第6話 作戦(2)
教会の鐘の音が響くまで、あとわずかの夕刻。この日、ウェリックス公爵との約束の日は五日後に迫っていた。
クレイドが二階の自室から下りてきたところに、階段下でロディールが声をかけた。
「クレイド、楽器と荷物の準備はできたか?」
「ああ、ここを出る準備もできてる。だが、もし五日後を無事にクリアしたとして、そのあと公爵の屋敷を出るタイミングがあるかどうか……」
「そこはお前の裁量で見計らうしかないな。……得意だろ、一ミリ以下のレベルで楽器作りに神経使う職人ならさ」
「それ、たぶん役に立たないスキルだよ」
クレイドは一秒の間も空けることなく突っ込みを入れた。ロディールは「まあ細かいことは気にするな」と笑うが、クレイドの不安は全く拭われなかった。
***
ロディールは扉の前で右往左往しながら、自分の荷物を届けてくれるというフィナーシェを待っていた。
扉を叩く音が聞こえた途端、ロディールが左手で大きく扉を開けた。
「お邪魔します。荷物を――」
「ありがとうな。ちょっと奥の方に来てくれないか?」
ロディールに促されるまま、フィナーシェは奥の部屋に向かった。
すると、クレイドが憂鬱そうな表情で、どんよりした重たい空気を背負いながら座っていた。ブレッセナー兄妹が隣同士で長椅子に腰を下ろすと、フィナーシェが言葉を発するより先に、ロディールが口を開いた。
「折り入っての頼みだ。お前の身の安全は俺が保証する。クレイドのために、一役買ってほしいんだ」
フィナーシェは素直に微笑みを見せた。
「もちろん断らないけど。それに、クレイドさんにはお世話になっているし」
「恩に着る。事情は必ず説明する。全てはこの店のため、クレイドが職人であり続けるため、そしてクレイドが実の妹に会うためだ」
「えっ? ……何か大変なことがあったのね。もちろん協力する」
フィナーシェは真剣な表情で力強く頷いた。クレイドは目をぱちりと開きながらも、どこか不安そうに二人を交互に見た。
「それで、私は何をすればいいの?」
「ありがとう、妹よ。まずは設定と配役があるんだ。クレイドは一人の『女』にどっぷり惚れている『職人』の役。俺はその『助手』の役だ。クレイドは楽器職人をやめて宮廷楽師に転身するんだが、自分に厳しいクレイドは理想の自分と違うと感じて、宮廷楽師をやめて旅に出ることを決意する――というのが建前で、実際には妹が住む場所に向かうわけだ。……そこで、その『女』役をフィナーシェにお願いしたい」
クレイドはテーブルに両肘をついて頭を抱えた。フィナーシェを巻き込むことの申し訳なさと、押し付けがましい配役に恥ずかしさを感じた。
ところが、フィナーシェの返答は案外あっさりしていた。
「うん、分かった。具体的にやることはある?」
「いいや、やることはない。……だが、そうだなあ。念のため、細かい設定も考えておくか。できる限りリスクを排除して、擦り合わせをしておきたいし」
クレイドは口を挟む間もなかった。フィナーシェには、少しでも嫌な気持ちがあれば断ってほしいと思っていた手前、それが杞憂であったことに安堵した。
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