第3話 情報戦(3)

 公爵は椅子に腰掛けて目を瞑り、シトールの音だけにじっと耳を傾けていた。無自覚なのか、騎士らと同じくワインにも手を伸ばしていた。


 レオンスは演奏を終えて最後の余韻が消えた後、ゆっくりと一声を発した。

「――夜も更けたことですし、本日はどうぞ二階でお休みください。騎士の皆様もお疲れのようで……。部屋をご案内しましょう」

 公爵は今初めて酔い潰れた騎士らが多いことに気がつき、彼らを一瞥した。

「それはそうと、公爵、演奏はいかがでした?」

「……想像していたほどではなかった」

 公爵の受け流すような発言に、レオンスはにっこりと笑みを浮かべた。

「お褒めの言葉として受け取ります」


 公爵は、おぼつかない足取りの騎士らに対して、ぶつくさと文句を呟きながら二階へ続く階段を上がった。


 クレイドはカウンターの陰で身を潜めたまま、その様子をじっと窺っていた。



「こっち来て」


 奥の厨房から聞こえたいざないの声に、クレイドは肩をピクリと反応させた。

 マルクが身を屈めながら歩いてきて、両手に抱えた荷物をクレイドに見せた。

「……荷物は持ってきた。裏口から出られる。早く楽器を持ってこっちに」

「で、でも……」

 クレイドはレオンスを残すことに後ろ髪を引かれる思いがした。彼の公爵に対する態度を垣間見て、このままで良いとは到底思えなかったのだ。だからといって、今の自分には何もできないことも、クレイドは分かっていた。

「あいつなら問題ない。チャンスを無駄にするな」

 マルクは数少ない言葉で、クレイドに強く訴えた。

「……分かった」



 店の裏口を出た外の景色は想定どおりの暗闇で、明かり一つ見えず、茂みがざわつく音だけがクレイドの鼓膜を振動させた。

 この上なく不気味であるが、以外の選択肢はなかった。

「いいか、まずは茂みの中を突っ切って、右方向へ真っ直ぐに進め。野原に出たら、そこで待ってろ。レオンスと合流できる」

 マルクの指示には具体性がないものの、この切羽詰まった状況の中で嘘を吐いているとは到底思えなかった。

「レオンスさんが? 君はどうするの?」

「俺は戻る。……じゃあな」

 マルクはそう言い捨てると、酒場の裏口から中へ入っていった。

 扉の隙間から漏れ出た灯りは、ほんの一瞬で再び暗闇と化した。


 ――これがレオンスさんの策略なら、失敗は許されない。


 クレイドは思考が悲観的な迷いの方へ揺らいでしまわないうちに、茂みの中に足を踏み入れた。

 胸の位置まで伸びた茂みを掻き分けながら、クレイドはゆっくりと歩みを進めていった。

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