第2話 情報屋の嘘(1)

 レオンスは床板に空いたわずかな隙間をじっと見つめながら、声を低くして話し始めた。


「今から八年前、俺の父が一つの情報提供依頼を受けたんだ。俺自身はまだ情報屋として自立していなかったけど、俺も少しだけ協力した仕事だよ。依頼人はウェリックス野郎だった。どうやらアルマンのフェネット家にご執心のようで、逐一報告を寄越すように指示されたんだ。理由は聞かされなかったけどね」


 クレイドはウェリックスの名を聞いた瞬間、表情をわずかに曇らせた。

 レオンスがそれに気づいてクレイドに視線をちらりと向けるが、すぐに下に戻す。


「……クレイドなら知ってると思うが、あいつの指示は命令も同意だ。父はフェネット家の内部事情をよく知らなかったから、しばらくは楽師という身分で潜入して、雇われることになった。特にフィドルの腕が立ったから、採用されてすぐに重宝されたらしい。まあ、フェネット家は芸術方面にかなり優れていて、気が合ったのもあるだろうけどね」


 クレイドとレオンスの目が自然と合ったが、先にクレイドの方から逃げるように視線を逸らした。


 バラッド村でのフィドル演奏にレオンスが妙に関心を寄せていた理由が、クレイドは今になって分かった気がした。

 さらに、リェティーがヴァイオリンの音を聴く力に優れていたことも、フェネット家が芸術方面に強いと聞けば納得がいく。


 レオンスは小さなため息を漏らすと、話を続けた。


「父は仕事として一度だけウェリックスに軽い情報を流しちゃったけど、それを続けていくことに強い罪悪感を感じた。……フェネット家の人々は善人すぎたんだよ。だから、父は自分がやってきたことを全てフェネット家当主に打ち明けたんだ。自分がバラッド村で酒場と情報屋を営む者であること、ウェリックスに情報提供を指示されたということをね」


 クレイドにはすぐに返す言葉が思い浮かばなかった。

 レオンスの父がウェリックス公爵に加担した事実を消し去ることはできないが、フェネット家当主に真実を赤裸々に明かしたと聞けば、誰であっても彼を強く責めることはできないだろう。


 クレイドはただ一言つぶやく。

「……レオンスさんの父親は、とても善人な方だったんですね」


 レオンスは少し驚いたように目を開くと、何も言わずにただ肩をすくめた。


 それ以上の会話が続かなかったため、今度はクレイドの方から続きを促す。


「それで、フェネット家の当主はどんな反応を……?」


 レオンスは待っていたかのように、ふっと含み笑顔を見せた。


「『それでいて楽師の才能もあるとは、なんて羨ましい』と笑いながら答えたらしい。……父は拍子抜けしたみたいだけど、一緒になって笑い合った。それから二人は本物の友人になり、共謀して嘘情報を流すことにしたんだ。奴の嫌な部分は互いに理解してたし、ある意味で被害者同士だったわけだ。当然ながら、正義もこっちにあるしね」


 嘘情報を流すというのは、なによりもリスクが高いはずなのだ。

 ウェリックス公爵から身を護るための唯一の方法――それは嘘をつき、騙すこと。やりたくないことだが、まともな会話が通じる相手ではないことを、クレイドも痛いほど理解している。


 置かれている状況こそ違えど、クレイドもレオンスも、彼の父と同じような手段でこの場を乗り切ってきたのである。


「でもさ、ウェリックスに嘘をついていることがバレたんだよね。どうしてだと思う? ……ヒントは俺の妹だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る