それは……英雄的抗議活動
デイリーミッション『俺の名はネコ』
その攻略はすでに済んでいる。
なぜなら俺はこのミッションを以前にクリアしたことがあるからだ。
準備するものは、折れないメンタルだけです。
手順も簡単です。猫になるだけです。
「にゃんにゃんにゃん〜!」
「わあ! なにこの人、きも!」
「━━俺の名はネコ」
猫になりきった俺は、手を丸めて可愛らしく戯れつく。
心ない通行人が俺にリアクションを返してきたら俺の勝ちだ。
そのタイミングで俺は正体を明かすのだ。━━俺の名はネコと。それでデイリーはひとつ進む。
「こっちです、憲兵さん! さっきからおかしなやつが『にゃんにゃん!』と言いながら地面の上で暴れていて薄気味悪いんです!」
「お前、また懲りずに!」
「今度は逃さんぞ!」
「必ずあの猫野郎を捕まえるんだ!」
「にゃんにゃん(訳:ちっ、また憲兵が来たか。次のにゃんにゃんポイントに移動するかにゃん)」
俺は四足歩行のまま駆け出し、憲兵たちを振り切った。
「くそ! なんて足の速さだ!」
「あり得ません、あんな姿勢で走って日頃から鍛えている俺たちを振り切るなんて!」
「隊長……もしかしたら、私たちは本当に猫を追いかけているのでは?」
「馬鹿野郎どもが、どう見てもただの変態だろうが! 必ず捕まえるぞ!」
俺は屋根の上から憲兵たちを見下ろして話し声を盗み聞きする。
君たちに俺が捕まえられるかにゃん。
俺は猫手で顔を洗い、自由自在に屋根のうえを移動し、ネコ活を続けた。
━━セイラムの視点
師匠に追い払われてしまいました。
自由にしていいなんて言われたが、一体何をすればいいのだろのでしょうか。
師匠はきっと一人になりたがっていました。
なので、あえて付き纏うようなことはしたくないです。
もしかして私は嫌われちゃったのかな。
やっぱり、これのせいかな。
リュックから筒状の調味料を取り出す。
表面位は見慣れない文字が書かれてます。
師匠いわく、これはクレイジーソルトというらしい。
あらゆる食べ物をおいしくできるマジックアイテムなのだとか。
「師匠……怒ってるのかな……」
不安が押し寄せてくる。
私は師匠の料理の先生として、こんな万能アイテムがあっては、きっと基礎の習得を邪魔してしまうんじゃないかと思って、心を鬼にして押収したわけだが、それが彼の不機嫌に繋がっているのでは、と思えてならない。
市場をあてもなく練り歩いていると、ふと、憲兵たちが騒がしくしているのが見えた。
「ええい、あの猫の変態め、逃げ足が速い!」
「どうすれば捕まえられるんだ!」
「やっぱり、本当に猫なんじゃ……」
どうにも変質者が現れたらしい。
憲兵たちの表情を見るにかなり深刻な事態のようです。
ヴォールゲート、学校を闇の魔術師に乗っ取られたり、変質者が現れたり、いろいろと忙しい街。パール村での穏やかな日々が懐かしいなあ。
市場を抜けて人気のないところへやってきました。
危なそうな雰囲気なので、ここら辺で引き返そうかな。
「ミーム装甲もないのに、こんなクレイジーなこと続けて大丈夫なのか……? いやだめだ、赤木英雄、正気に戻ったら負けだ」
これは師匠の声?
物陰からこそっと顔を覗かせると、やっぱり師匠がいました。
ひとりごとを繰り返し、頭を抱えています。
クレイジーがなんとかって言ってたけど……。
「にゃんにゃん〜!」
私はかつてないほどに我が目を疑いました。
師匠はにゃんにゃん言いながら、通行人へダル絡みを始めたのです。
頭の中ですべてが繋がりました。
そうです! 憲兵たちが追いかけていた変態は師匠だったのです!
師匠……! 師匠は変態さんだったのですか……!
恐ろしい事実に気づいてしまったことへの恐怖と、弟子入りやめるの間に合うかなという気持ちが同時が湧いてきます。
しかし、同時にあの時の師匠の姿が思い起こされました。
これまでの数多の活躍を。
師匠は変態なんかじゃないです。
師匠は世界で一番すごいお方なのです。
では、あそこでにゃんにゃんしているのは師匠ではない?
そんなはずがない。あの整った顔立ちのお方が師匠でないはずがない。
はっ! まさか!
