第2話

 それから僕とソフィは、辺り一面真っ白な空間の中を歩いていた。「あのソフィ、一体どこへ向かっているんだ。それにこの道は…。」僕はそう呟きながら、周りを見渡した。


そこにはなにもなく、ただ真っ白な空間が際限なく広がっているだけだった。「あら、そういえば言い忘れていましたわ。もしこの道から外れて、向こうの方に行ってしまったら、さっきの森と一緒で二度と帰れなくなりますわ。」


ソフィはそう何事無いように、すらっと注意喚起をした。「へ、へぇ、そうなんだ。」僕はその話を聞いて冷や汗をかいた。そしてそのことに怯えながら僕は話を続けた。


「で、あの呪文のようは物は何なんだ?それにこの空間は?」「あら、そういえば言い忘れていましたわね。でわ、説明いたしますわ。」ソフィはそれから説明を続けた。


「まず、ぐるぐるドーンって言うのわね、この空間に入るための合言葉。」「合言葉?」「そうなの。で、この空間はあの森のように遊び場までの道なの。」「そうなのか。それで、その遊び場はどういう所なんだ?」


「色々な所。例えば綺麗な花が咲くお花畑とか、木が沢山生え茂っている森とか、とにかく色んな場所に行けるの。」「なるほど、ある程度分かった。」僕は深く頷く様子を見せた。そして話を続けた。


「そういえば、ソフィはその能力をどこで手に入れたんだ?こんな能力、普通はあり得ない。」「うーーんとね、実を言う所、私にも分からないんだ。いつの間にか手に入れられたの。」ソフィは首を傾げた。


「いつの間にかねぇ。それで話は変わるけれど、ソフィはいつも一人なのかい?家族とか、友達とかは居ないの?」「えっ…。」ソフィはそれを聞いた瞬間、一瞬暗い顔を表した。僕はその顔を見て、なんだか急に罪悪感を少し覚えた。


「あっ…。ごめん。何か悪いことでも聞いたかな。」「えっと。別に大丈夫ですわ。あっ、もうそろそろ着きますわ。」ソフィは慣れた手つきのように、すぐさま話題を変える。僕はその様子を見て、何か心残りに思った。


「さぁ、それでは行きますわよ。」ソフィはそう元気よく喋る。そして僕の手を強く握りしめ、勢いよく走り出した。「うぉ。」僕はいきなり体が引っ張られてしまった。それは足に巻き付けられた紐がいきなり引っ張られるように。


 そしてそのまま、ソフィに引っ張られていく。するとその時、いきなり僕の目の前に輝かしい光が射す。それはソフィと僕の速度が上がるにつれ、輝きが増していく。


僕は余りの眩しさに目を閉じた。けれど、ソフィに連れられているおかげで、何とか進めることができた。そして僕たちは、光の中に入っていく…。


 心地よい風が吹く。それにつれ、草が擦れる音がする。僕はそれによって気が付き、瞼をゆっくりと上げた。そして目線の先には、広大に広がる緑豊かな草原がはるか彼方、永遠に続いていた。


「うぁ。とっても綺麗な場所だ。」僕はすぐさま感心した。「そうでしょ。」ソフィが急に僕の目の前に現れる。「うぁ!」僕はひょいと出てきたソフィに、危うく腰を抜かす所だった。


「ふふ。驚きましたか。」ソフィは僕のその様子を見て嬉しい反応を見せた。それは自分の仕掛けた罠に誰かが掛った時のように。「あっ、あぁ。驚いた。腰を抜かすくらいに。」僕は少し怯んだ様相を見せる。そして内心、何回驚かせられたんだろうと呆れていた。


「ふふふ。それじゃ、いきなりで追いかけっこしましょ。」ソフィがそう元気よく喋った。その時の彼女は、とても生気が溢れ出ていた。


 僕はそんな彼女の様子を、まるで自分の子どものように温かい目で見つめていた。「いきなりだな。…。まぁ、追いかけっこも悪くないな。それにこれだけ広大だし。やろう。」


「はい、その意気ですわ。」ソフィは元気な状相を見せた。そしていきなり、彼女は草原の向こうへ走り出した。


僕は突然の出来事で一瞬、唖然としてしまった。「いきなり。ちょっ、まっ。」「そうですわよ。物事は突然起こりえるものなんですのよ。」ソフィは、何か最もなこと言ったかのように、自信満々だった。


