第2話 演奏
スベーニュの街では、多くの店が日没にあわせて閉店していた。それは、この “
一日の終わりを迎えると、クレイドは店の外に『closed』の看板を掲げた。
***
「今日もお疲れ!!」
大声をあげて、唐突に店の扉を開けて入り込んできた男性。
しかし、彼が中を見回しても店内作業場の中には誰も見当たらなかった。
明かりは全く灯っておらず、壁に並ぶように吊るされたバイオリンが不思議と悲壮感を漂わせている。
作業台の上には作りかけのヴァイオリンが置いてあり、他になにか目につくものと言えば、箱の中に保管されている使い込まれた工具や楽器の部品ぐらいだった。
「おーい!」
男性は店の中を堂々と歩き回る。
しかし、耳を澄ませても返事が聞こえてこないため、彼はさらに奥の部屋まで無断で足を踏み入れた。
そして、ようやく見つけた目的の人物は椅子に座って眠っていた。
「誰だ……?」
その人物は眠そうに薄っすらと目を開けた。
「おぉ、クレイド。寝てたのか、起こして悪いな。ちょっと一緒に楽器弾こうかと思ったんだけどさ」
悪いと言いつつも、この男性は本心で悪いと思っていないような口ぶりだ。
「いや別に。ただ、少し疲れたから休んでただけ。演奏なら相手してあげるよ。来ると思ってた」
クレイドはこの男性に対して、慣れたように雑な返答をした。椅子から立ち上がってランタンに明かりを灯すと、作業場へ楽器を取りに向かった。
「ロディール、お前は何の楽器を弾きたい?」
「ん~。じゃあ、ホイッスルにしようかな」
ロディールと言う名の男性は、やや冗談めかした口調でそう返事をした。
「おい、ここは弦楽器専門だぞ? ホイッスルを吹きたいなら自分で持って来ることだな」
予想外に真面目に弾き返されてしまったため、ロディールは少しだけ顔をしかめる。
「うん、ちょっと言ってみたかったんだ。……よし、俺はヴィオローネかヴィオラダガンバにしよう」
「あっ、待て。低音楽器は俺が……」
咄嗟にクレイドが割り込む。
「ええ、たまには俺も低音弾きたいんだけどなあ。お前、少しぐらいヴァイオリンも弾いてやれよな」
「そっちはあまり得意じゃないんだ。分かってるけど」
「よーし! じゃあ俺の命令として、お前がヴァイオリン。俺はヴィオローネだ」
「何で俺が命令されるのさ……?」
「年下だからだな」
間髪を入れず、ロディールは笑顔で即答した。
彼の言葉には全く嫌味がなく、それが少し憎らしい。
「年齢なんて関係ないだろ。俺は年功序列よりも実力主義派だ。……まぁいいけど、何の曲弾く?」
クレイドは文句を言いつつも渋々了承する。
両手に楽器を抱えると、大きい方をロディールに渡した。
「おう、ありがとな。曲は久しぶりにワルツとかどうだ? 俺はお前に合わせて弾くからさ」
「ワルツなら何でもいいのか? 基本的に耳で聞いただけの曲ばかりだから、上手く弾けないと思うが……」
「大丈夫、大丈夫!」
そして、二人はそれぞれに楽器を構えると、クレイドが前触れもなく曲を演奏し始めた。
得意じゃないと言うわりに、低音楽器に劣らず良い音を奏でてしまうのが、まさに才能といえよう。
「これだから天才は……」
ロディールは小さく呟くと、彼もヴィオローネで滑らかなハーモニーを乗せていった。
今宵のスベーニュには、街を彩る弦楽器の優しい音楽がこぼれていた。
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