第6話 作戦(1)

 ウェリックス公爵との約束の日が十日後に迫る、昼下りの“avecアヴェク des cordesコード”。


「クレイド、弓の毛替えはどうやるんだ?」


 ロディールの声が作業場から聞こえて、待機していたクレイドが奥の部屋から不機嫌そうに顔を出した。

「それ、一昨日教えたばかりだぞ」

「無理だ、普通に覚えられん。実践は今日が初めてだしな」


 ロディールはクレイドから職人技術を学んでいる最中であった。もちろん、熟練の技ともいえる楽器の製作や修理をこなすことは困難だ。ただ、クレイドとしては、客からの依頼が多い弓の毛替えは、弦の交換のように定期的なメンテナンスの一環として、最低限身につけて欲しい技術だと考えていた。


「まあ、これはお客様のものだから、傷付けられちゃ困る。いいか、ここは――」

 クレイドはロディールの傷痕に触れないように気を付けながら、右横に立って弓に手を添えた。

「……お前さ、実は結構、端正な顔してるよな」

 クレイドは全身にゾワっとした鳥肌が立ち、あやうく弓から手を離してしまいそうになる。

「き、気色悪いこと言うなよ……」

「いや、本当にな? とはいえ、お前、普通に女性に人気あるよな?」

「ない。俺は職人一筋だ」

「鈍感なんじゃないか? 対応がスマートなわりに情が厚いとこ、俺は結構好きだけどな」

 淡々と言葉を並べるロディールを、クレイドはおぞましいものを見るような目で見た。

「お前、どうした?」

「俺は女の子からよく相談受けてたんだ。お前のガードが固すぎて、誰も近寄れなかったんだぞ?」

「……そんなこと、お前は一度も言わなかっただろ」

「俺が言ったら意味ないだろ」

 クレイドは少しばかり機嫌を損ねて眉を寄せた。今さら別に何とも思わないが、親友ならば雑談程度に話してくれても良かったのではないかと思う。

「お前は取り巻きが多かったよな?」

「そんなのクレイド目当てに決まってるだろ。俺は出しに使われてたんだ」

「遊んでたんじゃないのか?」

「言い方! 悪意あるだろ? 俺だって気質の人間なんだぞ」

 自分でそう言うから疑いたくなるのだと、クレイドは少し冷めた眼差しでロディールを見下ろした。

「……まあいい。これから先、隠し事はしないでくれ」

「おう、そりゃあ親友だもんな」

「それだけじゃない。お前が困った時に、俺が助けてやれなくなるからだ。……今回はロディールがいなければ、正直どうなっていたか分からない。感謝してる。だけど、ロディールだって万全じゃないんだ。俺に何かできることがあれば、言ってくれ」

 クレイドは、ロディールの覆われた右上半身に視線を向けた。ロディールは驚いたかと思うと、どこか悲しそうに笑った。

 クレイドにそこまで言わせてしまう自分に情けなさを感じたロディールだったが、ゴホンと咳払いしてその感情を誤魔化した。


「……よし、クレイド。対ウェリックスに向けた予行演習でもするか」


 クレイドの心からの嫌そうな表情を見たロディールだったが、一切お構いなしに準備を始めることになったのである。


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