第1話 情報収集(2)
ブレモン公爵の屋敷に入ると、まっすぐに応接間へと案内された。
応接間は壁や床が白一色で統一されており、清潔感があふれていた。
向い合うように配置された三人掛けのソファーに、クレイドとレオンスは横並びで腰かけた。
部屋の扉が開くと、五十歳は超えているであろう細身の男性がゆっくりとした足取りで部屋に入ってきた。
二人は慌てて立ち上がり、軽く会釈すると、男性と同時に腰を下ろした。
揃えられた短い髭が印象的で、物腰柔らかく実直そうな人物であった。彼がブレモン公爵か――とクレイドは不思議と腑に落ちた気がした。
「話は聞かせてもらったよ。クレイド君は妹を探していると言ったね?」
「……はい。名前はエリスと言います。年齢は当時8歳でしたので、今は11歳です。三年前にアルマンに移り住み、養子に出されました。何かご存知のことがあれば、教えていただけないでしょうか……」
クレイドは緊張した表情を見せながらも、慣れた言葉遣いで要件を伝えた。
ブレモン公爵はじっと口を結んで頷くと、ゆっくりと口を開いた。
「……そうか。アルマンに移り住んだ少女の話なら、エリスという子で間違いないだろう。確かにこの街に住んでいるよ」
その言葉にクレイドはほっとして頬を緩めたが、一方のブレモン公爵は妙に晴れない顔をしていた。
「その子は貴族に引き取られて、今は屋敷に住んでいるだろう。その家主は、誰かと関わりを持つことを嫌っている。家を教えることはできるが、快く出迎えてくれるかは分からない」
やや暗い回答を受けたものの、クレイドの瞳はまっすぐにブレモン公爵を見据えていた。
「それでも構いません。妹に会える可能性があるのでしたら」
唐突に、レオンスが口を開いた。
「その貴族って、クレメール侯爵ですか?」
御名答、とブレモン公爵は深く頷いた。
レオンスは眉をひそめると、横目でクレイドを見る。
「――クレメール侯爵はさ、どっちかって言うとウェリックス公爵側の人間なんだよ」
その言葉を聞いた途端、クレイドは顔を引きつらせた。
「まあ少し待ちなさい、レオンス。クレメール侯爵は、ウェリックス公爵と違って慈善活動などにも積極的で、私利私欲のために立場を変えるような人間ではない。その点は信用して良いだろう」
「ですが、常にリスクを想定した方が良いと考えます。――今、ウェリックス公爵がバラッド村に来ているんです」
「うむ。それなら、常駐の騎士らが既に動いている。念のため、先ほど応援部隊も村に向かわせた。ルーバンの地で彼に動かれては困るから、早々にお帰りいただくつもりだ」
その言葉を聞いてレオンスは口元をわずかに緩めると、ブレモン公爵に頭を下げた。
「それは大変助かります。ありがとうございます」
クレイドには、年齢も身分も違うこの二人がまるで同等の立場を有しているかのように見えた。
レオンスがブレモン公爵を知人と言っていたように、やはり二人の間には何か特別な関係があるのだろう。
ブレモン公爵は、ウェリックス公爵がアルマンに
この権力者が守るものは、スベーニュではなくアルマンだという現実を突きつけられたのである。
――それなら、大切な人たちが待つあのスベーニュの街は、一体誰が守ってくれるのだろうか。
レオンスとブレモン公爵が会話を交わす横で、クレイドは無言で視線を落としていた。
クレイド君、と呼ばれて慌てて顔を上げる。
「君はレオンスの案内により、クレメール侯爵の所へ行くといい。彼が同行すれば安心だ」
クレイドは空虚な笑みを顔に貼りつけた。
「ありがとうございます」
――今はブレモン公爵の厚意に感謝することだけを考えよう。
クレイドはそうやって自分を無理やり納得させると、深く頭を下げた。
***
ブレモン公爵の話によると、エリスが住むクレメール侯爵の屋敷は、それほど遠くない場所にあるとのことだった。
二人はブレモン公爵の屋敷を出て訪問先に渡す手土産品を購入した後、侯爵の屋敷に向かって歩き始めていた。
「レオンスさんはブレモン公爵と親しい間柄なんですね。ブレモン公爵もウェリックス公爵のことをよくご存知でしたし……」
クレイドは雑談として会話を振ると、レオンスは頭の後ろで手を組みながら、前方を睨むように見据えた。
「そうだね。アルマンとバラッド村は持ちつ持たれつの関係で、ウェリックス野郎のことは互いに痛いほど理解している。……あいつは黙っていれば音楽愛好家だけど、根は非道。情けを期待したら痛い目見るからね」
クレイドは、バラッド村の酒場で交わされたレオンスとウェリックス公爵の会話が頭に過ぎった。
父親が嘘をついたせいで、人質の妹が殺された――これが言葉どおりの事実なら、レオンスもあの男の被害者のはずなのだ。
他人の人生を意図して狂わせようとする人間は決して許されてはならない。
それなのに、救いようのないあの男の行動を抑える力がないことに、クレイドは怒りでも悲しみでもない虚無感を強く覚えていた。
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