非難されるのが目に見えてませんか?」

「そう? クレイドは自分の実力分かってない節があるよね。村で演奏聴いたときに思ったけど、正直、ウェリックス野郎が一目置くだけのことはあるよ」


 このタイミングで褒められても――とクレイドはそっと視線を横にそらす。

 ロディールとリェティーが互いにうなずきあって同意を示すが、論点がずれてきているようでクレイドは顔をしかめた。


「……と、とにかく。うまくいったとしても、それでウェリックス公爵が手を引くとは思えない。むしろ怒ると思う。それどころか、公爵が広場にやって来たら、俺たちこそ大衆と化しますよ」

 それにはロディールも同調する。

「確かにな。同時刻に演奏会を始めようとする俺たちを見つけたら、ウェリックス公爵は俺たちを排除するかもしれない。……それだけの権力を持ってるんだよな、相手は」


 クレイドとロディールの否定的な意見が立て続けに出て、レオンスは小さなため息をついた。


「なんでそんなにネガティブなわけ? 気持ちは分からなくもないけど、それは単純に普通の演奏会をやった場合の話だよね」


 クレイドはロディールと顔を見合わせた。

 レオンスは椅子の背もたれに寄りかかり、笠木に左肘を乗せる。乾いた笑みを浮かべながら。


「あはは。その顔、全然信じてなさそう。まあいいけど。……俺は、名のある人たちに演奏者として協力してもらうことが望ましいと考えてる。クレイドなら知り合いとかいるでしょ?」


 クレイドは絶句した。それこそ無茶ぶりである。


 クレイドの声にならない反応をよそに、レオンスは大きな態度で話を続けた。

「やってみないと分からないよね。あと足りないものは、真実を受け止めてくれる大衆――つまり証人となる観客ってわけだ」

 クレイドは無言のまま、顔がじわじわと不満の色に染まっていった。

「待って待って。怒らないでね? 方法ならいくらでもあるんだから。観客集めなら俺でも十分役に立てるだろうし」


 その言葉を聞いて、一瞬、クレイドは自身の感情に疑念を抱いた。

 よく考えてみれば、レオンスは普段と変わらず余裕を見せている。つまり――クレイドはふと遠くを見るような目でレオンスの姿を見た。

 もしかすると、彼にはこの策を成功させるための道筋が既に見えているのかもしれない。

 そうでなければ、ここまで自信を持って言えるだろうか。



 クレイドが一転してレオンスに賛同しようと口を開こうとしたとき、黙って話を聞いていたリェティーが椅子から立ち上がった。無音の空間をゆっくり歩き、相変わらず態度の大きいレオンスの目の前で立ち止まる。

 見下ろされたレオンスは、何となく姿勢を正してリェティーに向き直った。


「私は、おばさまを助けるためならレオンスさんの作戦に賛成です。私にもできることはありますか?」


 レオンスは一瞬驚いたように目を丸くすると、にやりと笑った。


「さすがはフェネット家のお嬢さんだ。もちろんできることならたくさんあるよ。これから四人でやるべきことを話し合おうか」


 ようやく話が綺麗にまとまりそうなところで、ロディールが重々しく口を挟んだ。

「その前に、ひとつだけ聞いてもいいですか」

 ロディールに全員の視線が向けられる。

「何の策も出していない俺が聞くのもおかしいかもしれませんが、どうしても確認したくて。……この作戦が成功すれば、クレイドやリェティー、イゼルダさんは安全に暮らすことができるようになると思いますか?」


 ロディールの真剣な様相に、レオンスは笑うこともせず、一度目を閉じてゆっくりと開いた。


「『絶対』、『必ず』とは言わない。なぜなら、それは俺が未来を知り得る神ではないから。……でも、そうなるように俺は全力を尽くすつもりでいるよ」


「なぜそこまで? あなたがウェリックス公爵に反発するだけの十分な理由があることは分かりますよ。でも、俺たちを助けるためにそこまでやる理由があるとは思えなくて」


 レオンスは息をついて腕を組むと、わずかに視線を泳がせた。


「まあ、それは純粋に仲間だと思っているから、と言うのが一つの理由。もう一つの理由は、偽善的な罪滅ぼしかな。後者の方が俺らしいかもしれないけど、両方とも嘘はない」


 ロディールは怪訝そうに眉を寄せていたが、クレイドにはその意味が何となくわかったような気がした。

 彼自身が罪滅ぼしをする理由はないはずだが、おそらくフェネット家を救うことができなかったことに、多少なりとも後ろめたさを抱えているのだろう。リェティーを前にしたときのレオンスの態度がどこかぎこちないのは、きっとそのせいだ。

 だが、レオンスの言葉を噛み砕いてロディールやリェティーに伝えるということは、レオンス自身もおそらく望まないはずである。



「あと、不安そうな顔の君たちには念のため先に言っておくけど、俺にはもう一つの奇策がある。でもこれは俺一人で遂行すべきことだし、ウェリックス野郎への置き土産にするつもり。……だから、今は話せないけど、ちょっと許してほしいかな」


 正直なところ、その言葉がクレイドをもっとも不安にさせたのだが、彼の本音を聞いたあとともなれば、この作戦の成功を信じて行動することもやぶさかではない。


 ただ、言いたいことは一つだけ。



 ――誰にも話すことのできない奇策って、大丈夫なんだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る