七不思議『一つ目』
吹見小学校は運転手の言った通り、山を少し入った所にあった。人が出入りしなくなってからどれだけ時間が経ったのか分からないが、雑草は伸びに伸びている。今朝夢で見た吹見小学校とは比べ物にならないくらい廃れている。
それでも荒らされた様子などはなく、その点では綺麗な状態だと言えるだろう。
私が到着した時、既に待ち合わせ時間から一時間も遅刻していた。最悪依頼主は怒って帰ってしまったのかもしれない。もう一度電話をしようと発信履歴からリダイヤルしてみた。電波状況はあまり良くないが、呼び出し音が聞こえてきたので安心した。
「あれ?どこかで音が鳴ってる…」
音のする方へ目を向けると、そこにはボロボロな校舎があった。
私を待ちかねて、先に校舎の中に入ったのだろうか。昇降口に回ると扉が一箇所だけ開いており、そこから校舎の中へ入ると嫌なかび臭さに思わず顔をしかめてしまう。これも仕事のためと気合いを入れてさらに中へと進んでいく。試しに廊下に面している蛇口を捻ってみたが、やはり水などは出ない。
窓はしっかり閉まっているような見えるが、どこからか吹き込んできたのか、廊下は砂と埃まみれで踏みしめる度にザシ…ザシ…と音がする。
「すみません、遅れました。篠崎です」
声を掛けながら校舎を歩いてみたが、返事は返ってこない。自分が歩くのに合わせて廊下がギィギィと軋むのだが、それ以外に軋むような音も聞こえないので、本当に中に依頼主が居るのかすら分からない。
もう一度電話をしようとスマートフォンを取り出したが、どうやら校舎の中は圏外のようで、どこに行っても電波を拾う気配はない。
「ほんと、最悪…」
一階を探索したが何も見つからず、埃の上には自分の足跡だけが虚しく続いている。
校舎の端まで着いて、次は二階かと思った時、
「あっちに見えるのは、体育館?せっかくだし、行ってくるかな」
目の前にある扉が外に通じているだけではなく、体育館に繋がる渡り廊下だという事に気付いた。
この学校の七不思議は依頼を受けた時に確認済みで、その一つが夜になると誰もいないはずの体育館から、ボールの弾む音が聞こえてきてその正体を見てしまった者は、ソレとずっと遊ばなければいけないというもの。
「ソレってなによ、ソレって。17時過ぎだけどまぁいいよね」
少し早い気もしたが扉を開けて外に出る。夕日が沈みかけているのが見え、吹見小学校を囲むように生い茂る森からはまだ蝉の鳴き声がよく聞こえる。校舎の中にいた時は全く聞こえていなかったのに。
「変な事もあるもんだなぁ、扉が重い…!」
体育館の鉄扉は錆び付いていて、ガリガリガリと嫌な音を立てながらレールの上をスライドしていく。
しばらく開けられていなかったであろう体育館の中は、なんとなく嫌な空気で満ちていた。
「こんな暗い体育館で何を確認すればいいのよ」
体育館にある窓は、恐らく遮光カーテンか何かで遮られているようで、夕日も入ってこないのか本当に真っ暗だった。一先ずカーテンを開けようとスマートフォンを取り出して、ライト代わりに手近な窓を探して奥へ壁に沿って歩いていくと、案外すぐに窓は見つかったのだが、
「なにこれ、なんでこんな事してあるの?」
窓があるはずの場所には大きなベニヤ板があり、その上を何重にも分厚い木の板が貼り付けられていた。恐らくこの体育館の窓は全部この状態だろう。どうりで陽の光が全く入っていないわけだ。
こんな状態では…
「こんな状態じゃ、昼も夜も関係無く真っ暗じゃない」
そう気付いた時、ガリガリガリと体育館に嫌な音が響いた。この音は体育館の錆び付いた扉。
そう思って顔を向けると、扉がゆっくりと閉まっていくのが見えた。何が起きているのか分からず一瞬固まってしまい、走り出して扉まで辿り着く寸前に完全に閉じてしまった。
「すみません!中にまだいます!」
扉をどんなに叩いても反応は無く、引いてもビクともしなくなってしまった。本当に真っ暗になってしまった体育館の中で、自分の持つスマートフォンだけが心もとない光を放っている。
他にも出入り口があるはず、ゆっくり確認していけば見つかるだろうと思った時、
ぼーん…ぼーん…
と、体育館の中から音が聞こえてきた。
他に人が居るとは思えないこの状況に自然と手が震える、足もガクガクと言うことを聞かない。
「ふぅ…っ、ふぅ…っ」
自分の息が乱れるのを感じて、わざとらしく音を立てて一定のリズムを保って呼吸をする。努めて冷静に、パニックは起こしてはならない。
ねぇ
「……ぎっ!」
明らかに何かがいる。七不思議でいうソレと呼ばれる何かが後ろにいる。
この闇の中で明かりを持っていれば、自分の場所がバレてしまうが、今この唯一の明かりであるスマートフォンを閉じてしまえば、それこそ次の瞬間何が起きるか分からない。
ねぇ
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
ねぇ
自然と何度も何かに謝り続けてしまったが、相手は一向に許してくれないのか私を呼び続けている。
ぼーん…ぼーん……ろごろごろごろ
まず、音がおかしいと思っていた。ボールの弾むような乾いた音ではなく、何か重い球体が体育館の硬い床に打ち付けられているような音。
次に、私の足に転がってきた物は丸い物ではなく、少し歪な転がり方だった。
最後に
あそぼ
という声が、確実に私の真下、足元から聞こえた。
発狂しそうなのをぐっと堪えて、目の前にある扉の取っ手を掴み一気に動かした。
さっきまで開かなかった扉はギャギャギャ!と物凄い音を出しながら、一気に開いた。
私は足元のソレを確認する事無く、渡り廊下を駆け抜けて校舎の中へ戻り扉を閉めると、身体を預けるようにその場に座り込んで動けなくなってしまった。
あの時はそのまま校庭へ出るという考えは無かった。すぐにでも追ってこられたら逃げ切れる自信がなかった。そのために少しでも隔離された安全な場所に逃げ込んだ結果、校舎の中に戻ってきたのだがこれが間違いだった。大きな間違いはこの仕事を受けた事だということをすぐに思い知る。
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