「そんなことはないだろーー。」僕はソフィに向けて、まるで虎の咆哮のように叫んだ。だが彼女は、それを無視するかのように(もしかしたら夢中になっていたかもしれないが)、そのまま走っていった。


 僕は彼女の後を追いかけた。だがソフィの方が早く、一行に追いつかない。僕は必至に追いかけた。「はぁ、はぁ。ソフィは早いなぁ。ぜぇ、ぜぇ。僕も早くはしらないと。」


それから僕とソフィは雲一つない青空の下、風に乗りながら追いかけっこをし続けた。それはソフィを追いかけたり、逆に僕が追いかけられたり。


そしてその時、僕の心の中に何か、初めての感覚が生まれて始めた。それは何かから開放された気分。例えれば、今まで足枷をつけて走らせていたのが、今や足枷無しに走れるようになったかのように。


けれどその感覚が生まれた瞬間、心の奥底で何かしらの警戒心を発した。それは僕自身を消してしまわないように、一種の恐怖感からくるようなものだった。


僕はその二律背反する気持ちを、追いかけっこをしている合間に考え葛藤した。でもその葛藤はいつの間にか消えていった。それくらい夢中になっていた。


 それから僕たちは空が黄昏色になるまで追いかけっこを続けた。そしてお互いに疲れ、その場で座った。それは互いに背をもたれ合わせるように。


「はぁ、はぁ。疲れましたわ。」ソフィが荒い息を吐く。「ぜぇ、ぜぇ。そうだな。僕も疲れた。」僕も負けず劣らず、荒い息を吐いた。


それから数分間、僕たちは口一つ開かなかった。そのくらい僕たちはとても疲れていた。その間はただ、草原に吹くそよ風を体に感じ、黄昏色の空を見上げているだけだった。


そして数分後、ソフィがこの沈黙を破るかの如く僕に話しかけた。「ねぇ、あなたは楽しかったですか…。私はとても楽しかったです。」「そうだな…。僕も楽しかったよ。」


僕は何か、戸惑いながら答えた。確かにソフィの言う通り楽しかった。それにこんなに楽しいのは初めてだ。でもそれとは裏腹に一種の恐怖心を生んだのも確かだった。それは防衛反応のように。


「あら?どうしたのかしら。そんな白けた顔をして。」「えっ、いや。別に…。楽しかったよ。それは本当だ。」僕はその気持ちを何とかごまかそうと、楽しい様子を見せた。


「そう…。分かった。」ソフィはそれ以上、何も言わなかった。それはまるで僕の気持ちを読んだかのように。でもどんな理由であれ、僕は心の整理がある程度できた。


するとその時、僕の虫の腹がまるでセミの鳴き声のように大きく響いた。「あら、お腹が空いたのですか。」ソフィが少しからかうように言ってきた。「あ、あぁ。」僕は頬を赤らめた。


「あら、そんな頬を赤くしちゃって。まぁ、でも仕方が無いわね。私もお腹空いてきたし。」ソフィがそう自分の腹に手を当てながら喋った。


「でも、どこで食事をとるんだい?」「お城の中で、ですわ。」「お城の中?」「はい!」「君の能力は何処へでも行けるんだな。」僕は彼女の、その神妙不可思議な能力に深い関心を抱いた。


「そうですわ。私の能力は何処へでも行けるんです。それでは、行きましょう。」そうソフィが武勇伝を語るかのように、自信満々に喋った。そして彼女はその場で立ち上がった。


「分かった。行こう。」僕もソフィと同じく、その場で立ち上がる。その時、僕の両足が引き締まるような感覚がした。それは今までにない、僕にとって味わったこのない感覚だった。


「なんだかここに来てからこんな感覚、考えが僕の体を廻り巡る。一体、僕の体で何が起こっているんだ?」僕は立ち上がった後、深く考え込んだ。すると、その様子を見たソフィが、僕の顔を覗き込んだ。


