錬金術商会のニッケ
立派な門構えの扉を開け放ち、建物のなかへ。
「フィンガー。用事は済んだのか」
「こっちはぼちぼちって感じです。クエストの報告はできましたか?」
「とっくさ。錬金術商会へ魔術工芸品を渡して、こうして見事に依頼を完了した」
クゥラは鼻高々といった風に胸を張る。
うまくいったようで安心だ。
「市場をひと通り見てまわってつい先ほど商会に戻ったところなんだ。しかし、この街は物騒だ。なんでもにゃんにゃんと喚きながら通行人に迷惑をかける変質者がいるらしいぞ」
「それは……気をつけないといけませんね」
「(師匠の英雄的平然……すごい!)」
受付へ赴き、クエストの報告をする。
地底河の悲鳴の鎧をとりだし預ける。
「へえ、あなたが噂の黄金の指鳴らし?」
受付の奥から女性が出てくる。
黄緑色の髪の美人だ。琥珀色の瞳は舐めるようにこちらを見てくる。
汚れた分厚い作業着を着ているが、上半身ははだけており、胸元を隠すだけの布材を纏うだけ。つまりとてもえっち。まじえっち。
「噂の、とは嬉しい響きですな。俺のことをご存知とは」
「ミズカドレカの冒険者組合からすごいやついるとは話が通じているのよ。なんでも数百年倒されなかった伝説の怪物を屠った英雄だとか」
女性は受付カウンターに近寄ると、地底河の悲鳴を撫でる。
古びた黒鉄の鎧はいまや焼け焦げ、形状は高温と衝撃に晒され歪んでいる。
「私はニッケ。錬金術商会の長。あそこに見える学校の関係者でもあったりする」
ニッケは窓の向こうに見える大きな城を見て言う。
「この怪物は私の祖先が作ったんだ」
「モンスターを作り出せるんですか」
「簡単ではないけど、可能だよ。恐ろしい所業、呪われたやり方、そうして時に恐ろしい個体が出来上がる。この地底河の悲鳴のように。怪物をつくりだす魔術はかつて盛んに研究されてたんだ。特にヴォールゲートでの探求は深く、専門とする魔術師も多かった。古い話だよ。怪物を作りだす技は廃れて久しいからね。命を弄ぶ冒涜的な手法を学校はよしとしなかったんだ」
時代が進んで倫理観にうるさくなったてことかな。
「じゃあ、どうして地底河の悲鳴を求めるんです」
「私は怪物造りだからさ、学校とは相容れない思想家なんだ」
「危険人物じゃないですか。こわっ」
「そうでもないさ。黙認されてる探求ってだけ。怪物造りの成果物もモンスターを使役する上で重要だって学校もわかってるんだよ。たとえばこれ。テイムモンスターの成長を促す薬。今じゃ学生だって使ってるアイテムだけど、これだって怪物造りの探求のなかで生み出された副産物なんだ」
「すみません、テイムモンスターってなんですか」
ニッケは快くこの地の特性を説明してくれた。
使役の魔術師たちとその学校。彼らが操るテイムモンスターなど。
簡潔に言えばポケモンワールドってことだろう。違うか? 違うか。
「俺はあんまり良いことには思えないんですが」
「なにが」
「この地底河の悲鳴のようなモンスターを作り出すことですよ」
「私もそう思うよ。だから、先祖の罪のひとつを末裔の私が精算することにしたのさ」
ニッケは冷静な表情で空洞の鎧のなかに手を突っ込み「あった」と何かをする。すると、黒鉄の鎧から青白いもやのようなものがスーッと溢れて、すぐに消えてしまった。
「今のは……」
「鎧に囚われていたずっと昔の英雄だよ。名前もわからないけど、先祖の怪物造りの生贄になったことだけはわかる。古い文献に書いてあったんだ」
「幽霊、ですか」
「そういうことだね。鎧は死んだけど魂はまだここに滞留してた。だから、今完全に解放したんだ」
「そのために鎧を買い取ったんですか」
「うん」
ニッケは意外といい人なのかもしれない。
危険人物と疑って申し訳なくなるな。
「まあ、この遺骸は参考資料として大きな意味を持つんだけどね。私のような魔術師にとっては」
ニッケは「もちろん、学術的にと言う意味だよ」と言葉を切り、バールのような金具を使って鎧のヘルムを外し、中を覗き込んだり、表面を指で撫でたりしはじめる。こっちのことはもう関心から外れたらしい。
クエストの完了報告も済んだ。
これで錬金術商会からミズカドレカへ俺が依頼を終えたことが伝われば晴れて俺はオリハルコン級の冒険者になれるというわけだ。順調だな。
「素朴な疑問なんだか、フィンガーマン、どうすればこの鎧はこんな壊れ方をするのだろうか。噂では君は特殊な力を使えるらしいが、それと関係しているのか」
「指を鳴らすだけですよ」
「?」
回答を気取りすぎて上手く伝わってないな。
「━━
よく通る低い声が響く。
