第5話 郵便屋
明朝、日が昇り始める前に、ロディールは弦楽器店“
ミセス・ヴェルセーノから受け取った手紙を、朝一番で郵便屋に届けるためだった。
まだ辺りは少し薄暗く、肌寒さも残るスベーニュの街を進んでいく。
開店前の店ばかりで、どこか物寂しさがあった。
目的地に到着後、ロディールは外壁に寄り掛かるように身体を預けて、そのまま瞳を閉じた。昨晩はあまり寝付けなかったせいか、今になって眠気の波が襲ってくる。だが、大金を入れた布袋を抱えているのだから、油断は禁物だ。
聞こえてくる音は、建物の間を吹き抜ける風の音、遠くから微かに響く誰かの足音。それに、鳥がさえずる声――。
「あの、お客さんですか?」
唐突に青年の澄んだ声が正面から聞こえて、ロディールは驚いて目を見開くと、慌てて体勢を立て直した。よく見ると、目の前に立つ人物は配達員の格好をしていた。
――心臓が、止まるかと思った……。
「あ、ああ。はい、実は緊急で届けてほしい郵便物があって」
青年は穏やかに笑みを浮かべた。
「分かりました、中へどうぞお入りください」
***
郵便配達員の青年は、ロディールから受け取った手紙を深刻そうな表情で何度もひっくり返して見ていた。
「……つまり、この手紙を早急にこの宛先へ届けてほしい、ということですね?」
「ああ、金はいくらでも出す。不足があれば、追加で支払うよ」
「分かりました。……事情が事情ですので、一応、早急に届けなければならない理由を聞かせていただいてもよろしいですか?」
ロディールは顎に手を当てて小さく唸った。
「……あ、いえ。無理ならいいんです。私情を挟むのは良くないんですが、俺もこの宛名のクレイドという人と知り合いなんですよ」
どこか控えめに笑う配達員の青年に、ロディールは不思議な心地を抱いた。
「俺はロディール。名前は?」
「アルディスです。クレイドとは仕事上での付き合いなので、あなたと顔を合わせたことはありませんよね」
「会ったことはないが、名前に聞き覚えがあるよ。確かクレイドと同い年だったか?」
アルディスの表情がぱあっと明るくなった。
クレイドと同い年には見えないほどに、人懐っこい性格が滲み出ている。
「そうですそうです! 実は、少し前に妹さんからの手紙をクレイドに届けたんですが、その時にルーバンに行くって言ってたのを思い出して。ただ、この手紙を早急にルーバンにいるクレイドに届けるということは、彼の身に何かあったということでしょうか」
話しながら項垂れていくアルディスを見て、ロディールは困ったように笑った。
「ま、心配するな。あいつは多分大丈夫だ。とりあえず、この手紙を頼んでもいいか?」
アルディスは不安そうな顔で頷く。
「ええ、もちろん。今日の配達区域を変更してもらいます。俺が責任持って届けに行きます」
「それは助かる。じゃあ、お金を渡しておくよ」
ロディールはほっと胸をなでおろすと、鞄の中から大きな布袋を取り出して、カウンターの上にドンと置いた。硬貨同士が擦れあい、鈍い金属音が響く。
「代金は確かにお預かりしました。余剰分があれば返金しますので、後日、差出人の元へ伺いますね」
「分かった。手間かけるが、不足があれば知らせて欲しい。悪いけど、よろしく頼む」
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