「大丈夫ですか?」「ん。あっ、大丈夫だ。別に大したことはない。」僕は行き当たりばったりな反応を見せた。それを見てソフィは、若干心配しながらもそのことについては、それ以上聞かなかった。


「じゃあ、気を取り直して行きましょう。」ソフィがそう言った後、僕の前に手を差し出した。それは救いの女神のように。僕はその彼女の美しい手を迷わず掴んだ。そして塔の時と同じように僕たちは走り出した。


「ぐるぐるドーーン。」ソフィがそう叫ぶと、また同じように白い空間が現れた。その中を僕らは進んでいった。


それから僕たちはお城へ向かっている間、様々なことを話を喋りあった。「それで何が出るんだい?」「さぁ。それは着いてからのお楽しみですわ。」ソフィはそう焦らして教えなかった。


「教えてくれないのかぁ。」僕は肩を落とすように落ち込んだ。「でも、それの方が楽しみが倍増するわ。」「まぁ、そうだな。」僕はソフィになだめられ、落とした肩を持ち上げるようにして上げた。


そんな何気ない会話を僕たちは続けていた。そしてソフィは、さっきと同じように手を掴み、走り出した。するとまた眩い光が射し、その中を駆け抜けていった。


僕は光が射すにつれ、何度も同じように目を閉じた。やはり僕にはなれなかった。いや、見つめられなかった…。


そして僕はゆっくりと瞼を開けた。すると目の前には、白いテーブルランナーがかけられた長机があった。「ここが、お城の中か?」僕は長机から目を離し、辺りを見渡した。


そこは五十坪くらいある大きな部屋だった。そしてその天井には、大きなシャンデリアが掛けられていた。それがこの部屋全体を、黄金色に輝かせている。


それから僕の後方には赤いカーテン、前方には大きな肖像画が掛けられていた。その他にも事細かな装飾品が置いてあった。


「どうですか!とっても綺麗でしょ。」すぐ近くの方でソフィの声が聞こえた。それは僕の耳元で聞こえるくらい大きく。


僕はその声がする右側を振り向く。するとそこには、ソフィが目を輝かせながら、こちらをまじまじと見つめていた。


「うぁ!いたのか。」「何よ。そのお化けが出たような反応は。」ソフィは僕のその様子にふくれっ面を見せた。「ごめんよ。まさか僕の隣にいるなんて。」「気づかなかったの。」「あ、あぁ。」「はぁ。そうですか。」


ソフィはそうため息を吐き、肩を落とした。「ごめんよ。まさかここまで落ち込むなんて…。」僕は何とかなだめようとした。


「まぁ、でもいいですわ。もうすぐご飯だし。それに深く落ち込むこともないしね。」ソフィは自分を鼓舞するかのように言い聞かせていた。僕はその様子を見て、ホッとした温かい気持ちになった。


 するとその時、僕から見て右側のドアが大きな音を立てて開く。それはこの部屋全体が響き渡るくらいだ。「うわっ!」僕はその大きな音に、椅子から飛び上がるくらい驚いた。だがソフィはその音に怯まず、歓喜あふれる声で喜んだ。「来ましたわ!」


そしてそこから、3段あるワゴンが部屋の中に入ってくる。その上には2個のドームカバーに掛けられた料理が乗せられていた。


それにソフィは目を輝かせていた。僕は誰が運んできたのか、ふと顔を上げる。その時、僕は目を丸くした。そこには全身真っ黒な人型のような物が立っていた。その姿はもやもやとしていて、それは煙でできているように見えた。


僕はそれを見て、ただ口をポカンと開けていた。「あら?どうしたのですか。そんな様子を見せて。ほら、見てください。こんなにおいしそうな料理が沢山…。」ソフィは今にもよだれをたらしそうな表情を見せた。それは僕のことを忘れているかのように。


僕は思考が追い付かないまま、机に目を向けた。そこにはもう料理が置かれ、ドームカバーが外されている状態だった。そこには蒸気を立て、ソースがたっぷりかけられた、肉汁あふれるステーキが並べられていた。


僕はそれ見て一瞬で目を奪われ、食欲をそそられた。そしてそれが、早く食べたいという気持ちを促進させていた。その影響なのか、もうさっきの得体のしれない奴のことには、もう興味さえも感じなくなっていた。


