第6話 真意(1)
何かとてつもなく嫌な夢を見たような気がした。
光を求めて、暗闇の中をただひたすらに彷徨い続けるような――。
「――おい、大丈夫か?」
聞き覚えのある少年の声だ。
ゆっくりと瞼を開けると、年季の入った木目柄が目に入った。
重たい身体をベッドから起こすと、その反動で頭の中がぐらんと揺れる。
――なんだ、この気持ち悪さ……。
「大丈夫か? 今、レオンスを呼んでくるから待ってろよ」
少年マルクが椅子から立ち上がると、部屋の扉を押し開けた。
「ま、待ってくれ。その、迷惑かけて申し訳なかった、ありがとう……」
マルクは分かりやすく視線を逸らすと、照れ隠しのように不機嫌な顔をした。
「俺は、別に。礼はレオンスに言えよな」
ぶっきらぼうに言い放つと、マルクはクレイドの顔を一切見ることなく部屋を出ていった。
一方的にお世話されているクレイドとしては、仲良くなりたいと言える立場ではないことくらい分かっているものの、もう少しだけ心を開いてくれたら――というのが本音であった。
一人残されたクレイドは、ゆっくりと深呼吸をして息を整える。
――俺はどれくらい寝ていたんだろうか。
「クレイド、入るよ」
扉の向こうからレオンスの声が聞こえて、クレイドが返事する前に本人が堂々と入ってきた。
片手には湯気を立てた白い飲み物――ホットミルクを持っている。
クレイドは慌ててベッドの縁に座り直すと、その場で頭を下げた。
「レオンスさん、ありがとうございました。ご迷惑かけてすみませんでした。……俺はどれくらい眠っていたんでしょうか?」
「体調はどう? だいたい半日くらい眠ってたかな」
「そんなに?!」
「まあそうだね。それより、今少し話をしていい? クレイド宛ての手紙をスベーニュの配達員さんが届けてくれたんだけど」
レオンスは言いながら、インテリアのような丸テーブルにホットミルクを置く。
お礼を伝えようとクレイドは口を開くが、自らの顔が強張っていくのが分かり、何も言えないままミルクだけを見つめた。
誰が、いったい、何のために――と聞きたいことが沸々と浮かぶ。
「これから配達員さんを部屋に入れていい?」
クレイドは不安げな顔を崩さないまま、黙って頷いた。
慎重派のレオンスが入室を許す人物なら、信用できる人物と考えてほぼ間違いないだろう。それだけが唯一の安心要素だった。
レオンスは扉の向こう側の人物を呼んだ。
「……失礼します」
その配達員の顔を見て、クレイドは目を大きく見開いた。
そこには、顔馴染みの郵便屋――アルディスの姿があった。
アルディスがここにやって来た経緯を聞かされると、クレイドはただ事ではない状況がロディールたちを取り巻いているのだと知った。
ウェリックス公爵があのまま手を引くなど、やはりあり得なかったのだ。
クレイドは手渡された手紙を不安な気持ちで開いた。
ひと通り目を通して、まず最初に抱いた感想は――ああ、良かった。
明らかな悪い知らせではなかったことに安堵したが、読み返すほどに不穏なメッセージが隠れているようにしか思えなかった。
ほんの三、四行の文章であるにもかかわらず、クレイドは底知れぬ恐怖心を抱いた。
「手紙の内容、話してもいいですか?」
そう言わずにはいられなかった。今この手紙の内容を一人で受け止めるには、荷が重すぎたのだ。
「もちろん、クレイドさえ良いのならね」
レオンスの反応に、アルディスも同調した。
クレイドはほっとして、手紙を読み上げた。
『私はウェリックス公爵と交渉する機会を得た。直接二人で話し合うことができるだろう。状況が落ち着いたらまた手紙を出すから、それまでの間、今いる場所で待っていてほしい。みんな大丈夫だから』
レオンスが小さく唸ったあと、アルディスの方へと首を傾ける。
「こりゃまた不思議な手紙だよねえ。良い知らせに聞こえなくもないけど、まだ帰ってくるなって言ってるみたいじゃない? 配達員の君は、この手紙を緊急で届けるように依頼されたんでしょ?」
「ええ、直接ロディールさんから依頼を受けました。お金はいくらでも積むから早急に届けてほしいと。理由を聞くと、少し悩んでいましたが、結局答えてもらえませんでした」
クレイドはロディールの態度に違和感を覚えた。
お金はいくらでも積む――ロディールはそんな言葉を大真面目に言う男ではない。もちろん、言いそうな風貌をしていることだけは否定はしないが。
クレイドの見解はこうだ。
「ロディールは答えなかったんじゃなくて、答えられなかったんだと思う」
その言葉に、レオンスは左眉を吊り上げた。
「へえ。じゃあ、すべては手紙の記載主のみぞ知るってこと?」
「そういうことになりますね。俺に帰って来てほしくない理由があるのかもしれません」
クレイドは手紙の差出人の名前に視線を落とした。
――ミセス・ヴェルセーノ……。
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