第2部 情報屋

 第1話 放浪楽師(1)

 翌朝、ガレオン船はルーバン地方の小さな港町に着港した。下船する前、ずらりと軒を連ねる民家が見えて、その初めて見る景色にクレイドは視線を留めることができなかった。

 ところが、地面に降り立つと、その景色は一変した。下船者の出迎えと思しき人々や馬車ばかりが目についたのだ。明らかな場違いを感じたクレイドは、男爵らの最後尾をついて歩いた。


「クレイドさん、もし街まで行くのなら私たちと一緒に馬車に乗りませんか?」 

 リューヌからの提案を受けたクレイドは、ありがたいと思いつつも首を横に振った。

「お気遣いありがとうございます。ただ、村を通る必要がありまして……」

村を?」

 リューヌが疑るように目をぱちくりと開けた。

 すると、サリムが突然話に割り込んだ。

「あの村――バラッド村の人々は様々な噂や情報に関して、とても敏感だぞ」

 クレイドもそれを全く知らないわけではなかったが、改めて言われると、やはり気構えしてしまう。笑みを浮かべた男爵がゆっくりとこちらへ歩いてきた。

「……大丈夫だ。クレイド君のように決して自分を曲げない強い意思を持つ人間ならね。私たちはこれから別の街へ向かうから、残念ながらひとまずここでお別れになってしまうが、またスベーニュで会おう」

「ええ、今回は本当に何から何まで、ありがとうございました。大変お世話になりました」

 男爵は温もりのある大きな両手で、クレイドの両手を包み込んだ。

「何も気にするな。こちらこそ、素敵な演奏をありがとう。――どうやら、そろそろ馬車に乗らないといけないようだ。クレイド君、気をつけて。そして、また会おう」

 クレイドは男爵に向けて柔らかに笑みを向けると、そのまま深々と頭を下げた。

「皆さんも、どうかお気をつけて。ありがとうございました」



 去りゆく男爵らの姿をクレイドは見送りながら、ふと考えを巡らせた。

 彼らに妹エリスのことを話せば、多少なりとも協力してもらえたかもしれない――。

 ただ、彼らを巻き込んでしまうことは本望ではなかったのだ。この選択が正しかったのかどうかは、分からないが。



 そして、クレイドは一人になった。

 連なる民家の角を曲がり、一本道を進み始めた。

少し歩いただけで景色は一変して、周辺には色彩豊かな田園風景が左右一面に広がっていた。


 遠くには、ぽつりぽつりと孤立した家が幾つか見える。



「――ちょっとちょっと、お兄さん」


 背後から女性の声が聞こえて、クレイドは立ち止まった。自分を呼ぶ声だろうと思い、振り返る。


 そこには、木編みの籠を腕に提げた齢50歳前後と思われる女性がいた。買い物途中を窺わせる姿である。

「お兄さん、港から来たんだろ? 村のルートを使うなんて珍しいねえ」

 初対面にしては随分と馴れ馴れしいが、クレイドは意外にもこのようなタイプの人間には耐性がある。――ミセス・ヴェルセーノのことだ。


「お会いできて光栄です。この村には情報通の方が多いとお聞きしまして」

 クレイドは丁寧に言葉を返すと、女性はにっこりと笑い返した。

「そりゃあ何か協力できるかもしれないね。港近くは色々な情報が手に入るんだ。村でお勧めの店を紹介してあげよう。ついておいで」

 彼女の用事はいいのだろうか、という疑問はさておき、クレイドはこれを好機と捉えることにした。

「わざわざ申し訳ありません」

「ああ、頭なんて下げるんじゃないよ。さ、歩いた歩いた」


 急かした声につられて、クレイドは行き先も分からず女性と横並びで歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る