第2話 談話
この日は風の強い一日だった。
日没を告げる教会の鐘の音には、風が吹き抜ける音や、物と物がぶつかり合う不快音が混ざり合っていた。
弦楽器店“
「来たぞ~!」
閉店後であることも厭わず、ロディールが堂々と店の扉を開けた。
リェティーはロディールの突然の訪問にはもうすっかり慣れていた。むしろ待ち望んでいたかのように、嬉しそうに出迎える。
「暇なのか?」
リェティーの態度に反して、クレイドが呆れた表情を見せた。
ロディールは大袈裟に憤慨した態度を示した。
「いやいや、クレイド。俺はしっかり仕事は終わらせてきたんだぞ。なぁ、リェティーなら信じてくれるよな?」
リェティーはにっこり笑顔でロディールに頷いた。
「はい、もちろんです!」
「おぉ! さっすがリェティー!」
クレイドは、この二人の相性に度々驚くことがあった。独特の盛り上がりと、この空気感。リェティーが楽しそうで良かったと思う反面、この会話に入ることができない疎外感に、少し悔しさも感じていた。
三人は奥の部屋の椅子に腰掛けた。クレイドの正面に並んで座るロディールとリェティー。今では、この席図はすっかり定位置になっている。
「そう言えば、ロディールさんって何のお仕事をされているんでしょうか」
リェティーの何気ない質問に、
「おぉ知りたいか?」
ひと息つく間もなく、ロディールが食いついた。
「よろしいのであれば、ぜひ!」
クレイドは、ふむと腕を組んだ。
ロディールは自らの仕事内容については普段からあまり話すことがなかった。もちろん、クレイドは旧知の仲ということもあって彼の職業は知っていたし、仕事場の親方の話題も耳にタコができるほど聞いていた。ただ、リェティーがこの家にやって来てからは、何らかの心境の変化があったのか、仕事については尚のこと話さなくなっていた。
ロディールはどこか遠慮がちに苦笑しながら、口を開いた。
「……うん。まぁ俺も一応職人をやってるんだ。要するにまぁ、鍛冶屋だ。俺がこう楽器を弾く姿を見たら、全く予想もつかないだろうけどな」
リェティーは大きな瞳を輝かせた。
「す、すごいです! このロディールさんが鍛冶屋だったなんて……!」
あまりの持ち上げように、ロディールは困ったように笑った。
「おいおい、鍛冶屋なんて普通だぞ? 偉くも何ともないしな」
褒め言葉すらも控えめに受け止めていた。
他人のことはよく褒めるくせに、とクレイドは肩を竦めた。
「鍛冶職人、俺はいい仕事だと思うけど。しかも仕事場は街中だし、そこそこいい仕事請け負ってるんじゃないのか? お前には合ってるだろ?」
クレイドのその言葉の意味を、リェティーは素直にそのまま受け取った。クレイドとロディールの容姿や体格、服装などを交互に見比べて、真面目な顔をして頷く。
「確かに、そうかもしれないです」
突然、ロディールが腹を抱えて笑い出した。
「ロディール!」
クレイドは顔をしかめて牽制する。
「いやぁ、ごめん。リェティーの言うとおりだなぁって思ってさ。どう見ても、お前の見て呉れじゃあ鍛冶職人には見えないもんな?」
クレイドは眉を寄せた。鍛冶職人になるつもりは毛頭ないが、それは言い過ぎだと不満な表情をを露わにした。
ロディールはさすがに調子に乗りすぎたと思い、早々に謝る。
「いや、悪かった。まぁ、クレイドは楽器職人が一番合ってるからさ。俺には到底できない仕事だろうなぁと思うし」
一転して誠実さを見せようと、クレイドに視線をしっかりと向けた。
「俺は、好きなことを仕事にはできないと思った。この道を選んだおかげで、最近では金細工師への道も親方に勧められてるところだ」
「へぇ、そりゃあ確かにすごいな」
「金細工師とは何をされる仕事なのですか?」
興味津々のリェティーの様子に、ロディールは笑みを向ける。
「金細工師といっても、仕事内容は幅広くて一言では説明するのが難しいな。ただ、扱うものが少しばかり高価なものになる。金や宝石も扱ったりするんだ」
リェティーの肩が小さく跳ね上がった。
「そ、それはすごいです……!」
すかさずクレイドも同意する。
「いやほんと、すごいよな」
ロディールは笑顔のまま、内心では少し及び腰になっていた。
まだ金細工師への道へ進むと本当に決めたわけではない。今所属しているギルドを抜けなければならず、慕っている親方の元で働けなくなることに"嫌だ"と思う自分もいた。
そんな悩みを人知れず抱えながらも、クレイドとリェティーには心配かけたくないのだと強く思っていた。
