第2話 情報屋の嘘(2)

 クレイドはアルディスと顔を見合わせたあと、ゆっくりと口を開いた。

「……妹さんが、本当のことをウェリックス公爵に話してしまったんですか?」


 レオンスの妹がウェリックス公爵に殺されたという話は既に聞いている。正気を疑うようなことではあるが、あの公爵は人間なのだ。


「ざっくり言うと、そうだね。……アルディスはどう?」


 レオンスは焦らすように郵便屋のアルディスにも答えを求めた。

 唐突な振りを受けたアルディスは、分かりやすく慌てふためきながら、回答がまとまらないまま口を開く。


「……えっと、無理やり口を割らせた……とかですか?」


 レオンスは口もとに笑みを含ませたが、クレイドは一瞬だけ彼の表情が儚げに揺らいだのを見逃さなかった。

 正解を当ててもらえたことへの安堵か、それとも改めて事実を突きつけられたことによる動揺か。若しくは、その両方かもしれない。


 レオンスは、まるで眠る前の子供に詩を聞かせるような声で、その続きを語り始めた。


「そう。あの日、父が不在の時にウェリックスが店にやって来たんだ。店には俺と妹の二人きりだった。俺が店の中にはいらせないように精一杯拒否してたら、騎士の奴らに口を塞がれた。そして、ウェリックスは妹にこう尋ねた。『お父さんから報告の手紙が三回届いたよ。三回目は先週だった。情報屋の仕事は順調そうかい?』とね。妹は怯えながら『分からない』と答えた」


 彼は一度言葉を止めたが、誰とも目を合わせることもなく、黙って下を向いていた。


「そして、次にウェリックスは『お父さんはどれくらい家に帰ってきてるの?』と訊いた。だから妹は『一回だけ帰ってきた』と答えた。『最近はいつ?』と訊かれて、『だいぶ前』って答えたんだ。……そしたら、あいつは顔を曇らせたよ」


 レオンスはため息をつきながら、やれやれと首を左右に振る。

 一見すれば普通の会話のようにも聞き取れる。

 だが、あのウェリックス公爵のことだ。おそらく想像を超えるほどの態度を示してきたのだろう。


「妹の言葉を聞いたあいつは、父が一回目は家に戻って手紙を書き、二回目以降はフェネット家の屋敷で手紙を書いたんだろうと推測したんだ。情報収集先で腰を下ろして手紙を書くなんて、よほど危機管理能力が低いか、若しくは共謀していたくらいしか考えられないでしょ? 俺たち兄妹は祖父の援助を受けながらの生活だったから、父は必要時にはいつでも家に帰ることができたはずなんだよ。でも、その権利を行使しなかったんだ」


 咄嗟にクレイドが口を挟む。

「でも、ウェリックス公爵は妹さんの言葉をすぐに信用したんですか? それだけでフェネット家と共謀していると疑われて?」


「子供の言葉はたいてい素直だからね。そして、父の行動が疑われたことによって、必然的に手紙の信憑性も低いものと判断されたわけだ」


 クレイドはまたもや背筋にぞくりと悪寒が走る。

 どこか他人事には思えない話に、次はおまえの番だと言われているような気さえした。 


「父は虚偽報告をした罪に問われた。フェネット家当主は共謀罪として刺客に暗殺されて、当主の娘が一人捕虜となり、他の者は路頭に迷ったか亡くなったと聞いている。……ただ、お孫さんだけは所在不明の扱いだったけどね」


 レオンスの視線がクレイドに向けられた。

 今ちょうどリェティーの姿を思い浮かべたところで、クレイドはゴホンと軽く咳払いをする。


「俺の父は逃げるようにバラッド村に戻ってきたよ。でも、ウェリックスは残酷な手法を取りやがったんだ。妹を人質にして、父に向かってこう言った。『あなたの嘘がバレたのは、あなたの娘のせいだ』とね」


 クレイドは胸が苦しくなり、押さえるように右手を当てた。怒りを通り越して、強い悲しみを感じる。

 罪もない人間が、一体どうして――。


「……ひどいよねえ。村の集会所の前で妹は公開処刑さ。おかげさまで、父は俺に真実を伝えた後に狂死したよ。そりゃ狂いもするでしょ? 実際、そこまでが奴の目的だったみたいだし。妹を巻き込みやがって、俺としちゃあ怒り心頭だよ」

 レオンスはやり場のない感情を笑顔で流した。

「そういうわけで、俺はウェリックス野郎やその周辺のことを調べていたから比較的詳しいんだよ。……ただ正直、所在不明のお孫さんを助けたのがクレイドだったとは知らなかったから驚いたけどね」


「最初は別の家の養子だったんです。でも、こうして真実を知った今、俺はあの子を救うことができて良かったと心から思います」


 クレイドが発したという単語を、レオンスが独り言のように復唱した。

 そのまま口を噤んだかと思うと、突如として好戦的な笑みを浮かべたのだ。


「……ああなるほどねえ。ウェリックス野郎がその子の捜索願を出したのはやっぱり間違いなさそうだ。あの野郎、リェティーちゃんが今でもフェネットの苗字を名乗っているかどうかまでは分からなかったんだよ」


 クレイドは、ハッと息を呑んだ。

 確かにレオンスの話を聞いた後だと、彼のこの推論を否定する理由を見つける方が難しいかもしれない。


 レオンスは組んだ両手を顎の下に置いた。その双眼が見据えているものは、過去ではなく先の未来だ。

 

「この件については、俺も一矢報いてやりたいと思ってる。まずは、イゼルダさんとリェティーちゃんが一緒にいるのは危険だろうから、スベーニュに着いたら策を練らないとね」

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