がやがやとうるさい商会を突き抜けるように。
咄嗟に背後へ振り返ると、商会の正面扉が砕け散り、破片の雨が散弾のように
振ってきた。
━━ニッケ・ニクアスの視点
ニッケ・ニクアスはフィンガーマンを背に受付から正面扉を視界内に捉えていた。だから、扉が砕け散った瞬間に、咄嗟にカウンターに隠れることで、その被害から逃れることができた。
丈夫な木製の扉が破片となってカウンターを襲った。
ニッケは物音が収まるまで頭を隠し、恐る恐る受付から顔をだした。
商会は一瞬の静けさに支配され、皆が何が起こったのか把握できていないようで、お互いに顔を見合わせている。
「う、うああああ!!」
静寂を破る悲鳴。
誰かが気がついた。
木片を全身に受け、痛みにうめく数名の怪我人に。
大量の出血を見ると人という生き物は冷静ではいられなくなる。
我先に逃げようとする者たちと、その足音、叫び声で大混乱に陥った。
ニッケは事態の発生地点、正面扉の方を見やる。
黒衣の男たちがブーツで血溜まりを踏んで入ってくる。
3人。皆が手には杖を握っている。濃密な暴力の気配を漂わせる彼らの背後には、言葉で形容するのが難しい異質な獣たちが付き従っていた。
隆起した筋肉の筋さえ浮いてみる体躯と四肢、尻尾は蛇で、頭は鳥、背中には片翼が生え、その翼は魚類の鱗で覆われている。
およそ自然界に発生しないだろう冒涜的な怪物が6匹、商会から逃げようとする者たちの行く手を塞ぎ、ゆっくりと展開していく。
突然の襲撃者、その先頭の顔に傷のある男はパイプをくわえ、マッチで火を入れながら、前へ歩み出てくる。
「ニッケ・ニクアス、そこから出てこい」
男は杖を近くの女性へ向ける。
「早くしろ」
ニッケは慌てて受付を飛び出した。
「なんだお前たちは。自分達が何をしているのかわかってるの?」
「自覚なしにやってるとでも。馬鹿を言うんじゃねえ。俺は竜爪の右腕ジョルジョー・バゼルジョル。どうやらてめえは俺たちと同じ怪物造りの探求者だ。一緒に来てもらおうか」
ニッケは倒れている死体をチラッと見やる。
(こいつ竜爪の右腕とかいったか……ってことは、あの禁忌のヴァン・リコルウィルの一派じゃないか!)
ニッケは怪物造りの魔術師だ。
分野という意味では、学校では禁忌とされるものだが、だからと言ってそれがヴァン・リコルウィルや目の前の乱暴者と同じ種の人間であるとはならない。
ニッケは罪のない人間を傷つけるために先祖代々からの怪物造りを学んできたわけではないのだ。
「断ると言ったらどうするの」
「俺たちは魔術の究極へいたる道を探している。どうやらお前は一角の怪物造りだ。ヴァン・リコルウィルの元へ来ればお互いの探求のためになる」
「人殺しのクソ野郎と一緒にするな」
受付カウンターからピョンっと何かが飛び出した。
光沢のあるメタリックな軟体たちだ。全部で3匹。プルプルとしている。
ジョルジョーはそれを見て、愉快に笑う。
「お前のテイムモンスターか? スライムだと? 舐めた女だ。そんなやつらで俺たちがどうこうできるように見えるか」
「それはどうかな。この子たちはただのスライムじゃない」
メタルスライム。
それは硬く、素早い。
ニッケの心強いパートナーたちだ。
「いけ、メタ助、メタ吉、メタ次郎!」
3匹のメタルスライムがビュンッと風のように地を走り、ジョルジョーへ襲い掛かった。
「っ!」
(このスライムども速い! まずい!)
ジョルジョーは素早くテイムモンスターの冒涜的怪物へ命令を出し、メタルスライムを叩き落とさせようとする。
その時、突風が吹いた。
指男がこの場の誰にも認識できない速さで動いたのだ。
冒涜的怪物を蹴り飛ばし、一瞬で、壁に赤いシミの前衛芸術が描かれる。
指男が行動を終える。
ジョルジョーは目の前にいきなり出現した青年にギョッとしてあとずさる。
指男は両腕いっぱいに抱きしめた3匹のメタルスライムに興奮した様子で顔を近づけ、湿度の高い艶かしい声で語りかける。
「ダメじゃないか、他の人にやられちゃ……君たちは
誰も気がついていなかった。
指男の両目が充血し、頬は痩け、瞳から光が失われていることに。
メタルスライムたちだけが悲惨な運命を悟ってプルプルと震えるのであった。
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こんにちは
ファンタスティックです
そう言えば、前言っていた新作投稿を地味にはじめました。読んでくれたら嬉しいです。
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