第4話 失せ物(1)
クレマンス広場が夕焼けに染まり始めた頃、クレイドは座っていたベンチに戻って腰を下ろしていた。
しだいに減りゆく人の流れを、ただ呆然と眺めながら。
客引きを行った露店の店主も、既に店仕舞いをして広場を去っていた。
「だめだったか……」
心の声が言葉に漏れていた。
クレイドはベンチの背にもたれかかり、茜色の空を仰ぎ見た。
――気分転換にエリスの手紙を読み返そうか。
クレイドは鞄の中に手を突っ込んだ。
鞄の奥の方にしまっていた手紙を手に取って、手を止める。
特に気に留めていたわけでもないのだが、ふと不思議に思ったのだ――こんなに荷物が少なかっただろうか、と。
念のため鞄の中を覗き込むと、クレイドは鞄の中をかき混ぜるように漁った。
何か足りないような気がしていたのは、単なる気のせいではなかった。
「お金がない……」
間違いなく鞄の中に入れたはずなのに、硬貨を入れた袋が見当たらなかった。
だが、どこかに落としたような記憶もないのである。
そうと分かれば、この状況で考えられることはただ一つ、盗まれたということだ。
クレイドは往路の船賃として別に確保していたお金の存在を思い出し、慌てて懐に手を当てた。不幸中の幸いか、そこには確かに硬貨の感触があった。
ひとまず無一文でないことを知り、クレイドは冷静に状況を整理することにした。
周囲を警戒して辺りを見回してみるが、既に人はほとんどいない。
イルスァヴォン男爵らと別れてから今までに出会った人たち――それも貴族以外の人間を疑わざるを得ないだろう。
――犯人は誰だろうか。
出会った人々の姿を順番に頭に思い浮かべてみる。
まずはバレット村の人たちだ。酒場に大勢が集まったあの時の状況なら、見知らぬ誰かがお金を盗んだ可能性もあり得るだろう。
ただ――と、クレイドは首を横に振った。怪しい行動をしている客がいたとすれば、レオンスの目に留まっていたはずだ。非道な行いを甘んじて許すなど、レオンスに限ってはありえないだろうと、今なら何となく分かる。
それなら、レオンスが信頼を寄せているマルクという少年も除外されるだろう。
今までのことを考えてみると、出会った人のほとんどが親切な人ばかりだったように思えた。
今さら犯人が分かったところで、何かが解決するわけでもない。ただ自分がショックを受けるだけだろう。
クレイドは持ち合わせのお金が少ない中でスベーニュに帰ることに、わずかながら不安があった。
今の自分にできることは、演奏でお金を稼ぐことだけだ。
――明日、陽が昇ってから行動を起こそう。
クレイドは楽器と鞄を身体の前に抱えて、背もたれに寄りかかった。今度こそ何も盗まれることがないようにと細心の注意を払いつつ、夕暮れとともにゆっくりと目を閉じた。
――まずは、疲れた身体を休めておかなければ……。
不安が拭えない状況で、クレイドはそっと目を閉じた。
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