最終話 人生の立て直しが始まりました

 その後、私はウェイター様の庇護のもと、穏やかな日々を過ごしていました。

 変化があったのは、3か月後ぐらいでしょうか。


 レイジィ様が捕まりました。


 あの一件は商会界隈だけでなく、巷にも広まりました。

 トーマ商会と取引を行う業者もいなくなり、商品も手に入れられなかったようです。


 私の時には、領民たちにトーマ商会に卸す作物や加工品などを作ってもらっていましたが、私がいなくなってからたくさんの民が逃げ出し、それもできなくなっていたようです。


 最終的には、とうとう違法な物に手を出したのだとか。


 そのようなわけですから爵位は廃位、トーマ商会は解散となる予定でした。


 しかし、


「ローランド家の後継者ならここにいる」


 ウェイター様がもつ繋がりで掛け合って下さったお陰で、私が爵位を継ぎ、解散の危機にあったトーマ商会を買い取ったのです。


 それから、人生の立て直しが始まりました。


 以前働いてくれていた従業員たちも、ほとんどがトーマ商会に戻って来てくれました。

 トーマ商会を避けていた業者や商会の皆さまも、私が商会の立て直しを行っていると聞きつけ、資金援助や物資調達などの協力を申し出て下さいました。

 私が去った後、荒れた領地から逃げ出した領民たちも帰ってきてくれました。


 全てが良いタイミングで戻って来てくれたのです。

 神の思し召しとしか思えません。


 こうしてトーマ商会もローランド伯領も、全てが元に戻ったのです。


 そして今は――


「う、ウェイター様? ちょ、ちょっと距離が近い気がしするのですが……」


「そうですか? でもこうしないと、熱が計れません」


「でも普通は手とかで測りませんか? こ、こんな息がかかるほど、顔を近づけられたりはしない気が……」


「私は幼い頃、亡き母にこうやって熱を計って貰っていましたよ?」


 それって幼い頃、ですよね?


 このような感じで最近、ウェイター様の距離がとても近いのが気になります。


 ちょっとしたことで触れられたり、手を握られたり、肩を抱かれたり……

 この間は転びそうになったところを抱きしめられる形で助けて頂いたのですが、なぜかそのまましばらく離していただけませんでした。


 親しい者同士の挨拶だと仰るのですが、本当でしょうか?


 これをディアに伝えたら、なぜか大きなため息をつかれ、


「フェリーチェ様ご自身で、ちゃんと考えて下さい!」


と言って教えてくれませんでした。


 それから頑張って考えているのですが、未だにその謎は未解決のままです。


 ウェイター様の手と顏が、私の額から離れました。

 先日私は、突然の熱と吐き気で倒れてしまったのです。2日ほどですっかり体調はよくなったはずなのですが、それから1週間経った今でも、こうして心配されています。


「熱はもうないようですね。やはり先日の体調不良は、ただの疲れだったのですね」


「主治医からももう大丈夫だと言われております。その節は、ご心配をおかけいたしました」


「いえいえ。ただ突然吐きもどされたと聞いたので、心配しました。もしかして、前のご主人の子を身籠もられていたのではと……」


 確かに、タイミング的にはそれもあるかもしれません。

 その可能性も考慮され、再婚の際には一定の期間が設けられます。


 しかし、


「それはあり得ません。元夫は……結婚後、一度も私に触れることはありませんでしたから」


 渋い顔をしながら考え込むウェイター様に、私は微笑みました。

 私と目を合わせたあの方の瞳が、驚きで見開かれています。


「……え? ということは貴女はまだ……」


「あっ、も、申し訳ございません。こんなお話を貴方様に……」


 思わず漏らした言葉を思い出し、恥ずかしくて顔が熱くなりました。

 夫婦生活など、他人にお話すべきことではありませんから。


 でも何故でしょうか。

 ウェイター様になら、なんでもお話ししたくなるのです。


 嬉しいことも、悲しいことも、隠しておきたい心の傷も、全てを。


 その時、ウェイター様の手が私の頰を撫でられました。

 何故かとても嬉しそうです。


「とても良いことを聞きました。元ご主人が愚か者で本当に良かった」


「え? それはどういう……」


「フェリーチェ様、ウェイター様。お出かけの準備が整いましたよ」


 聞き返そうとした私の言葉は、迎えにやってきたディアによって失われてしまいました。

 今日は、生まれ変わったトーマ商会をウェイター様に見て頂こうとお誘いしたのです。


 あの方が微笑み、優雅な所作で私に手を差し伸べて下さいました。

 力強い大きな手に私の手を置くと、触れ合った肌からあの方の熱がじんわりと伝わってきます。


 ウェイター様がぎゅっとこの手を握って下さると、堪らなく幸せな気持ちになるのです。

  

 私たちの後ろ姿を、肖像画の中の両親が見守ってくれているのを感じながら、私たちは部屋を後にいたしました。



 ――思い出の肖像画の横に、私とウェイター様、そして生まれた子の絵が飾られることになるのは、また少し先のお話です。


 

 <完>

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夫と浮気相手に居場所を奪われた伯爵夫人ですが、周りが離縁させようと動き出したようです めぐめぐ @rarara_song

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