第4部 公爵家の人間
第1話 訪問者
「イゼルダおばさま! 私、包帯巻くの上手になりました!」
夕食の片付けをするミセス・ヴェルセーノが、振り向きざまに豪快な笑い声を響かせた。
「はっはっはっ、本当だねえ。さすが私の子だよ」
リェティーは嬉しそうにくるりと回ると、椅子に座るロディールに満開の笑みを向ける。
「ロディールさん、今の聞いてました? 私、おばさまの子なんです!」
「おお、そりゃあ良かったな。イゼルダさんみたいな肝っ玉母さん、俺はなかなか良いと思うよ」
ロディールの飾らない褒め言葉に、ミセス・ヴェルセーノはにんまりと笑った。
「照れるじゃないか。クレイドなら絶対に言ってくれないだろうから嬉しいねえ」
クレイドの名前を聞いて、ロディールの片眉がピクリと動いた。
視線をゆっくりとテーブルに落として、小さなため息をつく。
「クレイドは、イゼルダさんもご存知の通り、どこかクールで頑固です。ただ、繊細で悩み症で、情は厚いやつなんです。それゆえに、目が離せないところも多いんですけどね」
「私はクレイドと年が離れすぎているからね。あの子は器用なのに肝心なところが不器用で。クレイドを理解してくれる友人たちがいることが、私は何より嬉しいよ。もちろんロディールだけじゃなくて、リェティーもそうさ」
店の方からドアベルの音が微かに聞こえて、リェティーの動きがピタリと止まった。
その視線の先には、ガラクタのように積み上げられた椅子があった。群青の布地に金糸で刺繍が施された椅子が、表の店舗に繋がる扉を塞いでいるのだ。
「俺が様子を見てきましょうか」
ロディールは立ち上がって玄関へ向かおうとすると、ミセス・ヴェルセーノが慌てて駆け寄る。
「待っておくれ、私が行く。二人は静かにしていておくれ。灯りは卓上のランタンの蝋燭一本だけ残して、あとは消すんだよ」
どこか空気に緊張感が走りながらも、リェティーはミセス・ヴェルセーノの指示どおりに室内の蝋燭の火を順番に消し始めた。
「じゃあ、店を見てくる。リェティーは懐中時計を見ていておくれ。長針が真上を指すまでに私が戻らなければ、地下に隠れて待つこと。場所はリェティーが知っている。ロディールはリェティーの指示に従って対応すること」
ロディールは状況を理解できずにいたが、ただゆっくりと頷いた。
一方のリェティーは、十五にも満たない子供とは到底思えぬほど冷静であった。右のポケットから懐中時計を取り出して、今の時刻を確認すると、顔を上げてミセス・ヴェルセーノに頷いてみせた。
「任せてください、イゼルダおばさま。お気を付けて」
「ああ、ありがとう」
玄関へと向かうミセス・ヴェルセーノの背中が、どこか不穏な空気を纏っているようにも見えて、ロディールはその姿が見えなくなるまで目を離すことができなかった。
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