今、全てを理解しました。
師匠はいつだって
パール村で身ひとつで多くを守った英雄的活躍。
ミズカドレカで駆けつけてくれた英雄的登場。
指を鳴らすことで強大な神秘の力を行使する英雄的破壊。
巨大な斧を片手で振り回す戦闘はまさしく英雄的スケール。
なのできっとあのにゃんにゃんもきっと英雄的なのです。
「あれは……英雄的抗議活動……!」
間違いないです。英雄的抗議活動。
さっきクレイジーという単語が出た時点で答えは見えていました。
師匠は私がクレイジーソルトを押収したことに対して、英雄的抗議活動をしているのです。なんていうスケール。なんという英雄的発想……!
「にゃんにゃんにゃん〜! にゃんごろにゃん〜!」
「師匠、さすがは師匠……っ」
一番弟子として師のメンツは私が守らないと。
ましてや私のせいで妙な噂を立てさせる訳にはいきません。
私の心理を完全に理解している。
つまり、それは師匠が英雄的知能の持ち主であると言うこと!
私は師匠からまたひとつ学ばせてもらえました。
━━赤木英雄の視点
────────────────────
★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『俺の名はネコ』
にゃあにゃあにゃあ 100/100
★本日のデイリーミッション達成っ!★
報酬 『ノルウェーの猫又』
継続日数:239日目
コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍
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やまない雨がないように、終わらぬ悪夢もない。
俺はこれまで数々のデイリーミッションを乗り越えてきた。
一度突破した試練で我が心を折ろうなど無理な話よ。
なので本当に勘弁してくださいデイリーさん、もう2度とにゃんにゃんしたくないです心の底からお願いします。
「これで猫又も三匹目か」
ぴょーんっとふわっふわのノルウェージャンフォレストキャットが出てくる。
この種の猫は北欧の寒冷な気候を故郷にもつため毛が長くふわっふわしているのが特徴である。
体長4mのビッグお猫様であるが、仕草は普通サイズの猫と変わらない。
動きは素早いし、動くものが大好きだし、よく膝の上に乗ってこようとする。
ノルウェーの猫又は俺を飼い主と認めているのか、デイリーウィンドウから出現するなり、飛びかかってきた。
「にゃあ〜!」
「なんというもふもふ力だ……! これは顔を埋める以外の選択肢がない!」
ノルウェーの大地が育てた恐るべき毛量に顔を埋め、最近不足していたモッフニウムを補給する。このもふもふは細胞に素早く浸透する。すぐに癌にも効くようになるだろう。
「第三の猫又よ、よくぞ異世界へやってきた。君の名前はフワリと名付けよう。厄災島に帰ったら仲間に合わせてやるからな」
先住猫のノルンとコロンもきっと喜ぶことだろう。
「師匠、その猫は一体なんですか……!」
振り返るとセイが驚いた顔をしてフワリを指差していた。
ちらほら通行人も「なんだあの生き物は」「立派なお猫様だ……っ」「なんというもふもふ!」と足を止めて見てきている。
「これは俺のペットです。新しい仲間だと思ってください」
「にゃあ〜♪」
「こんな立派なモンスターを服従させているなんて……っ」
セイは目元に影を作り、半分涙目になりながらリュックを漁り、何を思ったのかクレイジーソルトを両手にたんと持ってずいっと差し出してきた。
「私は師匠のスケールをまるで測り切れていませんでした。お許しください!」
「許すもなにも……え? クレイジーソルト返してくれるんですか?」
セイは重々しくうなづく。
なんでかわからないが返してもらえるならありがたい。
「
この子は何を言っているのだろう。
頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「その通り」
俺は厳格な態度で肯定した。なんで肯定しちゃった。まあいいか。
俺はキラキラした眼差しで見つめてくるセイを連れて錬金術商会へ向かうことにした。ミズカドレカで聞いたがヴォールゲートのは冒険者組合がないので、錬金術商会が冒険者組合の業務を請け負っているらしい。
サングラスを外せばにゃんにゃんしていた変態はもういない。
さあ、堂々と街を行こう。
「そうだ、セイ。フワリの背中に乗りますか」
「いいんですか!?」
さっきからフワリのことをチラチラと非常に気になっている様子だしね。
人はみんなもふもふが大好きだ。
セイも大好きに違いない。
「にゃあ」
「ふ、フワリさん、触りますね……」
「にゃあ♪」
「うわ……すっごいもふもふ……」
「フワリも喜んでるみたいですね」
セイが緊張した面持ちでしばらく撫でてあげていると、フワリは地面にペタンっとしゃがんだ。「乗るがいいにゃん」俺にはそう言っているように見えた。
セイは恐る恐るふわふわの背中に跨った。
「すごい……っ、ふわふわ、もふもふ!」
嬉しそうなようで何より。
しばらく後、頬を高揚させ、楽しげなセイと共に聞き込みを行い、俺たちは錬金術商会なる建物にたどり着いた。
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