強まった風が店の扉を打ち付け、ガタガタと音を立てていた。店が街の角に位置しているがゆえに風の影響を受けやすく、建物全体が軋み始めていた。天井から吊るしたランタンが微振動に揺れ動く。
そんな状況の中、三人は共に夕食を済ませた後も何気ない会話を楽しんでいた。
クレイドはいつもどおり温かなミルクを三人分用意して、各々の前に置いた。
「本当にお兄さまとロディールさんは仲が良いんですね!」
リェティーの言葉を受けて、ロディールは早速調子に乗り始めた。
「だろ、やっぱり分かるか? クレイドとは子供の頃から一番仲が良かったんだ。可愛い後輩だったんだよ」
「えっ?!」
リェティーが素直に驚きの声を上げた。
クレイドはリェティーが驚いた理由をすぐに察した。
「年齢に驚いたんだよね……?」
リェティーの表情は驚いたまま固まっていた。
「す、すみません。同い年だとばかり……」
ロディールはよく分かるぞ、と腕を組んで何度も頷く。
「クレイドの態度を見たら気づかないよな? 年上の俺にも冷たい態度を取るしさぁ」
ロディールが冗談めかしたように話すと、クレイドは眉間に皺を寄せた。
「酷いよな、今さらそんな風に言うなんてさ」
「そう怒るなよ、可愛い後輩っ!」
ふてくされたクレイドの肩をロディールが正面からポンと叩いた。
「お兄さまとロディールさんは、どのように知り合ったんですか?」
ロディールは懐かしむように話し始めた。
「昔、俺は小さな楽団に入っていたんだ。親父の本業が演奏家で楽団員だったからな。親父は教会で儀礼があれば仕事でよく演奏してたんだ。俺も音楽は大好きだったし、楽器はトランペットを始めとして色々やってたんだが、好きだからこそ仕事にはしたくないと思った。
そんな時、俺が入っていた楽団に10歳のクレイド君がやって来た。この時点で弦楽器ならクレイドの右に出る奴はいなかった」
「そんなことはない。俺は職人としての技術を磨くために、まず音楽を知ろと楽団に入れられたんだ。集団は苦手だった」
クレイドには、楽団へ所属していた過去がネガティブな記憶として残っていた。
ロディールが純粋にショックを受けたような表情を見せた。
「お、おい、そんなこと言うなよ。わりと楽しかっただろ?」
「……まぁ、悪くはなかったけど」
少し適当にも感じられるクレイドの言葉に、ロディールは寂しそうにミルクを啜った。
その一方、リェティーは両手を胸に当てて、頬を紅潮させていた。
「こ、このお兄さまが10歳ですか! そんな昔から知り合いだったんですね!」
――リェティー、そこは一番触れてほしくなかったよ……。
「そうなんだよ、あの時のクレイドは可愛かったなぁ」
突然、ロディールの懐旧が始まった。
こうなってしまってはクレイドはもう後には戻れまい、と小さなため息を吐いた。
「お兄さまは可愛かったのですね……! 具体的に、どのような子供だったのですか? ちなみにロディールさんはお兄さまと何歳離れているんですか?」
リェティーは興味津々の様子で、ロディールの方に身体ごと傾けた。
「クレイドは基本は一匹狼タイプだな。だが演奏では自己主張せず周りの音はよく聞くし、他の音を壊すようなことは一切しなかった。すごいやつだなと思ったよ」
ロディールはリェティーに顔を向けて、そのまま話を続ける。
「俺はクレイドと2歳差で、年齢が近かったから声を掛けて仲良くなったんだ。それで――」
クレイドが遮るように挙手をした。
「待て、語弊がある」
ロディールとリェティーが二人同時にクレイドの方に視線を向けた。
「俺は確かにロディールに声を掛けられたが、最初は拒否してたんだ。誰かとつるんで演奏するのは御免だったし、初めから楽団に長居するつもりはなかったから」
ロディールは小さな子をあやすように、そうかそうかと目を細めた。
「そ、そんな目で見るな……!」
クレイドはムスッとしながら腕を組む。
リェティーは二人の様子を微笑ましそうに見ていた。
「とても素敵ですね」
――どこが?! 今のどこら辺を聞いてそう思ったの……?!
クレイドは全力で突っ込みたい気持ちをグッと堪えた。『素敵』と言われて不快な表情を出すわけにもいかず、精一杯の笑顔を取り繕った。
そんな賑やかな夜の談話も、睡魔と共にお開きを迎えた。
クレイドとロディールは、リェティーが部屋へ戻る姿を階段下で見送った。
「また色んな話をしような!」
「おやすみ、リェティー」
「はい、おやすみなさい!」
リェティーが振り向きざまに少し眠たそうな笑顔を見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます