第3部 兄妹
第1話 情報収集(1)
早朝、セントリアナ教会に陽光が差し込み、ステンドグラスの彩色が祭壇を柔らかに染めていた。
クレイドは目を覚ますと、その不思議な光景に吸い寄せられるように、無意識のうちに足を祭壇へ向かわせた。
正面に立って目を瞑ると、その場で静かに祈りを捧げた。
***
教会を出てしばらく歩くと、通りがかりに大規模な市場が開かれていた。各店舗は既に多くの女性客で賑わい、クレイドはレオンスとともに空腹を満たすため、ふらりと市場に寄った。
「あのパン屋、すごく美味しいんだよねえ」
レオンスが指で示した店は、既に客が長い列を作っていた。彼が迷わず最後尾に並んだため、クレイドも追うようにあとに続く。
「……公爵は追ってくると思いますか?」
クレイドは気もそぞろに問いかけた。
「あのまま帰るだろうね」
即答かつ想定外の回答だった。
その根拠をクレイドが尋ねる前に、「理由はこれから会う知人と話したら分かると思うよ」と彼は補足を加えた。
「知人って?」
「ここの元領主」
「領主?!」
クレイドは驚きのあまり大声で復唱してしまい、慌てて口を閉じる。周囲の目が自分に向けられて、視線をやや下方に落とした。
「いやいや、元ね? 今は貴族特権がだいぶ廃れてきてるから。でも、彼がいる限りウェリックス野郎はこの地に手を出せない」
レオンスのウェリックス公爵に対する敬称が完全に蔑称へと変わったことに、クレイドは心中で少しだけ含み笑いを浮かべた。
一方で、元領主のように権力を持つ人間でなければあの男に正面から対抗できないのだと知ったのである。
周りの助けがなければ、自分がここに来ることはできなかったであろう。
腹ごしらえを済ませた後、訪ね先へ渡す手土産を購入して、クレイドはレオンスに誘導されるがまま街中を歩き進んだ。
向かう先は元領主が住む屋敷である。
「建物の装飾が随分と目立ってますね」
クレイドは辺りを見回した。邸宅が建ち並ぶこの地区は、スベーニュの比ではない。
「中流階級以上の人たちが住んでるからね。もちろん貴族だけじゃなくて、豪商も住んでる」
「……で、この左が知人の家」
クレイドは言われた方向を振り向いた。
薄黄色の壁に茶色の屋根という、柔らかい色合いが特徴的な屋敷である。
元領主の屋敷というわりには、門の造りや塀の低さなど管理の緩さが目立つのは気のせいだろうか。
「大きな屋敷ですね」
「うん、街に合った外観だしね。普段はこの屋敷に住んでるけど、少し離れた場所に城も持ってるよ」
城という言葉を聞いた途端、クレイドは目を見開いた。さすがは元領主である。
「ちょっとここで待っててくれる?」
レオンスはクレイドを道の中心部に残して、軽く門を押し開けた。
屋敷の敷地内に侵入のごとく入り、手土産を持って玄関扉の前へ進む。
レオンスが屋敷の扉を叩くところをクレイドは傍観していた。
扉が開くと、中から現れたのは人柄の良さそうな白髪の年配男性であった。
レオンスはその男性と何やら会話を交わして手土産を渡した後、クレイドの方を見た。
相手方の男性も状況を理解したようで、クレイドの姿を見るなりひょいと手招きする。
「クレイド、来ていいよ!」
レオンスは大声でそう呼んだ。
ふと、クレイドは不思議な違和感を感じた。
彼が他人のいる場所で自分の名前を口に出したことがあっただろうか――いや、おそらくないはずだ。
つまり、ここに住む知人はレオンスにとって信頼のおける人物だということが、今まさに証明されたのだ。
駆け足で二人の元へ進んだクレイドは、白髪の家人に向かってお辞儀した。
「クレイド・ルギューフェと申します。よろしくお願いいたします」
男性の穏やかなしわがれ声が心地よく耳に入ってきた。
「こちらこそ。ブレモン家の屋敷へようこそお越しくださいました。どうぞ中へ」
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