「んーー。美味しー。美味しいですわよ。」ソフィは、僕が変な考えをしている最中に、いつの間にかステーキを豪快に頬張っていた。僕は、美味しそうに食べている彼女のその姿を見て、耐えられなくなった。


そしてすぐさま、目の前に置いてあるフォークとナイフを手に取った。それからナイフで端の部分を切って、すぐさまフォークで刺す。それを一瞬の内に口の中へ放り込む。


その時、僕の口の中はソースの濃い味が、まるで蒸気のように広がった。そして噛むと、肉汁がまるで水のように滲み出る。それは僕の頬を溶かしつくすほどだ。「んー!美味しい。」僕はまるで子どものようにはしゃぎ、満足した。


「ね、おいしいでしょ。」ソフィは僕のつぶやきに反応するようにそういった。それからはお互いステーキを頬張り、それを疲れ切った体の中に入れ込んだ…。


そして僕たちは、ほんの数十分でステーキを貪りつくす。その証拠に、ステーキが乗せらていたお皿には、残りかす一つもなかった。


「ふぅ、美味しかった。」僕はお腹いっぱいになった腹をさすった。「そうですわね。とっても美味しかったですわ。」ソフィはそう、くったりとしながら話した。


するとその時、僕は片手を呑み込むくらいの大きなあくびを出した。「ふぁぁ。何だか、急に眠気が襲ってきた。」「でしたら隣の部屋に、寝室がありますわ。ふぁ~。」ソフィは僕に対して、そう親切に教えてくれた。そしてそれと同時に、僕と同じくらいの大きなあくびをした。


「そうなのか、分かった。じゃあ行こう。」僕はソフィからそのことを聞いた瞬間、すぐさま立ち上がる。そしてそのまま、よろついた足取りで、あの人型が入ってきたドアへ向かって行った。


「あっ、待ってください。そんなに先々行かれては。」ソフィは、まさか僕が一人で行くと思っていなかったのか、慌てふためいた様子を見せる。それから彼女も椅子から立ち上がり、僕の後を追いかけた。


そんな中、僕はもう食堂の外の、廊下に出ていた。そして辺りを見渡すと、そこには左右細長くに広がっており、先が暗く見えない。だが数メートルくらいは、壁に掛けられたランタンのおかげで何とか見えた。


「で、どっちの方向にあるんだ?右か、左か…。」僕はそう呟きながら、何度も何度も眼球を動かした。するとその時、ソフィの声が後ろから聞こえてきた。「もう、そんな先々行くから、迷っているじゃない。さぁ、着いてきてください。」


そうソフィは、何か不満が入った声色を出した。そして左側へ、ゆっくりと歩きだす。僕は左側にあったのかと、謎が解けた気分に浸った。けれどその反面、彼女のその様子を、ただぼーっとしながら見ていた。


それから僕たちは、寝室に向かうために歩いた。そして一つ目のドアが見えた時、ソフィは立ち止った。「ここですわ。」彼女はそう言うとドアをゆっくりと開ける。その時、軋みがまるで唸り声のように響いた。


僕はその音に鳥肌を立てながらも、ソフィと共にドアの中へと入っていった。それはまるで吸い込まれるかのように。


そして中に入ると、十坪くらいの大きさのある部屋。そこにこじんまりと、二人用のベッドが左側に置かれていた。だがそれ以外は何もなかった。あるとしても中央にある小さな窓くらいだった。


けれど、今の僕のにはそんなことはどうでもよかった。それよりも、早く寝たい。その考えが、頭を支配した。するとソフィが元気のない様子で、いきなり喋ってきた。「それじゃ、着いた所で早速寝ましょう。」


「あぁ、そうだな。寝よう。」僕がそう呟いた。けれどその時には、もう彼女はベッドの上で寝っ転がっていた。「ソフィはいつも早いなぁ。…。僕も寝よう。」僕はソフィの行動に妙な関心を抱いた。そして僕も、ベッドの上に寝転がった。


ベットははとても心地よく、綿菓子の上で寝っ転がっているようだった。そのおかげで僕は一瞬のうちに眠れた。その時の寝顔はまるで遊び疲れた子どもの寝顔のようだった。
















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